両モモッテの出会いは、二匹の猫にとって、ある意味で特別なショックでした。
ブランシュは、多分1~2年、お屋敷で「深窓の令嬢」として暮らし、周囲の人々から大切にされていたのです。
他方、密航を決行したシノワーズは、幸い大の猫好きである艦長さんの部屋に逃げ込んだわけですが、19世紀後半のことなので、フランスへの帰港まで多分数ヵ月、殆ど艦長室にこもって、ロティと「二人きり」で過ごしたのです。
ブランシュにとっては全く見知らぬ猫の闖入、シノワーズにとっては全く見知らぬ世界への第一歩
その二匹が無二の親友になったのです。ピエール・ロティも両モモッテには特別の愛着を持っていたのでしょう。
夫々のモモッテ、つまりモモッテ・ブランシュとモモッテ・シノワーズのため、名刺を作っています
当時は、まだペットの避妊・去勢手術など無い時代。両モモッテの出産で、仔猫が沢山生まれたはずです。ロティは貴族の家系で、ロシュフォールに大きなお屋敷があり、しかも海軍関係者、文学関係者、猫友など、友人知人が多く、今日で言う多頭飼いや里親探しには、困らなかったものと思われます。
蛇足
全く無関心だったロティの本を読むようになったのは、彼が砂漠と猫の作家でもあることを知ったためです。
どれくらい猫が好きだったかというと、例えばの話で本当に起こった出来事ではありませんが、「猫のためなら国家元首との会食約束も断る」というくらい好きだったようです
「二匹の猫の生涯」は、本来「慈悲と死に関する書」という本に収録され、この本の約三分の一を占めていました。
上の写真は、1991年に復刊されたものの表紙です。二匹の猫が見られる前回の表紙は、両モモッテの物語のみで1988年に出版されたものです。
インターネットで調べたところ、日本語版は1952年「死と憐れみの書」というタイトルで、白水社から出版されています。「復刊ドットコム」の復刊希望リストにもあるので、そのうち復刊されるかもしれません