King Diary

秩父で今日も季節を感じながら珈琲豆を焼いている

本日の珈琲

2009年07月18日 10時16分17秒 | 珈琲
♪うちの旦那はグウァテマラ生まれ~

グアテマラが昨日で終わり、今日の珈琲は
先日の川越のお土産に買ってきたブレンドです。

スペシャリティコーヒーが飲める店という看板の
店の1番のブレンドでした。

なんか味が薄いし、酸味も強い感じです。

ペーパーで淹れた珈琲の味を思い出しました。

いつも行く店とそっくりな感じの店でしたが、
ブレンドの味は大違いでした。

しかし、こういう豆は店で淹れてもらって飲むと
また違う味になるのです。

これをしばらく飲むことになるのか。
ちと物足りないなあ。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

アイスおまえもか

2009年07月18日 09時39分39秒 | 珈琲
昨日は、それでも今までより暑さは和らいだ
日でした。

それなのに、暑さを避けて昼は冷房の効いた喫茶店へ
避難しました。

注文はアイスコーヒーです。

別に味を求めたわけでもないのです。

ただ暑かったから、冷房の効いたところで本を読みたい
と思ったのです。

国道沿いの天井の高い大きなガランとした喫茶店を
選びました。

お昼時なので、前回のように食べ物の臭いが立ち込めた
ところではなく、完全に涼みに行くのが目的なので
静かでランチ営業が盛んでないところということで
選びました。

駐車場はまずまずの混みようで、なかもそんな感じの
人の入りでした。

私は端っこの一人で占領してしまうのには大きすぎる
テーブルの端に陣取り、すぐにアイスコーヒーを注文
しました。

うちの近所の喫茶店なら水出しアイスコーヒーが飲める
のですが、前回常連客に話しかけられたり、食べ物の
臭いが立ち込めてのんびり出来なかったので、おどろく
ほど高いですが、環境重視にしました。

うちのエアコンは二年前ほどに省エネタイプに買い換え
たもので、昨年はあまりの暑さに何日か稼動させましたが、
今年はまだつけていません。

ひとりでエアコンをつけるのも気が引けて、このような
喫茶店に涼みに来る仕儀となりました。

最初は、人の話し声などが気になりましたが、中は広くて
涼しく、読書するにも快適でした。

そういえば、最近喫茶店で注文する珈琲はブラジルで
なくなりました。

私は、高校時代から通う店のマスターに一番うまい珈琲は
ブラジルであるという宣託をうけ、以来いつも注文は
ブラジルのストレートを頼みます。

うちでもブラジルサントスNO.2をずっと飲み続けて来ました。

しかし、最近ネットで焼き立ての豆を買うようになり国別の
味のイメージが随分変わり、いつも飲んでいたブラジルも
今では飲めなくなりました。

マスターから教えてもらった時から、ブラジルも冷害で
致命的被害を受け、品種改良が相次ぎ味も変わって
しまっていたのです。

そして流通も変わり、ブラジルサントスNO.2という
ブランドより農園名で取引される珈琲に味は席巻
されていきます。

それでも喫茶店に行けば、未だに値段の高いのは
飛び抜けてブルーマウンテンが一番高く、秩父にも
ブルマンを置く店がありこの間はびっくりしました。
そして、その値段が時価だと。

スペシャリティコーヒーやカップオブエクセレンスの
豆が飲めるという店はさすがにありませんが、喫茶店
には農園名の豆が入っているようです。

しかし、自家焙煎と看板のない店では大概胸焼けを
起こしてしまいます。

そして、昨日もアイスコーヒーなのに胸焼けがしました。
うちでも水出し珈琲の準備をするか。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ガンチャリ作れない

2009年07月17日 09時41分17秒 | 日々のこと
昨日は、隣の小鹿野町に出かけていて
日差しと暑さを堪能しました。

夕方は、いつもの公園を走りました。

この頃、いつも会う人が増えました。

祭りの太鼓を練習する音が響く夜ですが、
秩父は祭りが多いので有名です。それが
なぜなのか解説する人や、どうしてなのかは
あまり触れられません。

冬の秩父夜祭は大変有名ですが、昔ある飲み屋
さんのはっぴを着て参加したいと申し出たら
周りからしっかりととめられました。

何度か参加しようとしてはとめられるということ
がありました。

そして、実際には地元商店街の人たちより町の
外の人が参加するケースがほとんどで、町の世話役
になると毎日町中の飲み屋に毎日飲み歩く日々に
なるそうです。

大体祭りの目的がこのただ酒を飲むことにあり、
普通の勤め人ならいまどきこんなことにかかわるなと
言うことで今までとめられていたようです。

そして、秩父に祭りが多いのは、人口の割りに飲み屋が
多かったり、ホルモン屋が多いのと同様、酒飲み人口
が高いことと、自然環境が厳しいことによります。

山は険しく谷深く、寒暖の差が激しい地により、農耕や
道普請など人の手を煩わせることが多くなり、何をやるにも
人の手を借りることになり、その慰労に祭りが行われる
ようになったのです。

