雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

陰陽師と死霊 ・ 今昔物語 ( 巻24-20 )

2017-02-11 11:56:32 | 今昔物語拾い読み ・ その6
          陰陽師と死霊 ・ 今昔物語 ( 巻24-20 )

今は昔、
[ 意識的な欠字。名前が入るが未詳。]という者がいた。長年連れ添った妻を捨ててしまった。
妻は、これを深く恨み歎き悲しんだが、その思いの為に病となり、数か月患ったあげく、思い死にしてしまった。

亡くなったこの女は、父母もなく親しい者もいなかったので、亡骸(ナキガラ)を引き取り、隠し棄てる(葬ることを指す。当時は、山野などに風葬・土葬するのが一般的)こともせず、家の中に放っていたが、髪も抜け落ちることなく生きていた時のようについていた。またその骨も皆つながっていて崩れていなかった。
隣の人は戸の隙間よりこれを覗き見て、例えようもない怖ろしさにおののいた。また、その家の内は常に真[ 意識的欠字。「青」らしい。]に光ることがあった。また、常に物鳴りなどするので、隣の人も怖がって逃げ惑った。

さて、その夫がこの話を聞き、半ば死にそうな気持がして、「どうすれば、この死霊のたたりから逃れることができるだろうか。自分を恨んで思い死にした女だから、自分はきっとこの女に取り殺されるに違いない」と怖れおののき、[ 意識的欠字。陰陽師の名前が入るが未詳。]という陰陽師のもとに行き、この事を話して、たたりから逃れる方法を相談すると、陰陽師は、「これは、極めて逃れ難いことです。そうとはいえ、これほどおっしゃられるのですから、何とか考えてみましょう。但し、そのためには大変怖ろしいことをすることになります。その覚悟をして我慢なされよ」と言う。
日が沈むころ、陰陽師はあの死人のいる家にこの夫の男を引き連れて行った。男は、人から聞いただけでも髪の毛が太くなるほど怖ろしかったのに、それにも増してその家へ行くなど、実に怖ろしく堪え難かったが、ただただ陰陽師を信頼してついて行った。

行って見てみると、本当に死人の髪の毛は抜け落ちておらず、骨もつながったまま横たわっていた。
陰陽師は、その背中に、男を馬にまたがるようにして乗せた。そして、死人の髪の毛をしっかりと握らせ、「絶対に放してはならない」と言い聞かせて、呪文を唱え祈祷して、「私がここに戻ってくるまでは、このままでいなさい。必ず怖ろしいことが起こります。それを我慢して堪えなさい」と言い置いて、陰陽師は出て行った。
男はどうすることも出来ず、生きた心地もしないまま死人にまたがって髪の毛を握っていた。

やがて、夜となった。
「真夜中になったか」と思う頃、この死人が「ああ重たい」と言いながら立ち上がり、「さあ、あいつを捜してこよう」と言って、走り出した。どことも分からないが遠くまで行く。だが、男は陰陽師に教えられたように、髪の毛をしっかり握っていると、死人は引き返した。もとの家に戻り前と同じように横たわった。
男の気持ちを怖ろしいなどと表現するのさえ愚かである。何が何だか分からないまま、懸命に髪の毛を放さず、背中にまたがっているうちに、やがて鶏が鳴くと、死人は声を立てなくなり静かになった。

そのうちに夜明けとなり、陰陽師がやって来て、「昨夜はさぞかし怖ろしいことがあったでしょう。髪の毛を放さずにいましたか」と聞くので、男は放さなかったと答えた。すると、陰陽師は再び死人に向かって呪文を唱え祈祷してから、「もう大丈夫、さあ帰りましょう」と言って、男を抱きかかえるようにして家に帰った。
陰陽師は、「もうこれ以上怖れることはありません。あなたの言われることがあまりに気の毒だったので、こうしたのです」と言った。男は泣きながら陰陽師に拝礼した。その後、男には何のたたりもなく、長寿を保った。

これは、最近のことであろう。この男の子孫は今も生きている。また、その陰陽師の子孫も、大宿直(オオトノイ・地名)という所に今もいるそうである、
となむ語り伝へたるとや。

     ☆   ☆   ☆


コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 優れた観相人 ・ 今昔物語 ... | トップ | 陰陽師の海賊退治 ・ 今昔... »

コメントを投稿

今昔物語拾い読み ・ その6」カテゴリの最新記事