真源院(光尚)時代承応年間の侍帳とされ、天草島原の乱後のもので、これらの褒賞により高禄取りの家士の数が急激に増加している。158人
一方三齋の側近であった10,000石の長岡(村上)河内その他の人の離国などのより、非常に出入りが激しいことが判る。
同じく光尚代の侍帳に「真源院様御代御侍免撫帳」があるが、これは高禄の方から順次並べられているが、この時期の500石以上の家士が177人は尤も多く、以降数は減っていくことになる。
又「慶安三年以来段々御暇被遣候面々」や。「御国追放被仰付候面々」「御知行被召上御扶持方被為拝領、或御被遣其以後勘気被成後赦免御扶持方被下、又ハ世倅被召出候面々」その他の資料によると多くの高禄の家士が、禄を召し上げられたり、其の為に離国したり、落席したり大変大きな動きが認められる。綱利代の陽明学徒の追放などもその因の一つである。
人持衆併組迯衆
30,000石 細川帯刀
25,000石 細川刑部少輔
30,000石 長岡(松井)佐渡守(興長)
28,500石 有吉頼母佐
10,000石
少輔(行はずれ、まま)
5,000石 (氏名なし)
6,000石 小笠原備前
6,000石 志水伯耆
5,000石 平野弥次右衛門
3,000石 南条大善正
3,000石 佐久間半丞
3,000石 上月長(文)右衛門
3,435石余 大木与平巳
2,000石 早川弥五左衛門 承応弐年十月・御暇
1,500石 長岡(三渕)道伯
1,500石 松野右京
1,000石 長岡与八郎(忠恒・・内膳家)
1,000石 長岡半左衛門(忠春・・内膳家)
2,000石 藪 市正
1,000石 平野九郎右衛門
3,000石 長岡(沼田)右馬助
1,000石 丹羽亀丞 延宝六年九月・御知行召上、元禄三年御勘気被成御赦免
1,500石 有吉内膳正
2,000石 西郡要人佐
1,000石 槇嶋半丞
700石 筑紫左近
3,000石 尾藤金左衛門
800石 小笠原民部少
2,000石 平山三郎左衛門 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
1,000石 牧 平左衛門
1,000石 下津清吉
5,600石余 平野茂左衛門
1,000石 沢村八良左衛門
1,000石 尾池傳右衛門
1,000石 尾池藤左衛門
550石 津川次郎左衛門
1,000石 松野采女
1,000石 楯岡孫市郎
500石 後藤与兵衛
650石 竹内七郎右衛門
1,500石 三宅藤右衛門
500石 上田新兵衛
500石 河方安右衛門
800石 上月源介
500石 沼田半之助
506石余 平野三郎兵衛
500石 沼田小兵衛
1,000石 平野源太左衛門
1,000石 長谷川仁左衛門
御鉄炮頭衆
3,008石 奥田権左衛門
1,050石 寺尾九郎左衛門
2,500石 伊丹半弥
1,000石 芦村十郎左衛門
2,000石 浅山修理亮
500石 西川与助
1,500石 長尾伊織
1,000石 住江甚兵衛
800石 佐分利加左衛門
900石 山田新九郎
600石 田中又助
700石 木戸与五右衛門
700石 野田安兵衛
1,000石 中根平兵衛
650石 河喜多九太夫
500石 平野治部左衛門
1,000石 谷 忠兵衛
500石 奥田藤左衛門
600石 早水助兵衛
1,000石 小崎五郎左衛門
1,200石 斉藤又太夫
700石 横井牛右衛門
1,300石 松野亀右衛門
1,500石 出田作左衛門
御弓頭衆
1,000石 中路内蔵介
500石 黒部孫丞
御買物奉行衆
600石 小笠原宮内少
500石 藤懸蔵人
500石 金守外記
500石 吉弘嘉兵衛
500石 山尾又作
500石 貴田角右衛門
1,000石 坂崎金右衛門
一番長岡右馬助組
700石 佐藤安太夫
500石 松崎伝介
二番谷内蔵允組
なし
三番丹羽亀丞組
1,000石 国友半右衛門
四番有吉内膳正組
1,000石 春木主税
500石 山川平兵衛
1,500石 奥田源左衛門
500石 中村市郎右衛門
500石 水野善左衛門
五番西郡要人佐組
800石 林才兵衛
500石 赤埴八良左衛門
500石 小笠原勘介
六番槇嶋半丞組
1,000石 嶋又左衛門
500石 佐分利兵大夫
七番筑紫左近組
1,000石 小坂新八
500石 濱田新蔵
500石 井上勘左衛門
八番藪図書組
500石 大塚喜兵衛
2,000石 藪 図書
九番小笠原民部少輔組
500石 松野善右衛門
600石 長尾清右衛門
500石 冨田藤松
十番平山三郎左衛門組
2,000石 藪 市正
500石 湯浅三大夫
1,000石 陳 吉大夫
十一番氏家志摩守組
600石 吉見内蔵助
1,000石 志方半右衛門
600石 吉住伝右衛門
500石 上月十郎
十二番牧平左衛門組
なし
御詰衆
3,066石余 坂崎兵庫
500石 山田三郎右衛門
1,356石余 横山五郎大夫
700石 堀 太兵衛
600石 小笠原隼人正
2,822石余 朝山斉助
500石 金子十郎兵衛
500石 仲光半助
500石 山路新太郎
800石 住江求馬助
500石 佐藤八郎右衛門
800石 藤崎作右衛門
500石 遠坂関内
御小児性衆
1,000石 有吉市郎兵衛
500石 高木吉右衛門
御側物頭衆
1,000石 柏原新右衛門
1,000石 寺本久太郎
1,000石 奥村安大夫
1,000石 田辺平助
500石 芦田与右衛門
御使番衆
1,000石 津田三十郎
821石余 高見権右衛門
500石 続 次大夫
568石余 生田又介
1,000石 乃美市郎兵衛
800石 林 孫介
600石 落合勘兵衛
500石 服部武右衛門
700石 上月八右衛門
500石 丹羽源兵衛
500石 山内八大夫
500石 佐藤小右衛門
800石 芳賀助右衛門
500石 加来佐左衛門
700石 三宅藤兵衛
500石 兼坂藤右衛門
500石 戸川貞右衛門
500石 上条又十郎
御医師衆御伽衆御茶道衆
600石 片山自庵
600石 明石玄碩
御側組外衆
500石 志水久馬
1,000石 須佐美権之丞
650石 永良長兵衛
1,000石 大河原仁右衛門
500石 阿部主殿助
組外衆
1,000石 松下市進
800石 河喜多五郎左衛門
八代与力衆
1,500石 立石市兵衛
1,500石 岩越惣右衛門
計158人