人の手を借りるという発想をゲームに持ち込んだモンハンは
これだけヒットしていまだにプレーし続ける人がいるという
ゲームに仲間が出来るというブームを呼びました。

通信対戦できるというゲームはたくさんあったのに、仲間と
狩るとは新たな発見です。とはいえ私自身は、一人プレーばかり
なんですけど。

kai環境で仲間を募る環境も掲示板を見れば仲間を募集と
いうのもあるのですが、なんかめんどくさいしなかなか
積極的に活用できていません。

これからGになればkaiにつなぐケースも増えるかもしれません。

以前は周りがみんなG装備だったので、そのくらいレベルアップ
しないとできないという印象だったのです。

さて、そのGの入り口の門番であるアカムを倒すのにガンチャリ
を作っている最中ですが、やはり最後の火竜の紅玉がでません。

同じ2%ものでも、モノブロスハートなどいまストックが4つほど
ありますが、火竜の紅玉は今まで一度しか見たことがありません。
一度落し物でゲットしたので、セーブしようとしたのに3乙した
ので、リセットしてしまいました。

それ以来一度も出ません。

何度も銀のリオレウスを倒していますが、最近は火竜の堅殻
しか出ません。

中々でなかった逆鱗とか火竜の骨髄とか銀火竜の尻尾は
揃っているのに火竜の紅玉だけでないという
悪戯されている気分です。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

違和感

2009年07月16日 10時18分08秒 | 映画
NHK BSの映画で『世界最速のインディアン』と
いう映画をやりました。

これはつい最近、公開され新聞の評や予告編など
でも評判がとてもよく、見に行きたい映画でしたが、
あっという間に上映期間が終わり見逃したものです。

最近の映画館の上映期間はどんどん短くなっており、
こういうことはよくあることですが、映画館の数は
最近増えており、より集客力のある映画を常にかけて
いるのが経営の要諦となるのです。

この映画は、舞台になっている時代がいつぐらいか
よく把握できないのですが、ベトナムから枯葉剤を
撒いてきたという兵士の会話から70年代のことと推察
されます。

東西冷戦に突入する前の非常に重苦しい時代で暗い
世相で景気としてはまだそんなに悪くない時です。
そして、主役のバイクは1920年のバイクなのだとか
驚いたことに、そのバイクが出した記録がいまだに
破られていないというのですからどうしたことで
しょう。

そんなこんながあるのですが、映画評論家には大変
評判もよくマスコミも傑作であるとするのに、話題
的にはほとんど登らず、公開してすぐにまたテレビ
でもやってしまうというこの流れにたいしてヒット
しなかった作品の悲哀があります。

いい作品なんだけど売れない。

私もいい話だけど納得がいかない違和感が残ったのです。

それは年寄りの話だからか。

誰からも好かれた老人という設定と人とのふれあいに
何かうそ臭いものがあるのか。

実際の実話であるだけに、話の持つ意味は重いのですが
別に悪と善の対決軸があるわけでもなく、将来の希望とか
努力すれば報われるとか苦労を重ねる果ての報酬が期待
させるものがもう先に見えてしまっているからなのか
とにかく違和感に包まれる方が先で、いい話だったと
しみじみ出来ないのです。

これは作り方にもよるのでしょう。

年寄りの成功物語などあまりに現実味がないばかりか
こんな年寄りが実際に隣にいたらかなり迷惑ですし、
年寄りのスピード狂も現実味がありません。

まあでも300Kという新幹線並みの速度を実際の自分の
運転で出したらどんなか体験したいという気は起きます。
今でもあの塩湖レースは行われているのでしょうか。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ナイトランふただび

2009年07月15日 23時02分20秒 | ジョギング
今日はとても暑い日でした。

都内に出た昨日も暑い日でしたが、もうこの日
梅雨明けしていたそうで、そらをみたらそんな
感じはしていたのですが。

そうなると、もうこの日差しの中走りにいくことは
はばかられ、夜になっても暑さはそのままでした。

それに調子も悪く、コースは夜だとあの金仙寺の
あたりは走りに行く気になれず、どうしても
短くなるのでした。

影森だけの6.5Kです。

しかし、こんな灼熱の太陽の下でもふつうに走って
いる人もいて、体に悪いなあと思います。見ている
だけの私たちも何もこんな暑い中走らなくてもと
思いました。

こんな暑い中帽子もかぶっていないのです。

多分昼休みの時間だけ走る人のようですが、3Kぐらい
しか走れないでしょうし、午後の仕事に支障は出ない
のでしょうか。

さて、私は完全に日が落ちた8時過ぎに走り出しました。
前回走ったときには、散歩の人や走っている人まで
いましたが、まるで人がいません。

走り出したときには、祭りの太鼓の練習の音があふれて
いましたが、帰って来たときには静かになっていました。
前回の花の香りが色々香った道は、今回はカレーや
てんぷらや揚げ物などの各家庭で料理をするにおいが
流れ、それがお風呂の石鹸の匂いとともにながれるという
とても気持ち悪い空気でした。

