前回に続き
「直前」の日に撮ったピンボケ写真です
シュテファン寺院の裏手、広場の北東に目立たない通り抜けがあります。
1)その通り抜けの中
2)向こうの小路に出られます
3)小路に出た途端に見た犬さん
4)お店の入り口で飼い主を待っています
5)人が集まっています
この小路は1862年からドームガッセと呼ばれています。
ドーム(
シュテファン寺院)に続く小路だからです。
6)ここは
モーツァルト・ハウスの入り口
多分、何か催しかパーティがあったのでしょう
7)この建物に
モーツァルト一家が住んでいました
今は建物全体がモーツァルト記念館になっています
8)モーツァルト・ハウスの前から「血の小路」が始まります
「Blutgasse(血の小路)」の表示
表示は1782年、
皇帝ヨーゼフII世の指示で市内(今の旧市街)に通り名表示が付けられた当時からの歴史的なもので、現存する数少ない貴重な表示のひとつ。
この小路は、1368年から1392年までコートガッセ、その後コールゲスラインと呼ばれ、いつからブルートガッセ(血の小路)になったかは不明です。名前の由来は、ひとつの伝説によれば、中世ここに場があり、排水溝から通りへ血が流れ出たため。もうひとつの伝説では、1312年に、ここで
テンプル騎士団の騎士たちが惨殺され、通りが血で赤くなったためと言われますが、いずれも歴史学的根拠はありません。
9)何も無い不思議空間
10)振り返ってモーツァルト・ハウスを見たところ
11)先へ進むと建物の支えが見えてきます
12)両側の家を互いに支えあう中世の名残り
「家支え」に関する以前のみみずボログ記事
中世の亡霊
中世の面影
13)出てきた通りはシンガーシュトラーセ
この通り名も1862年からで、バイエルン出身のシニガー一家が住んでいたためということです。
歴史的説明や年号は、ドイツ語のネット検索と手持ちの本からの情報です。
そのひとつ:
Planet Vienna:Blutgasse