アメリカ探偵作家クラブ(MWA)賞の最優秀短編賞受賞作を、1990年から2007年までを収めたものである。ミステリーの始祖、エドガー・アラン・ポーの胸像を贈ることからエドガー賞とも呼ばれている。
2007年受賞作 チャールズ・アルダイ「銃後の守り」
第二次大戦中の物資統制は、何も日本だけではなかった。この本を読む限り。戦時というのはどこの国も同じで、官僚がしゃしゃり出てきて何かと嫌がらせをする。そういえば当時の警察は大威張りしていたっけ。オイコラ警察だった。
アメリカもガソリンの配給制をとったようだ。クーポン券一枚で2ガロン(約7.5㍑)しか入れられない。ニューヨークの私立探偵のローリー・ハーパーも戦時徴用で、連邦政府の物価管理局職員だった。
給油ポンプの横に乗りつけた彼は、一枚のクーポンで二ガロンしか入れられないのを承知しながら四ガロン強要する客を演じた。それに応じた若者マット・ケリーは、ローリーの奸計にはまり手錠をかけられる。人生はなにが起こるかわからない。ローリーも死の直前まで「もし、あの時……」と思わずにいられない。
時速四十マイル(約64キロ)でカーブに差し掛かったとき、対向車と正面衝突する。ケリーは手錠のままフロント・ガラスを突き破って投げ出され、そのあとの爆発で死んだ。事故原因を、ケリーが力ずくでハンドルを奪おうとしたためだと報告した生き残りのローリーは、名前と写真が新聞に載ったせいで不用品とされお払い箱になった。
金もなくなりアパートを出たが、車もないとあってはあてどもなく歩いていくしかなかった。やがて営業を終えようとしていたガソリンスタンドにたどり着いた。 一人の女がガレージの扉と格闘していた。それを手助けして泊めてもらうことになった。ローリーは、「トム・ドイル」と自己紹介した。彼女は名乗った。「モイラ・ケリーよ」
なんてことだ、あの若者もケリーだった。若者を嵌めた舞台のスタンドではないか。いまさら逃げ出すわけにはいかない。モイラのためにシチューをよそってやり息子の話や家庭の話にも耳を傾けた。急速に二人は深まり、相手を受け入れた。
そんなある日、本物のドイルが現れる。このたちの悪い物価管理局のドイルは、ローリーの正体を暴こうとする。もう逃げられないと知ったローリーは、ドイルを殴り殺す。パトカーで連行される途中、あのカーブが見えてきた。反対車線から車がやってきた。
もし、あのときあの車がはみ出しさえしなければ、どれほど多くのことが避けられただろう。ローリーはドアを押し上げて外に飛び出した。対向車の運転者は、避ける余裕がなかった。
巧妙なプロットの構築が冴えていて、モイラとローリーの自然な肉体関係への流れは、著者の力量の確かさを感じさせる。
著者は、1969年生まれ。編集者として、扇情的なカヴァーのペイパーバック・シリーズ<ハード・ケース・クライム>を立ち上げる。作家としては、《エラリー・クイーンズ・ミステリ・マガジン》や《アルフレッド・ヒッチコック・マガジン》に短編を発表している。長篇に、リチャード・エイリアス名義でものした『愛しき女は死せり』(2004年)とその続編Songs of Innocence(2007年)がある。