梅雨明けで、間近に迫った日食もこれで安心かなどと
考えながらとにかく苦しい走りは終了。

あまりに調子が悪いので、そのまま走らない可能性も
あっただけにタイムより完走出来たという満足感で
良しとします。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

こんな珈琲があったのか?ランブル

2009年07月14日 23時11分36秒 | 珈琲
今日は都内に用事があり出張。

それにしても暑い日でした。

梅雨ということもあり、昼は横浜でランチでも
ということでしたが、この暑い中うろつくのは
どうも気が引けて、久しぶりの銀座で買い物を
しました。

そして、7丁目まで来たので、そろそろ食事をして
珈琲でもということになり、例のコーヒーに憑かれた
男たちの御三家の珈琲を飲んでみることにしました。

いつかこの珈琲御三家詣りはするつもりでしたが、
こんな暑い日では、銀座、吉祥寺、南千住と周るのは
ちときつい。

それに、すでにモカはなくなっています。

都内の名店というくくりだとまだ行きたい喫茶店は
ありますが、銀座の喫茶店めぐりというのもちょっと
抵抗があります。

とにかく銀座にいるのですから、ランブルは行かないと
と、思い行きました。

前にもオールド珈琲というものは飲んだ事がありましたが、
日陰珈琲とか温泉珈琲とか色々銘打った珈琲はありましたが、
どれもああうまいなあと思ったことはありません。

ただ、思いがけずおいしい珈琲というのはときよりぶつ
かるもので、その意外性とガイドブックや喫茶店ムックに
載らない名店なんていくらもあるのです。

ですから、味では御三家とされる珈琲にはいやがうえにも
高ぶる気持ちを心して抑えて乗り込みました。

そんな聖地的なところなのに、銀座の端っこの裏通りに
店はあり、内装は安っぽいし、客もカウンターでスパスパ
タバコをふかして声高に店の人と話す人がいたり、ちっとも
銘店の雰囲気はありません。

ただ銀座の店ということで珈琲は、バカ高です。

いつも行く珈琲屋のマスターの体験談のごとく、ドドールの
珈琲を飲んでから口直しにランブルという行動を一時考えて
いましたが、暑い日差しと足の向いた方向と立地から、いきなり
ランブルとなりました。

何度かオールド珈琲は飲んでいるので、カフェノワールでいいと
ネットのメニューを見たときには思ったのですが、ネットに
載っているものと同じメニューを店で実物で見てなぜかこれは
とことんやるぺきだろうという挑戦的な気持ちが沸々と湧き
キューバを頼みました。

豆は35年ものです。

そんな古い豆が何でこんな味なんだという不思議な感覚です。

作るところを見ていると、わずか90ミリリットルという量を
抽出するのに豆はかなり多く挽いてネルで一杯づつ淹れて
いました。

高いのにこんな少ないのではじっくり味わって飲まなくては
と思いつつもあっという間に飲み干してしまいました。
そしてその豊な味わいがいつまでも口に残っているという
実に豊な体験となりました。

本当にうまい珈琲を飲んだといえる日でした。

そして自分の家で飲む珈琲より数段上だと思えたのも
久しぶりです。

これはわざわざ飲みに来る価値があると思います。

これなら御三家のもうひとつも是非行かなければ。

都内に出てくる楽しみが出来たという人生の楽しみが
またひとつ加わった日となりました。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

スターシップトゥルーパーズ

2009年07月14日 00時09分55秒 | 映画
なんか気になり、深夜の番組を撮っておきました。

見てびっくりです。

とんでもないグロと軍隊映画で、こんなのやっていいの
という感じです。

近頃のテレビというのは大変上品になってしまい、女性の
裸など乳首でさえモザイクが入ったり、かくしたりする
異常敏感体質でしたので、この映画で、男女が何の境もなく
シャワーを浴びながら会話するシーンなどどういう世界なのかと
思いましたが、これは時代というより、この映画のえがくSF世界
では、男女差別がなくなった世界であり、そのため女性の
クォーターバックなども出てきます。

グロの方は、カブトムシの解剖シーンとか襲われた基地の
兵士の死体が半分に切れていたり手がなかったり足がなかったり
という戦争の現場そのままの映像になっており、これが理想の
社会であるのに戦争が起きてしまうという宇宙戦争なのに
巨大な昆虫と戦うという面白い戦闘シーンが繰り広げられます。

虫なら殺虫剤で殺せよと思いますが、マシンガンで打ちまくる
という歩兵戦がメインとなっています。現代では空爆の後の
歩兵戦はデモンストレーション的な色合いで、実際は空爆の
時に勝負が決しているようなところにどうしても銃撃戦を
やりたいという事情が見られます。

