都市と楽しみ

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神戸の花街・盛り場考(加藤政洋):冗長、表の間違いが致命的だが商業の変遷は面白い

2016-01-12 05:21:45 | 都市計画

 論文としては冗長で、表6に大きな間違い、店舗形態は借家と兼用店舗、販売形態は正札と陳列販売と思われるが、明治期・大正期と誤植がある。しかもデータの集計時期の明示がない。また、大阪市立大学文学研究科修了のためか都市計画の素養が薄く、地図や用途、産業の分析に欠けている。

 しかし、神戸付近の産業について、花街、神戸西部の発展、元町の商業などは面白いとりまとめがあり楽しめる。

 知見は:

・「集娼」から「散娼」(1873年)、また「集娼」(1878年)に

・福原は娼妓、芸妓が混在、芸妓の貸席、料理屋:エロシステムにチャブ屋式を加味して~

・柳原では「撥」(三味線)が芸妓、「飯」(飯盛り女)が娼妓、両方を兼ねる「二枚鑑札」から区分

・神戸西部(西新開地)の耕地整理事業:職工の街、川崎と三菱造船、台湾精糖、鐘紡、鉄道の鷹取工場

・西新開地は夜の歓楽街でもあり、料亭・飲食店に福原、柳原から芸妓を呼ぶ、雇仲井倶楽部も3つ許可

・今和次郎は百貨店を「縦の商店街」、これから商店街は「横(平面)の百貨店」→デパートはアーケード街から発達したというボン・マルシェ(フランス)の歴史などを知るとあたりまえ

・神戸は住居兼用店舗が少なく、正札・陳列販売が多い新しい商店街が多い

・元町は旧西国街道で二間幅と狭かったが拡幅、1926年に西端に三越、翌年に大丸が東に開店し2核型配置となり、間の商店街は「鈴蘭灯の街」

 銀ブラについては今和次郎の資料が有用であるが触れられていない。

「モデルノロヂオ 考現学」今和次郎( https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BB%8A%E5%92%8C%E6%AC%A1%E9%83%8E )、吉田謙吉(大正14年 1925年) 銀座の風俗スケッチ( http://artscape.jp/artword/index.php/%E3%80%8E%E3%83%A2%E3%83%87%E3%83%AB%E3%83%8E%E3%83%AD%E3%83%82%E3%82%AA%E3%80%80%E8%80%83%E7%8F%BE%E5%AD%A6%E3%80%8F%E4%BB%8A%E5%92%8C%E6%AC%A1%E9%83%8E%E3%80%81%E5%90%89%E7%94%B0%E8%AC%99%E5%90%89 )

 なお、当方は今和次郎、吉阪隆正、戸沼幸市の系譜であり、本書の「銀ブラ」( https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%8A%80%E3%81%B6%E3%82%89 )考察には感心しない。

 銀座に金ぷらを名乗るお店はあったが、銀ぷらとは関係ないだろう。明治の勧工場の歴史や大正の屋台、関東大震災後の煉瓦街復興などの区分による著作は多い。

 読み物としては面白いため惜しい

コメント
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