Sightsong

自縄自縛日記

ムハール・リチャード・エイブラムスの最近の作品

2007-11-22 23:58:56 | アヴァンギャルド・ジャズ
ムハール・リチャード・エイブラムスはシカゴの重鎮ピアニストだ。マラカイ・フェイヴァースとのデュオ『Sightsong』(BlackSaint)や、アンソニー・ブラクストンらとの『Creative Construction Company (CCC)』(Muse)、若いチコ・フリーマンをサポートした『Morning Prayer』(WhyNot)、『Beyond the Rain』(Contemporary)など、私には魅力的な作品が多い。実はブログのタイトルも拝借した。

その『Sightsong』やチコの『Beyond the Rain』で演奏しているエイブラムスの曲「Two Over One」はメロディアスでありながら構成主義的、演奏家を試しているようでとても面白い。グレッグ・オズビーも『Zero』(Blue Note)においてアルトサックスで挑んでいるが、ギターによるサポートが曲の硬質なイメージを損ねているように感じた。

エイブラムスの最近の作品、『Streaming』(PI Recordings、2005年)や、『Vision Towards Essence』(PI Recordings、1998年)を聴いた。

『Streaming』は、トロンボーンのジョージ・ルイス、サックスのロスコー・ミッチェルと組んだトリオ作である。2人とも巨匠の域に入った素晴らしい音楽家だと言ってよいのだろう。ロスコーの抽象的だったり叙情的だったりするサックスが見事なのは従来通りだが、ジョージ・ルイスはトロンボーンのほかにアップルのラップトップを使っている。電子音、抽象的な生音、硬質なピアノ、それらがやはり構成され、繰り返され、発展していく様は凄い。テクノ的な要素もあるのだろうか―――このあたりは全く知識がないが、テクノもシカゴと関係深かったはずだ。作曲家本人の口から「ミニマル・テクノ」だと聴いた、平石博一『プリズマティック・アイ』(fontec)を少し思い出した。ただ、エイブラムスの音楽は構成主義的でありながら生々しく、敢えて破綻も見せており、「生肉のテクノ」か。(テクノと言っているだけで、私はその世界を全く知らない。いい加減な比喩である。)

『Vision Towards Essence』は、カナダのゲルフ・ジャズ・フェスティヴァルで行われたピアノソロの記録である。決してビートではない、低音による「うねり」に絡み、「Vision」や「Essence」が、そしてエモーションが構築され、解体されていく。これを聴いた後で反芻することは不可能であり、「何か素晴らしいことがあった」記憶が残る。

エイブラムスはその存在感と比して、決して日本できっちりと評価されているわけではない。言い方は悪いが凡百のジャズ評論、「哀愁のメロディがどうじら」「白人的なヴォーカルがどうじら」「これはギョーザの味でどうじら」という水準の「彼ら」が扱う音楽家ではないのだろうなと強く思う。

先ごろ亡くなった清水俊彦氏の『ジャズ・アヴァンギャルド』(青土社、1997年)をひもといてみると、エイブラムスの音楽について、「宇宙的」「精神拡大」といったキーワードを用いつつ、彼の音楽に迫ろうとしている。詩人だったということもあるのかもしれないが、言葉を探しつつテキストを構築していくスリリングな過程が見えるようだ。あらためて、ジャズ評論家としても比類のない存在であったのだと感じる。

「・・・エイブラムスも、基本的に神秘主義や詩的宇宙論の立場に立っている。彼によれば、人生は《具体的》な局面と《抽象的》な局面から成り立っている。前者は、人間が物質的な環境で生きていく上でなくてはならない要素であり、後者は、機械論的なものと正反対の要素である。古来、音楽は最も抽象的な芸術といわれてきたが、エイブラムスはさらにこうつけ加えている。「ミュージシャンはこの抽象的な特質をずっと遠くまで連れ出すことができるが、その時、メロディックなものはどんどん大きくなって宇宙にまで広がるだろう。具体的なものはプログレッシヴな人間を支えることはできない」と。」
清水俊彦『ジャズ・アヴァンギャルド』(青土社、1997年)より

ジャズ評論家の横井一江さんのブログ『音楽のながいしっぽ』で、ジョージ・ルイスがシカゴAACM(the Association for the Advancement of Creative Musicians)の歴史について大著『A Power Stronger Than Itself: The AACM and American Experimental Music』を書いているということを知った。エイブラムスのことも、もちろんヘンリー・スレッギルやアンソニー・ブラクストン、フリーマン親子たちのことも書いてあるだろう。amazon.comでは発売日がどんどん遅くなっている(→リンク)。早く読みたい。