それに、民主主義が崩壊した社会ということですが、問題は
それだけかという疑問がわきます。現代社会が抱える資源
人口増、温暖化、食糧難といった問題はどうなったのかその
説明がないと、宇宙規模で戦争する意味はなんなのか、やはり
ただの軍隊礼賛、銃礼賛したいだけなのかとも取れます。

今の映画は何でも似たり寄ったりで、テーマなどなく、悪と
善の色分けもはっきりとして諦めないと幸せがくるという
単純なメッセージは今の複雑で問題の多い社会になんか役に
たつのかと思わせます。

そんな意味では、こんな変わった映画も面白いなあと。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ひまわりっ

2009年07月13日 01時17分15秒 | 日々のこと
漫画の現場に作者が出ていましたね。

結構かわいいかおじゃん。

でも言っていることはどこかで聞いた内容な
ような気がします。

先週のチキン南蛮というご当地グルメねたも
中々秀逸です。

でもいつあき子が復活するのか、ちときになります。

彼女東京に出てきてから何も活躍していないで、
他のキャラばかりが張り切って色々と活躍しますが、
そもそも主人公の影が薄いキャラというのはめずらしい
部類で不思議な漫画と化しています。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

『ぼくには数字が風景に見える』

2009年07月12日 23時20分32秒 | 読書


『1Q84』を読み終わり、次に読んだのがこれです。
今日の新聞に、なぜ1Q84は読まれるのかという記事が
ありましたが、つまらない内容でした。

大体内容がないとか共感できるものも文学的感動も
ありません。

なぜこれだけヒットしているのか、これは出版社と
イスラエルとノーベル文学賞に一番近い作家という
ブランドを確立したからに相違ありません。

『ぼくには数字が風景に見える』は、本屋の店頭で
これはと思いどうしても欲しくなり買ってしまいました。

タイトルからどんな本を想像されるでしょうか。

私はカバーにあったその風景というもののスケッチを見て
さてさてどんな本なのかと大変興味を持ったのですが、
作者は癲癇持ちで、サヴァン症候群で、アスペルガー症候群で、
ゲイという人の本です。

そういう人が自ら語ったその数字が風景に見えるという頭の
中はどんなになっているのかあのレインマンを見てから
ずっと知りたいと思っていました。

映画レインマンからサヴァン症候群の人の特集がよく組まれる
ようになったので、どんなものか広く一般に知られるように
なりましたが、そのものすごい計算能力やカレンダー能力は
どのように計算しているのか。

まさか風景とか色つきの形になっているとは。

と、最初は驚きどんな本の中と思ったのですが、読んでいくうちに
段々出来ない人の言い訳を聞く本になってしまい大変
がっかりです。

本人にしてみれば障害を抱えてこれだけできるようになり、
大変誇りに思うと書かれているのですが、どうもそういう
よかったよかったという話しでない様に思います。

私としては、その特殊な能力を使うときに実際にどう
計算していたり、同じ計算でもこういうことはできて
こういうことはできないという明確な説明をもっと
期待していました。

例えば、よく番組で暗算能力を目の前でやってみせる
のも、別にあらかじめ答えを用意しておけばいくらでも
できるものですし、もっと能力としてこんなこともできると
いうものはいつもないのです。

本当に特殊な能力があるのかは実際に解りやすく本人の
説明を聞いてみたいところです。

これは別に脳を切ったり電極を挿して調べなくても最近は
色々な画像診断装置があり、かなり色々な調べ方ができる
ようになっていてもっと科学的に調べた人もいるはずなのに
詳しい話や現実のボケとか脳の障害に福音となるような
研究成果が報告されていません。

実際には、きっと研究が進んでいることと思います。

それは、脳の中の幽霊という本を読めば解ります。

霊視とか宗教的な啓示とか宗教的なイメージはそれをみせる
脳の部分がもうわかっていてそこを刺激すると霊感を得た
とか、霊的なものを見るそうです。

昔から芸術家に癲癇持ちが多かったり、ゲイが多かったり
というのも脳の働きとして説明できるだと思います。

そんなことを考えていたら私も小説のプロットをひとつ
思いつきました。

側頭葉の働きを活発にすることで脳にターボをかけて仕事を
する人が現れるというお話です。
そのうちちゃんと仕上げます。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

火竜の紅玉か?

