フィールドノート

連続した日々の一つ一つに明確な輪郭を与えるために

2月15日(月) 曇り

2016-02-16 13:05:12 | Weblog

7時、起床。

トースト、目玉焼き、サラダ、紅茶の朝食。

午後、散歩に出る。

昨日とは一転して冷え込む一日。

家を出るときから「上むら」で鍋焼きうどんを食べようと決めていた。

満を持して鍋焼きうどんのお出ましだ  たかじ

海老天、卵、お麩、蒲鉾、鳴門、隠れて見えないが鍋の中にはお餅が沈んでいる・・・基本に忠実な鍋焼きうどんである。

うどんは生卵が溶け出した汁をからめて食べる。うまい。冷え込む日の鍋焼きうどんは至福である。

食事を終えて駅の方へぶらぶら戻る。

漢方の一種だろうか、あんずを専門に処方する薬局を見つけた。妊婦さんにはいいだろう。あんずるより産むがやすしだ。

帰ったら妻と一緒に食べようと「銀だこ」でたこ焼きを購入。先週の『いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう』(第4話)を観て、たこ焼きのことが頭にあったのだろう。練が音に作ってあげて一緒に食べたあのたこ焼きだ。こうやってTVドラマはわれわれの生活に入ってくるのだ。

しかし、妻はまだジムから帰ってきていなかった。しかたがないので、一人で全部(8個)食べる。明らかに食べすぎだ(鍋焼きうどんを食べてからそれほど時間が経っていない)。現実はなかなかドラマのようにはいかないものである。

 宮崎公立大学の阪本博志さんから論文の抜き刷りが送られてきた。

 「大宅壮一の戦中と戦後-ジャワ派遣軍宣伝班から「亡命知識人論」「「『無思想人』宣言へ」、『現代風俗学研究』第16号.

 「没後45年「マスコミの王様」大宅壮一の知られざるプロパガンダ映画」、『東京人』2月号.

 「近現代日本の大衆文化と活字メディアの読者参加企画-1950年代『週刊朝日』の「表紙コンクール」「文化講演会」を中心に」、谷川建司ほか編『東アジアのクリエイティブ産業-文化のポリティクス』(森話社).

大宅壮一や雑誌『平凡』の研究を倦まず弛まず続けていらっしゃる姿勢に感服する。私も今夏には久しぶりに清水幾太郎研究で一本書こうかな。

夕方、「phono kafe」に顔を出す。救命看護師のKさんと連絡が取れ、たぶん今日が「phono kafe」に顔を出すのが最後になるだろう彼女と会うためである。彼女は私より一足早く店に来て、食事をされていた。

私は夕食はあとから家で食べるので、大根とレンズ豆のサラダとあずき茶を注文。彼女はあずき茶を知らなかったので、勧めてみた。気に入ってくれたようでよかった。

自家製アイスクリームも注文する。Kさんはヨーグルトを注文した。お気に入りのメニューのようである。

Kさんは月末に病院の寮を引き払って、いったん栃木の実家に戻り、親孝行をしてから、彼の待つ奄美大島へ旅立つ。島での生活が一段落したら再び看護師として働きたいそうだ。

居合わせた常連客や大原さんと一緒に記念の写真を撮る。

Kさんは奄美に旅立つ前に東京マラソンに出場するのだそうだ。そんなふうにな人には見えないので驚いたが、実は彼女、高校時代は栃木県代表で卓球の全国大会に出場経験があるそうで、東京マラソンに備えてハーフマラソンを2本走っているとのこと。おみそれしました。その体力と気力が救命救急の現場で働くバッググラウンドにあるわけですね。

店を出ると、雪がチラホラ舞っていた。「わぁ、雪!」とKさん。

「奄美にも雪は降るのでしょうか」と聞いたら、「この間の寒波のときは奄美にも雪が降ったそうです」とのこと。

彼女は自転車に乗って帰って行った。マラソン頑張ってください。そして島での新しい生活もね。

 夕食はロールキャベツ。

バジリコの風味が効いて美味しいかった。

『いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう』第6話をリアルタイムで観る。

修羅場だった。社会学でいうところの違背実験を観るようであった。実生活の中で、われわれは「それを言ったらお終いでしょう」ということは言わないようにしている。我慢しているという以前にそういうことをしようという気持ちを無意識のうちに抑制している。われわれの日常生活はそういう暗黙の規範に支えられて秩序を保っているのである。あの場面での小夏の言動はそういう日常の秩序を破壊するものであった。修羅場とはああいうのをいうのだろう。

そして5年後、練のあの豹変ぶりは何だろう?! 電車の人身事故に「チッ」と舌打ちをしてタクシーを拾う練のあの髪型は何だろう?! これまでの梅津かずおみたいな髪型のあの朴訥とした青年はすべて演技だったのか?!(ドラマだから演技には違いないです)。

次回が待ち遠しい。