天人が舞う ・ 今昔物語 ( 巻24-1 )
今は昔、
北辺の左大臣(キタノヘのサダイジン)と申す人がおいでになった。
名を信(マコト・姓は源)と申され、嵯峨天皇の御子である。一条の北辺あたりに住んでおられたので、北辺の大臣(オトド)と申すのである。
万事につけて優れておられたが、なかでも管弦の道に特に堪能であられた。その中でも箏(ショウノコト・十三弦の琴)は並ぶ者がないほど上手に弾かれた。
さて、大臣がある夜、筝をお弾きになったが、夜もすがら興を催すままに弾き続けられた。夜明け方になり、難局とされるとっておきの曲を弾いているうちに、我ながら「すばらしい曲だ」と聞きほれていると、すぐ目の前の放出(ハナチイデ・母屋から外に張り出した部屋)の引き上げられている格子戸の上に、何かが光ったように見えたので、「何の光であろうか」と思われて、そっと見ていると、身長が一尺ばかりの天人が二、三人ほどいて舞っている光であった。
大臣はこれを見て、「わたしが妙手を振るって箏を弾いているのを聞いて、天人が感動して降りてきて舞っているのだ」と思われた。そして、何とも貴いことだと思われた。
まことにこれは、驚くほど素晴らしいことである。
また、中納言長谷雄(姓は紀)という博士がいた。世に並ぶ者がないほどの学者である。
その人が、月の明るい夜、大学寮の西の門より出て、礼[(欠字あり未詳)]の橋の上に立って北の方を見てみると、朱雀門の二階に、冠をつけ襖(アオ・武官が着る袍)を着ていて、身の丈が垂木近くまである人が詩歌を吟唱して廻り歩いていた。
長谷雄はこれを見て、「私は、何と、霊人(リョウニン・神霊が化した人)を見た。我ながら素晴らしいことだ」と思った。
これもまた不思議なことである。
昔の人には、このような不思議なことなどをはっきりと見た人がいたのだ、
と語り伝へたるとや。
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