2009年07月11日 10時58分00秒 | 日々のこと
今飲んでいる珈琲は、♪うちの旦那はグゥアテマラ生まれ~
に刺激され、グゥアテマラなんですが、今までこの地方の
豆はストレートで飲むものでなくて、ブレンド用のどちらか
というと混ぜ物用のイメージでした。

それはそれ、農園名で出ているスペシャリティコーヒーとなれ
ば、まったく違ったものだろうと注文したアンティグアですが、
これは最初飲んだときに失敗したなと思いました。

今日改めてみてみたら、アンティグアは農園名でもないですし、
スペシャリティコーヒーでもありませんでした。

それでも、最初は舌に残るざらっとした味が段々なくなり、
実にマイルドな味に変わりました。

これはなんなんだと悩んでしまうような変わり様です。

私の好みではないのは同じですが、この今の味なら十分
鑑賞に堪えます。

やはり豆ごとに飲み頃は変わるものです。

ただ、こんなに時間が経ってからうまく感じるというのも
変な感じです。

最近では、外で飲む珈琲のほとんどが胸焼けを起こして
しまうので、滅多に珈琲など注文する気にならないので
すが、食後はやはり珈琲にしてしまいます。

天皇陛下も首相も外遊の今、国会も世界経済も静かだと
おもいきや暴動が起きたり、会議は紛糾、北方領土は
進展が期待されたものの、まるで手がかりもなくなり、
基軸通貨への期待も誰もその担い手に対して確たる意見も
示されず、どこかの誰かが韓国、米国のサイバーテロを
繰り返しているという混沌の世の中です。

最近、お昼に外にいることが多く、武甲山の発破の音と
煙を見る機会があります。

その最先端は、結構日々変わっているのも知りました。

これは下からも目視できる変化で、ブリッジ状の岩が
崩されV字の谷が現れたり、発破の煙が一箇所だったり
三箇所だったり、規模もまちまちです。

これはこれで定点観測すると面白い発破の風景です。

最近深夜のテレビドラマばかり見るので、かなり深夜
まで起きています。ただ、別にライブで見る必要はない
のですが、テレビを見る時間は深夜しかなかったりします。

そんなやりくりの中頭を痛めるのが、ゲームの時間と
なかなか出ないアイテムでしょうか。

集会所上位の最後の方に来て、とにかくアカムを倒せば
あとはGだけというところにきて、アカムを倒すのに
ガンチャリという武器を作ることにして、火竜の紅玉と
言うものが中々でなくて苦労しています。

こうなれば、それにこだわらなくてもいいのですが、
色々整備していくとやはり防具にしろ武器にしろ物欲
が出てきて出現率数%のアイテムが必ずふくまれている
のです。

これもほどほどにあれば、ゲームの味付けになるのですが
こうも度々ぶつかるとマゾ的な感じがします。

これも自分が下手なだけかもしれませんが。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

漫画体力

2009年07月10日 09時49分04秒 | 日々のこと
ジョジョの不思議な冒険とかセンイト聖矢とか
連載されている時は、週刊ジャンプを読んでいました。

その時には日経連会長も読んでいると新聞で読んだ
記憶があります。

今では首相が漫画を読んでいると言っています。

私は今では、モーニングとスピリッツを毎週読んで
いますが、以前は漫画喫茶で読むのが習慣化していて
仕事の合間とか食事の時に、読むだけとなっていました。

そんな30分くらいの短い間に、一冊読めてしまうほど
の読書でしたが、最近そんなことが出来なくなっています。

一冊を通しで読み終えることが出来なくなってしまった
のです。

それは読書体力ともいえる脳の体力がなくなったように
思うのです。とはいえ普通の本は一時間くらい普通に読めます。

ただ、漫画本が集中してそんな長い時間読めなくなった
のです。まるで漫画体力がなくなったとでもいうような
最近の状況なのです。

最近読んだ漫画の中で、電車の中で漫画を読む人がいなくなった
という話題がありました。

不景気で車内に新聞とか週刊誌が読み捨てられるという状況が
なくなって久しいのですが、ついに漫画を携帯して読むと
いうこともなくなるほど不況になってしまったということ
なのか、漫画を読む人がいなくなったということなのか
背景まで解りませんが、私にすれば漫画体力がなくなった
人が増えているのではと思ってしまいます。

モーニングにすれば、とにかく連続してながーい連載が
続いていてそれが数ページずつ何本も読まされるので、
段々拒否する感情が強くなってきたのではと感じます。

今一番の好きな連載は、前にも書いたように『ひまわり』
なんですが、そのギャグの世界もどっぷりつかる感覚に
なれず、何でどの漫画もほんの数ページの切れ切れの
延ばし延ばしの気持ち悪いものになってしまったのかと
思ってしまうのです。

その時その時の時代のライブ感も必要ですし、今を生きて
いる感覚も大事なのですが、なんかちらみの連続が続くと
疲れるのです。

忙しい首相が私以上に漫画を読んでいるとはとても信じ
られない今日この頃です。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

久々ナイトラン

2009年07月09日 09時18分25秒 | ジョギング
昨日のランニングは、とっぷりと日の落ちた中
久々のナイトランとなりました。

実は、『1Q84』を読み終わり、よいよ読後の感想
を書いておくことが出来ると思っていたのですが、
ここの所お昼休みに本を持って公園に出かけると
いう行動が定着していたのも、雨とこの本のおかげ
でしたが、その行動が終わり変わるのを惜しんで
少し、読むのを控え、最後の数ページを残していた
のも月曜日には終わりにしました。

