雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

無知ゆえの悲劇 ・ 今昔物語 ( 24 - 56 )

2017-02-10 08:14:14 | 今昔物語拾い読み ・ その6
          無知ゆえの悲劇 ・ 今昔物語 ( 24 - 56 )

今は昔、
高階の為家朝臣(タカシナノ タメイエノアソン)が播磨守であった時、さしたる取りえのない侍がいた。本名は知らず、通称を佐太(サタ)といった。播磨守も本名を呼ばず、「佐太」と呼んで使っていた。

たいして取りえもないが、長年まじめに仕えていたので、辺地の郡の収税役を当てたところ、喜んで、その郡に行き、郡司の家を宿として、徴税などの手配などを指示して、四、五日ほど滞在して国庁の館に帰った。
ところが、この郡司の家に、一人の遊女が京から人にかどわかされて来ていた。郡司夫妻は、この女を哀れんで家に引き取り生活をみていたが、裁縫などさせてみると、そのような事も上手にやりこなしたので、可愛がって家に置いていたのである。
ところで、佐太が国庁に帰ってきてからのことであるが、彼の従者が、「あの郡司の家には、女房(京の女を表現しているらしい)と言うのでしょうか、姿形が美しく、髪の長い女性がいましたよ」と言う。佐太はこれを聞いて、「お前という奴は、あそこにいる時は何も言わず、今になって言うとはとんでもない奴だ」と腹を立てると、従者は、「あなたがおいでになられた席のそばの立切懸(タチキリカケ・目隠し用の板製の衝立)を隔ててその女はいましたから、ご存知かと思っていました」と答えると、佐太は、「あの郡へは、しばらくは行かないつもりだったが、さっそく行って、その女を見よう」と思って、休暇を願い出て、すぐに出かけて行った。

郡司の家に行き着くや、以前から関係のある女に対しても、そんな無遠慮はしないのに、まるで従者に対してでもするように、女の居る所に押し入り強引に口説いたが、女は、「今は差し障りがあります。後ほどご返事します」などと言って、強く拒絶し、言うことを聞こうとしないので、佐太は怒ってそこを出て行きながら、着ていた安っぽい水干(スイカン・糊を用いず水張りにした絹製の狩衣。もともとは下級官人用の衣)のほころんで糸がほつれているのを脱いで、切懸越しに投げ入れて、大声で、「これのほころびを縫ってよこせ」と言った。
すると、程なくして投げ返してきたので、佐太は、「縫物をしていると聞いているだけあって、さすがに手早く縫ってよこしたものだ」と、だみ声で褒め、手に取って見ると、ほころびは縫われておらず、香り高い陸奥紙(高級紙とされる)の切れ端に、文を書いて、ほころびのわきに結び付けてあった。
佐太は、不審に思って開いて見ると、こう書いてあった。
 『 われがみは たけのはやしに あらねども さたがころもを ぬぎかくるかな 』と。
 ( 私の身体は サタタイシの竹の林では ありませんのに 佐太が衣を 脱ぎかけるとはどういう事でしょう。 なお、この歌には「サタタイシ(薩埵太子)が、竹林の中の餓えた母虎を哀れみ、衣服を脱いで竹に懸け、裸身を虎に捧げた」という故事が含まれている。)

佐太はこれを見て、「奥ゆかしく、風流なことだ」などと思うことはとても無理だとしても、見るや否や大いに怒って、「目の見えない女め。ほころびを縫わそうとよこしたのに、ほころびのほつれ目さえも見つけることが出来ず、何だ、佐太を馬鹿にしたような言い方は。『佐太』という名が卑しいとでもいうのか。かたじけなくも、守の殿様さえ、未だに私の本名を呼んだことがないのだ。何でお前如きの女が『佐太が』などと呼ぶのか」と言って、「この女め、思い知らせてやろう」と言い、さらに、「お前のあさましい所(陰部を指す)をどうしてやろうか」などと罵るので、女はこれを聞いて泣きだしてしまった。
佐太は怒って、郡司を呼び出し、「殿様に訴えて処罰してやる」と叱りつけたので、郡司は恐れおののいて、「つまらない女を哀れんで家に置いたため、守の殿のお咎めを受けることになってしまった」と言って、途方に暮れてしまった。女も、「どうしたらいいのか、困ったことになった」と思っていた。

佐太は怒りがおさまらないまま国庁の館に帰って、侍の詰所で、「全く面白くない。思わぬ女に情けなくも『佐太』呼ばわりされた。これは御殿の名を穢すことにもなる」と言って怒るのを、同僚の侍たちは、これを聞いても訳が分からないので、「どういう事があって、そのように言うのか」と尋ねると、佐太は、「このような事は、誰もに関係することであるから、守殿に申し上げてください」と言って、事の次第を語り聞かせたところ、「さて、さて」と言って笑う者もあり、憎む者もあり、女の方に皆が同情した。

やがて、守はこの事を伝え聞いて、佐太を呼び寄せて訊ねると、佐太は、「我が訴えが聞き入れられた」と思って喜び、大げさに身を乗り出すようにして申し上げると、守は詳しく聞いた後、「お前は人間ではない。大馬鹿者だ。こんな奴だと知らず、長年使ってきたものだ」と言って、永久に追放してしまった。
そして、その女を哀れがり、着物などを与えた。

佐太は、自分の身から出たこととはいえ、主人からは追放され、郡役所に出入りすることも止められたので、あてもないままに京に上った。
郡司は、「罰せられる」と思っていたのに、こういうことになったということを聞いて、大いに喜んだ、
となむ語り伝へたるとや。

     ☆   ☆   ☆

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 木の丸御殿の名乗り ・ 今... | トップ | 歌が身を助ける ・ 今昔物... »

コメントを投稿

今昔物語拾い読み ・ その6」カテゴリの最新記事