眼を失っても ・ 今昔物語 ( 14 - 19 )
今は昔、
備前国に住んでいる人がいたが、十二歳の時に両目を失った。
父母はこれを嘆き悲しんで、仏神に祈請したが何の験(シルシ)もなかった。薬を使って治療したが回復することは無かった。
そこで、比叡の山の根本中堂に連れて行き、そこに籠って心を尽くして回復を祈った。二七日(フタナノカ・十四日間)が過ぎて、この盲人の夢に、気高い様子の人が現れて告げた。「お前は前世の因縁によって盲目の身となったのである。今生では見えるようになることは無い。お前は前世において、毒蛇の身を受けて、信濃国の桑田寺(クワタデラ・未詳)の戌亥(北西)の隅にある榎の中に棲んでいた。そして、その寺には法華経の信奉者がいて、昼夜に法華経を読誦していた。毒蛇は常にこの信奉者が唱える法華経を聞いていた。毒蛇はもともと罪深く、食べ物もなかったので、夜ごとにそのお堂に入って、仏前の常灯の油を嘗め尽くしてしまった。そこで、法華経を聞いた功徳によって、蛇道を離れ今生では人の身を受けて仏にお会いすることが出来たが、灯油を食べてしまった罪により、両眼を失ってしまったのだ。それゆえ、今生において眼を開くことは出来ない。お前は、ただ速やかに法華経を学んで、その罪業から免れるがよい」と。そこで、夢から覚めた。
その後、心の中で前世の悪業を悔い恥じて、本国に帰って、夢のお告げを信じて、初めて法華経を習って、数か月のうちに自然と習得してしまった。
それからは、盲目といえども長年にわたり心を込めて法華経を昼夜に読誦した。そうすると、その効験はあらたかで邪気(物の怪)の病に悩む人があれば、この盲人に祈祷させると必ずその効験があった。
この盲人は、最期の時に至るまで、尊い姿を保って命を終えた、
となむ語り伝へたるとや。
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