しかし、読み終わったら、別に是非言わなければ
ならないことや、世の中が変わって見えることも
ないのです。

読んでいるときの、あの公園で過ごした時間だけが
あの本の世界を共有した1Q84を歩いた生きた時間な
感じで、改めて語りたいとも思わないのでした。

これは『悼む人』を読んでいたときと同じです。

それはそれでまた書きますけど。

もうすでに過去のことです。

総合的に一言だけ書いておくと、米国の映画やドラマ
や世界における自分たちのスタンスというのが、
実にシンプルにして簡単であり、米国から発信される
作品もそれらを反映して、実にシンプルな主題なもの
ばかりであるということです。それに反して、日本の
作品は色々言うことはあるが、いいたいことは結構
深く沈められていてすぐには解らないようになって
います。

誰でも簡単にたどり着けないが、知りたいと思えば
思うほど味が出てくるような構造になっており、昨今の
米TVドラマがこの日本の手法を取り入れてきてヒット
しています。特にLOSTなどではそう感じます。

もともと一回こっきりの話が多かった米ドラマがつづき
物を作るようになったのは、日本の朝の連続テレビドラマ
の手法を学んだのではないかと昔感じました。

うけないとすぐに打ち切り終了になる米ドラマでは、
いくつもの謎を追いかけて続いていくという手法はかなり
冒険だったと思います。

しかし、ER以来小説の世界と映画とテレビの世界が互いに
歩み寄ったような印象を受けます。それに、日本の思考も
かなり研究され、単純なテーマばかりの米国ものというのは
姿を見せなくなったのです。ただ、映画の世界ではそうでも
なく、世界的ヒットを作るような映画も実に簡単なメッセージ
しかありません。

最近のクリントイーストウッド作品だけがいろいろと
考えさせる仕組みをいくらか持っているのが印象的です。

さて、また話が大分それたところで、夜のランニングコース
の様子を書きたいと思いますが、その前にこの夜走る理由と
なったひとつの理由を書いておくと、昨日はあめ薬師と
呼ばれるお寺の縁日で、その縁日にやりたいとずっと思って
いたことを実行したためなのですが、それは幼年期への憧憬
ともいえる郷愁感溢れる物です。

先日私のゆかりの縁日であるある神社のお祭りに出かけた
時には、その規模も内容もずっと様変わりしていて、ちと
悲しい感じになったのですが、今回のあめ薬師はいまだに
変わりなく、そのいわれも形態もそのままでした。

ちょっと変わったなというところは、境内に長い行列が
できていたのですが、どうやら新聞に折り込まれた広告
に名前やメールアドレスなどを書き入れて持っていくと
それだけで福引が引けるらしく、長蛇の列となっていました。

何でお寺も個人情報を集めるのか、ちと不思議な感覚を
持ちましたが、私はもちろんそんな行列に加わることも
なく、数年前からやりたいと思っていたことを実行しました。

それは、あめ薬師のあめを買うことと、金魚すくいの金魚
をゲットすることです。

飴は、大きな飴を露天商が目の前で鉈でぶっかいて袋
詰めしている様が豪快で、このお祭りの名物にもなって
います。今更飴がなめたいわけでもないですが、この
飴を昔は必ず買っていて、お祭りにはその他露天商から
粉飴の吸えるパイプとかほうずきの笛とか金魚すくいとか
風船ヨーヨーとか必ず買った露天が郷愁を誘います。

今までは何かと見てみたいと思いつつもそのままになって
いたのですが、今回は色々時間をやりくりしてでもでかけて
やってみることになりました。

久しぶりのあめ薬師は、相変わらずにぎやかでなんだか
安心しました。

飴を売る露天はひとつだけでしたが、それも健在でした。

小さい袋が300円でした。

しかし、これを食べ終わるのにどのくらいかかるでしょうか。
味見でもらった飴はお祭り見物の最中ずっと口にありました。
昔と同じ味かは定かではありません。
こんな味だったんだろうか。

前回は、昔の思い出が大事なものならば、それはそれで
とっておくという教訓がありながら、今回もまたそれを
壊すかもしれない行動をとってしまいました。今回は
壊れるまでいきませんでしたが。

郷愁は郷愁、思い出は思い出の中でとっておくべきです。

それで夜中に走り出したわけですが、ひとつ感じたことは
夜はいろいろなものが匂い立つということです。

まず一番最初にかいだのは、おしろいばなの強い香り
です。

そして、くちなし、夜の匂いと様々なものが匂い立ちます。
心なしか、いつもより速く走れるような気がします。
これは夜の特典です。
驚いたのは、このコースで私以外に走る人は今までは
ほとんど皆無でしたが、昨日は三人も走っていました。
歩いている人は相変わらずいますが、あんまり効果ないと
思いますよそんな運動では。ま、余計か。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

