昨日、「ミーとミキのためにピアノ発表会の衣装代を出す!」と宣言した爺さん(私の父)であったが、そう唱えた瞬間に私と妹とミーちゃんの頭は、同時にある不安を思い描いていた。
(そうは言っても、明日になれば自分の言ったことをすっかり忘れてしまっているのではないだろうか・・・。)
そのくらい、最近の父はボケていたのだった。
父がボケ始めた理由は、大きく二つ予想された。
一つは二年前の母の死であり、もう一つは糖尿で視力がかなり衰えたことであった。(本や新聞を読むのが億劫になってしまったのだ)
確か母の死は2年前のはずなのだが、私と妹は既に母の死後5~6年は経ったような感覚でいる。そのくらい、父のボケは母の死後、急速に加速していた。
母が亡くなって間もない頃は、父は意外と元気だったのだ。友達や兄弟を誘って旅行に行ったり、食事をしに行ったりしていた。「他に気晴らしもできて良かったな」と思っていた。
でも、そんな単純なものではなかった。
気を持ち直せば、孫にも囲まれ年金で充分に、のんびりこれから暮らせるはずだった。視力が回復しないことで父はすっかりやる気をなくした。
「だったら、眼科に通うなり、酒を止めて糖尿を良くするようにすればいいのに」
私らの発想だと、こうなる。
しかし、父にはそれができなかった。周りが言っても淋しそうにその場だけ返事をするだけだった。もう生きる気力自体が無くなってしまっているように思えた。何故だろう。年齢のせいなのか。母が亡くなってしまったせいなのか。
母が亡くなる前は大変だった。その後すぐにネコのperuはあちこちに小便を垂らすようになった。妹が困り果てていた。あまりに困り果てて病院に連れて行ったら、もう寿命で排泄物がコントロールできなくなっていたとの話だった。
母の死後、3ヶ月でperuは亡くなった。
人はあの世に旅立つ前に、ほんの少し、残された家族のお荷物になるのかもしれない。残された家族が苦しまずに済むように。残された家族がそのまま暮らせるように。
必要とされているうちにズバッと切る別れ方は、本来のあり方ではないのだ。
今は足腰は元気な父だけど、10年はたぶんこのまま居られないかもしれない。5年も解らないかもしれない。
父を見ていると、そんな気になる。
どうにかずっと元気でいてほしいと願うけれど、もうそれはいつか避けることができないのだ。いつかは訪れる天命を知るというものなのだろうか。
父は少しづつ、私達に教えてくれているのだろう。
この残された時間の中から。
(そうは言っても、明日になれば自分の言ったことをすっかり忘れてしまっているのではないだろうか・・・。)
そのくらい、最近の父はボケていたのだった。
父がボケ始めた理由は、大きく二つ予想された。
一つは二年前の母の死であり、もう一つは糖尿で視力がかなり衰えたことであった。(本や新聞を読むのが億劫になってしまったのだ)
確か母の死は2年前のはずなのだが、私と妹は既に母の死後5~6年は経ったような感覚でいる。そのくらい、父のボケは母の死後、急速に加速していた。
母が亡くなって間もない頃は、父は意外と元気だったのだ。友達や兄弟を誘って旅行に行ったり、食事をしに行ったりしていた。「他に気晴らしもできて良かったな」と思っていた。
でも、そんな単純なものではなかった。
気を持ち直せば、孫にも囲まれ年金で充分に、のんびりこれから暮らせるはずだった。視力が回復しないことで父はすっかりやる気をなくした。
「だったら、眼科に通うなり、酒を止めて糖尿を良くするようにすればいいのに」
私らの発想だと、こうなる。
しかし、父にはそれができなかった。周りが言っても淋しそうにその場だけ返事をするだけだった。もう生きる気力自体が無くなってしまっているように思えた。何故だろう。年齢のせいなのか。母が亡くなってしまったせいなのか。
母が亡くなる前は大変だった。その後すぐにネコのperuはあちこちに小便を垂らすようになった。妹が困り果てていた。あまりに困り果てて病院に連れて行ったら、もう寿命で排泄物がコントロールできなくなっていたとの話だった。
母の死後、3ヶ月でperuは亡くなった。
人はあの世に旅立つ前に、ほんの少し、残された家族のお荷物になるのかもしれない。残された家族が苦しまずに済むように。残された家族がそのまま暮らせるように。
必要とされているうちにズバッと切る別れ方は、本来のあり方ではないのだ。
今は足腰は元気な父だけど、10年はたぶんこのまま居られないかもしれない。5年も解らないかもしれない。
父を見ていると、そんな気になる。
どうにかずっと元気でいてほしいと願うけれど、もうそれはいつか避けることができないのだ。いつかは訪れる天命を知るというものなのだろうか。
父は少しづつ、私達に教えてくれているのだろう。
この残された時間の中から。