細川侯の御殿に、有名な雪村の達磨の絵が秘蔵されていた、ところがその
御殿が警護の武士の怠慢の為に、にわかに火を発した。其の武士は、万難を
拝してもその貴重な絵を救い出さねばならぬと固く心を決して、燃えさかる
建物のなかへ飛び込んでその掛け物をつかんだ。だがその時には、火焔に包
まれて、脱出すべき道は失われていた。ただその絵のことしか心になかった
その武士は、刀をもってわれとわが肉を切り開き、引きちぎった袖でその雪
村を包んだのを、大きく開いた傷口に押し込んだ。ついに火事は鎮まった。
くすぶった余燼の間から半ば焼け崩れた死体が見出された。そのなかに、か
の重宝は、火にそこなわれずにそっくりそのまま納められていた・・・云々 岡倉天心著「茶の本」浅野晃訳
御殿が警護の武士の怠慢の為に、にわかに火を発した。其の武士は、万難を
拝してもその貴重な絵を救い出さねばならぬと固く心を決して、燃えさかる
建物のなかへ飛び込んでその掛け物をつかんだ。だがその時には、火焔に包
まれて、脱出すべき道は失われていた。ただその絵のことしか心になかった
その武士は、刀をもってわれとわが肉を切り開き、引きちぎった袖でその雪
村を包んだのを、大きく開いた傷口に押し込んだ。ついに火事は鎮まった。
くすぶった余燼の間から半ば焼け崩れた死体が見出された。そのなかに、か
の重宝は、火にそこなわれずにそっくりそのまま納められていた・・・云々 岡倉天心著「茶の本」浅野晃訳