吉野川流域では今でも秋祭りの分霊を祀るお仮屋が建てられている。
大淀町の佐名伝(さなて)では御霊神社のお仮屋で公民館の駐車場に建てられる。
以前は西、中、東垣内の三垣内でそれぞれの当屋家の庭に建てられていたが、年々維持することがたいそうになり若い者らも反対されるようになって一基にしている。
かつて23日が秋祭りだったが、集まりやすい最終日曜日に替わっている。
昼頃に三人の当屋は白衣を着て新当屋を勤める三人とともにお渡りをする。
そこで挨拶をしてお神酒をいたき当屋渡しの儀式が営まれる。
その秋祭りの一週間まえの日曜日。
集まった氏子らは駐車場でお仮屋を建てていく。
午前中いっぱいかかる作業だそうだ。
形は下市町の新住(あたらすみ)や五條市の東阿田のものとよく似ているが、造りやすいように土台は木製になっている。
祭壇を設えて御供を供えるが猫などが食べてしまうので祭礼が終わったら片付けるそうだ。
(H20.10.22 Kiss Digtal N撮影)
大淀町の佐名伝(さなて)では御霊神社のお仮屋で公民館の駐車場に建てられる。
以前は西、中、東垣内の三垣内でそれぞれの当屋家の庭に建てられていたが、年々維持することがたいそうになり若い者らも反対されるようになって一基にしている。
かつて23日が秋祭りだったが、集まりやすい最終日曜日に替わっている。
昼頃に三人の当屋は白衣を着て新当屋を勤める三人とともにお渡りをする。
そこで挨拶をしてお神酒をいたき当屋渡しの儀式が営まれる。
その秋祭りの一週間まえの日曜日。
集まった氏子らは駐車場でお仮屋を建てていく。
午前中いっぱいかかる作業だそうだ。
形は下市町の新住(あたらすみ)や五條市の東阿田のものとよく似ているが、造りやすいように土台は木製になっている。
祭壇を設えて御供を供えるが猫などが食べてしまうので祭礼が終わったら片付けるそうだ。
(H20.10.22 Kiss Digtal N撮影)