今週のモンハン

2009年07月08日 09時37分14秒 | 日々のこと
色々なニュースから、追い立てられるような
雰囲気とまたひとつ時代が変わったという
喫緊の場面チェンジを垣間見るような日々です。

そんな中昨日の深夜、恒例の深夜テレビ生鑑賞を
迎えました。

『ドクターハウス』と『LOST3』が同時間帯に
やるためどちらかは生で見ることになります。

しかし、先週はLOSTはなぜかなかったのです。

また間違ったのかとネットでも時間を調べましたが、
やはりやっていませんでした。

人気シリーズものは、始まりからかなり時がたって
いますので、ERのように続きでありながら、あまり
この先どうなるのだろうという期待も謎もないもの
ならいいですが、物語の謎が主題になっているもの
だとどんな話だったっけとなってきます。

LOSTもなんかそんな感じになってきました。

昨日なんか、そうそうハッチが爆発してどうだった
か、これはかなり急展開があるのではと思ったら
再開早々、捕虜になったソーヤとジャックたちの
ぐだぐだした話ばかりだったので、どういう話
だったけとなっていたところ、昨日の久々のロック
登場とデブの億万長者といつものメンバーがでてきて
そうだったよなあとなりました。

なんか、そんな物語の途中の話ばかりが増えてしまって
気になりますね。

テレビの始まりを待つ間、モンハンをやっていました。

結局、リオレイア、リオレウスを蒼、桜、銀、金と
狩りまくり、ついにアカムまで来ました。
久々に見るムービーでのオープンニング。
新敵は、こういう紹介ビデオで始まるのですが、なんか
全体像がよく解らない大きさでフィールドに収まっているのか
というよく解らない動きとガンナーで行ったためとにかく
攻撃の時間が取れません。

うわさでは、閃光玉と音爆弾だけが効くとなっていて
閃光玉を投げ武器を出しますが、他のモンスターでは
17秒くらい打ち放題となるその時間がなんと5秒ほど
しかありません。

ガンナーでは、よける余地も少なく、次は大剣でやろうと
思いましたが、どうも勝てる気がしません。

そんなわけで、レウス戦で消費した素材を集めようと
素材集めクエストや採集クエストに出かけます。
すると懐かしいイャンクックなど出てきて、最初は
倒す予定もなかったのですが、何のアイテムも使う
ことなく倒してしまいました。

こんな遠回りみたいなことばかりやっているので
いつまでもGに行けないのです。

村のナルガクルガもそこで止まっていますし、下位は
最後の招待状がそのままです。

避けていましたが、この三つは逃げられないところまで
きたようです。

今週からは、この三つを片付けることになると思います。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

なくはない

2009年07月07日 23時15分43秒 | 日々のこと
暑くて走りにも行きたくないそんな日でした。

しかし、昨日も雨が降り走るのをあきらめたし
日曜日は川越へ出かけていたしで二日続けて
走っていませんから走らないわけには行きません。

とはいえかなり暑い中で走ることになりました。

走り終わって冷たいものを飲みますが、ペット
ボトルのスポーツ飲料などすぐに飲み干して
しまい、すぐに汗と化してしまいます。

今日も晴れているようでいて、いつ降るのかと
言ういかにも梅雨の合間の晴れ模様です。
こんな天気の時に、すでに夏の予定をみんな
立てていて、曇り空のした汗だくになって
今を過ごしても、からっと晴れた夏の日には
高原やら海やらに行ってしまいます。

そうもう7月ですから、しっかりと準備しないと
避暑とかバケーションとか乗り遅れてしまい
そんな焦りを感じつつ汗だくで夏のすごし方を
考えるのでした。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

即興曲の連続と何でエリーゼのために

2009年07月06日 01時04分38秒 | ライブ・コンサート・展覧会
昔の作曲家というのは超天才といわれ、現役において
すでにスーパースターという人も最後はボロボロで
落ちぶれたしまったり、身体的にどこか病んでしまったり
と幸せな人生の人や世に最後まで愛された人というのは
まれです。

しかし、そんなクラッシックという分野がなぜ今も
繰り返し演奏され何度もあの曲はああだこうだといわれ
続けるのでしょうか。

最近では、流行の音楽でも個人の携帯プレーヤーでの
できごとで、世にいつも流れていて国民全てに愛される
などというものはなくなりました。

しかし、国民誰もが知っている世界中の人が知っている
メロディは今でもあるのです。

今日は、いつも聞きにいく地元のピアノ演奏家が川越
でコンサートをやるというので、川越の散策とピアノの
コンサートを楽しむ休日を堪能しました。

幸いなことに、天候もくもりと梅雨の降ってばかりの天候も
この日は少しお休みしてくれました。

往きは、いつもお出かけのときに定番のレッドアローで
いつもの時間に起きていつもの時間の電車に乗り、所沢
で乗り換えてそこからまたレッドに乗り継いで本川越に
着きました。

