雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

明王の眠りを驚かす

2017-02-01 08:30:22 | 麗しの枕草子物語
          麗しの枕草子物語

               明王の眠りを驚かす

中宮の兄君、伊周(コレチカ)大納言殿が参上なさいまして、漢詩などを天皇にお話し申し上げられておられましたが、やはり、いつものように夜遅くまで続いておりました。
お側の女房方は、一人、また一人と姿を消して、御屏風や御几帳の後ろに身を隠して眠っています。私といえば、機会を外してただ一人眠たいのに耐えておりました。

「丑四つ」(午前二時半頃)
と、時刻を奏する近衛舎人の声が聞こえてきました。
「夜が明けてしまったようですね」
と、私がひとりごとを言ったのを、大納言殿が聞きつけて、
「いまさら、おやすみになられますな」
と仰るので、「いやだわ。まるで私は眠らなくてもよい者とでも思っているのかしら」などと思うものの、一人だけ残ってしまったので、今更ごまかして眠るわけにもいきません。

天皇は柱に寄りかかって少し眠っておられましたので、
「あれを拝見なさいませ。もう夜は明けたというのに、あれほど眠れるものですかねぇ」
と、中宮さまに申されますと、
「ほんに」
と、中宮さまもお笑いになられるのも、天皇は気づいていらっしゃらない。
ちょうどその時、女官に使われている童が、鶏を捕まえてきて「明日になったら実家へ持っていこう」とて、隠していたらしいのを、どうしたことか、犬が見つけて追いかけたものですから、鶏は上長押の上の棚に逃げ込んで、やかましく鳴き騒ぐものですから、女房も女官も起き出してきました。

天皇もお目覚めになって、
「一体どうして、鶏がいるのか」
と訊ねられますと、大納言殿は即座に、
「声、明王の眠りを驚かす」
という詩を、高らかに朗吟なされましたのは、まことに見事なものでございますが、明王どころか凡人の私の眠かった目も、ぱっちりと開いてしまいましたわ。


(第二百九十三段・大納言殿まゐりたまひて、より)
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