雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

優れた観相人 ・ 今昔物語 ( 巻24-21 )

2017-02-11 11:55:51 | 今昔物語拾い読み ・ その6
          優れた観相人 ・ 今昔物語 ( 巻24-21 )

今は昔、
登照(トウジョウ・花山朝~後一条朝の人物らしい)という僧がいた。多くの人の人相を見、声を聞き、ふるまいを知ることで、この先の命の長短を占い、身の貧富を教え、先の官位の高下を知らせてやった。
このように相じて(占って)、絶対違うことがなかったので、京じゅうの僧俗男女は、皆争うようにして登照の僧坊に集まってきた。

ある時、登照は所用があって出かけ、朱雀門の前を通り過ぎた。その門の下には、男女、老少の多くの人が座って休んでいたが、登照が見ると、この門の下いる者どもには、今すぐに死ぬ相が表れていた。「これは、どうしたことだろう」と思って、立ち止まってよく見ると、ますますその相がはっきりと現れてきた。
登照はこの事を思いめぐらし、「今すぐにここに居る者どもが死ぬということは、どういうわけからだろう。もし悪人がやって来て殺すにしても、この中の何人かを殺すだけで、皆が一度に死ぬようなことはないだろう。おかしなことだ」といろいろ考えていたが、「もし、この門がたった今倒れようとしているかもしれない。それならば、押しつぶされて、たちまちのうちに全員が死ぬに違いない」と思いつき、門の下にいる者どもに向かって、「おい、見てみろ。その門が倒れるかもしれないぞ。そうなれば、押しつぶされて、皆死んでしまうぞ。早く出てこい」と大声で叫んだので、そこに居る者どもは、これを聞いて、大慌てで、ばらばらと飛び出していった。

登照も遠く離れて立っていたが、風もなく、地震も起きず、門には少しばかりの歪みもないのに、突然門が傾いて倒れてしまった。
そのため、急いで走り出した者どもは助かったが、中には素知らぬ顔をしてなかなか出て来なかった者が何人か押しつぶされて死んでしまった。
その後、登照が人にこの事を話すと、聞いた人は、「やはり登照の人相判断は不思議なものだ」と誉め感嘆した。

また別の話であるが、登照の僧坊は一条大路の辺りにあったが、春の頃の雨が静かに降っていた夜、その僧坊の前の大路を笛を吹きながら通り過ぎていく者がいた。登照はこれを聞いて、弟子の僧を呼んで、「あの笛を吹きながら通る者は誰だか知らないが、笛の音からすれば、命が極めて残り少ないと思われる。それを、彼に伝えてやりたいが」と言ったが、雨は休みなく降り続いているし、笛を吹いている者も、そのまま過ぎ去っていったので、伝えないままであった。
翌日に雨は上がった。その夕暮れ、昨夜の笛を吹いていた者が、また、笛を吹きながら帰ってきたが、登照はその笛を聞いて、「あの笛を吹いて通るのは、昨夜の者であろう。それにしても不思議なことがあるものだ」と言うと、弟子は、「昨夜と同じ者でしょう。何事かあるのでしょうか」と尋ねた。
すると登照は、「あの笛を吹いている者を呼んで参れ」と言うので、弟子は走って行って、その者を呼んできた。

見ると、若い男であった。侍(この頃の侍は、身分の低い宮仕えの男の総称)のように見えた。
登照はその男を呼び寄せて座らせ、「あなたをお呼びしたわけは、昨夜笛を吹いて通り過ぎられた時には、その笛の音色に、命が今日明日にも終わると聞き取れましたので、『その事をお知らせしよう』と思っていましたが、雨がひどく降っている上に、どんどん通り過ぎて行かれましたので伝えることが出来ませんでした。それで、大変お気の毒な事だと思っておりましたが、今夜その笛の音をお聞きしたところ、遥かに命が延びておられます。昨夜は、どのようなお勤めをなさったのでしょうか」と尋ねた。

侍は、「昨夜は、特別なお勤めなどしておりません。ただ、この東の川崎という所に、ある人が普賢講を行いましたが、そこで伽陀(カダ・韻文体の経文)に合わせて、笛を一晩中吹いておりました」と答えた。登照はこれを聞いて、「きっと普賢講の笛を吹いて、その仏縁の功徳によって、たちまち罪を滅して、命が延びたのでしょう」と思い、深く感動し、泣く泣く男を礼拝した。侍も喜び貴んで帰って行った。

この話は最近のことである。このように、あらたかで素晴らしい観相人がいたのだ、
となむ語り伝へたるとや。

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