川越は今、テレビのドラマの舞台になっているとかでなぜか
人がたくさん散策していました。

今の時期なら、箱根や鎌倉が旬なんじゃねえのかといぶかしみ
ましたが、そのドラマの影響で中高年の団体がやたらいました。
話し声などから判断すると結構遠くの方からやってきて地元の
人が案内しているパターンが多いようでした。

私は、興味があったのは建物と自家焙煎の珈琲屋さんだけ。

みやげ物のいものなんたらなんて全然興味なしです。さらに
駄菓子の店も今となってはあえて足を向けたいとも思いません。
ただ、商店街や蔵の街並みは立派な観光資源だと思います。

古い店や商店が並ぶさまは秩父を思わせます。しかし、商店街や
機織工場が残る街並みは今はなく、空き地ばかりが目立つ山間の
町になってしまいました。

そんな昔の商店街の雰囲気がまだ少し残る大正ロマンあふれる
建物や、戦国時代から武士ゆかりのちでもあり、いざ
鎌倉への交通の要衝で、古くから栄えたのでこれだけ蔵の残る
おもしろいところになったのでしょう。

でも、埼玉県の都市の特長として、ちゃんとした整備計画が
整うまでに開発が進んでしまい、無秩序な発展と開発により
駅周辺の煩雑な町とそれに続く住宅街の連絡の悪さと閉店した
商店街など行政の無力さを示すものです。

それと、埼玉県に限ったことではありませんが、首都圏に
向かう交通ばかりが発展して、東西の交通網の不整備で
何事も中央頼みのお任せ行政も浮かび上がります。

よく美濃部都政と畑県政で道路行政や整備は大きなマイナスに
なったといわれます。

確かに効率の良い近代化がなされて、内需主導型の強い経済も
リゾート法などというばかげた法律など作って浮かれなければ
案外県北の工業化と東西交通網環首都圏交通の発展とともに
都内だけに集中しない産業分散も成功したかもしれません。

しかし、これが民主主義の残したものであることは間違い
なく、無駄の多い行政ばかりがはびこるこの国の問題点
でもあります。

大分話がそれてしまいましたが、蔵の街を楽しんだ後、
昼は割烹の店で天丼を食べ、これが実においしく、よく
観光地で食べるエビばかりの天丼と違い野菜と魚の配分が
よく、色々な味のてんぷらのうまさを堪能しました。

そして、よいよもうひとつの楽しみの珈琲屋ですが、
これが地元でよく行く店と良く似た店でびっくりして
しまいました。

ブレンドがNO1から5あるのも同じだし、お変わりすると
次から半額になるシステムも自家焙煎なのも同じです。
ですが、この店は自家焙煎を特別宣伝することもなく、
スペシャリティ珈琲の店とその特別入手の豆を強調して
いるところが入店のきっかけになりました。

飲んだのは、本日の旬というケニアの農園の豆でした。

ここの店も金属フィルターで淹れていてなんだかうちの
珈琲と同じ感じでした。

段々もうこれ以上の珈琲はないというところまできて
いるような感じを受けてしまいます。

よいよ御三家といわれる珈琲にご対面する時が来たと
感じますが、結果もおなじになるような気がします。

それと同じに、今回のコンサートも同じような感想を
持ったのです。

珈琲の豆がよければある程度の抽出技術で味が極端に
変わることはなく、焙煎の時期や仕方さえ間違えなければ
そうたいした差はないということです。

同様に、ある程度のピアノの技術者であれば、そうできに
差があるものではなく、超一流と一流の差はあるものの、
聞く側の欲求により、受け取り方は差がありますが、出来は
そうプレーヤーにより差が出ないというものです。

そして、この地元のプレーヤーは曲演奏に関しては、実に
実直であり、律儀という印象を持ちました。

今回は、手元がよく見える位置で見たのでその技術の高さは
申し分なく捉えられましたし、後は表現者としてどれだけ
のものを伝えようとするかという点では、ランランのような顔芸
でもなければ、早弾きという点では十分なものがあり、その正確
さも十分な表現があり、ただ、表現者としての情熱がどれだけ
聞くものに伝わるかだと思います。

それが実直さがあるだけに、パフォーマンス能力が今後どのように
変化するか興味があるところです。

音楽家は、時に病気やハンデや性格破綻などを持ちますが、それを
芸術家の魂として持ち合わせるから人々をより感動させより引き寄せ
たりするのでしょう。その時に不利な物がない十分に普通の人が
実直さだけで勝負したらどうなるのか、世の評価は今後どうなるのか
まあおもしろいではないですか。

ピアノ弾きは、これからまた人生を重ねてその解釈や実直さも変化
するでしょうし、精神に変化も受けるでしょうから、それを見、
世の中の評価も知ることとなるとすればそれはそれで楽しみだといえます。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする