雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

我が子羽ぐくめ ・ 万葉集の風景

2025-01-20 07:59:07 | 万葉集の風景

     『 我が子羽ぐくめ ・ 万葉集の風景 』  


 旅人の 宿りせむ野に 霜降らば
       我が子羽ぐくめ 天の鶴群

           作者  遣唐使の母

( 巻9-1791 )
    たびびとの やどりせむのに しもふらば
             あがこはぐくめ あめのたづむら

意訳 「 旅人が 仮寝をする野に 霜が降るようであれば 我が子を羽で守ってやっておくれ 天かける鶴たちよ 」


* 遣唐使に任命されることは、大変名誉なことであったのでしょうが、その旅は、まさに命がけで、多くの船が難破し多くの人が命を失っています。送り出す母の気持ちは、天かける鶴の群にさえ祈る、切ないものだったことでしょう。
この歌は「反歌」となっていて、一つ前には「長歌」が載せられていますが、こちらの方はさらに切ないものです。


( 巻9-1790 )
    題詞
天平五年癸酉 遣唐使の船 難波を発ちて 海に入る時に 親母の子に贈る歌一首

秋萩を 妻問ふ鹿こそ 独り子に 子持てりといへ 鹿子じもの 我が独り子の 草枕 旅にし行けば 竹玉を しじに貫き垂り 斎瓮に 木綿取り垂でて 斎ひつつ 我が思ふ我が子 ま幸くありこそ

「 あきはぎを つまどふかこそ ひとりごに こもてりといへ かこじもの あがひとりごの  くさまくら たびにしゆけば たかたまを しじにぬきたり いはひへに ゆふとりしでて いはいつつ あがおもふあがこ まさきくありこそ 」

意訳 「 秋萩(可憐な牝鹿を指す)を 妻問う鹿こそ 一人の子を持つという(鹿は一産一子)。その鹿の子のように 私のたった一人の子が 草を枕の 旅に出ていくので 竹玉を たくさん緒に通して垂らし 斎瓮に木綿を取り付けて下げ 身を慎んで 私の何よりも大切な私の子よ どうぞ無事でいておくれ 」
なお、竹玉は、竹の輪切りに似た円筒状の装飾品で大変高価であったらしい。

斎瓮は、神事に用いる土器。
木綿は、木の皮から取る繊維で、後世の「わた」とは違う。


* 作者の子が、どのような地位の人であったのかは不明です。正使や副使でなくとも、相応の地位であれば、名前が残されている可能性が高いと思われます。かと言って、これだけの歌を残した女性の子ですから、単なる雑役夫として徴用された人の母とも思えないような気がします。
いずれにしても、子を思う母の懸命の歌を、うまく意訳出来ないのが残念です。
同時に、この歌などこそが、万葉集の存在価値を高めているような気がするです。

       ☆   ☆   ☆

  




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