山本周五郎の『青べか物語』、浦安・行徳近辺に住んでみて読むと、本当に面白い。
実際の地名をわざと判るように変えているのも楽しい。
浦安 → 浦粕
行徳 → 徳行
当代島 → 十台島
高梨家 → 高品家
江戸川 → 根戸川
今井橋 → 井前橋
といった具合だ。
主人公が住んでいるのは「蒸気河岸から百メートル北にある一軒家で、東は広い田圃、左右は草のまばらに生えた空地、西が根戸川の土手」だそうで、これは山本周五郎が浦安で五番目に住んだ、浦安橋のたもとあたりだろうか。木村久邇典『山本周五郎の浦安』(学芸書林、1973年)によると、「東京から行くと、浦安橋を渡りきってすぐ左側にある二階家で、浦安町では「近七さんの家」と呼ばれている」そうで、現在それらしい名残はあるものの他人の家なので確認できないでいる。何せ昭和初期のことだから、どうなっていても不思議はない。
オムニバス方式で、いろいろな挿話が、ゆったりとではありつつも、極めて切り詰めた文体で語られている。例えば、漁師たちの馬鹿騒ぎを感情移入して描いていたかと思うと、突然書き手は天に再浮上し、距離を置いて眺めるという感覚である。
所詮他人であったことを、山本周五郎は30年後の浦安再訪において誰にも覚えられていなかったことで再確認するのだが、連載当時からその萌芽はあったのだろうか。
川島雄三による映画『青べか物語』でも、そのようなよそ者の疎外感が描かれている。エンディング場面では、浦安住民が「何で先生は東京に逃げ出したか知ってるか?のぼりがおっ立たなかったのよ」と、浦安の女に迫られて逃げ続けたことをネタに嘲笑されている。原作の、「誰も覚えていない」という残酷な描写ほどではないが、これは主役がカッコつけた森繁久弥であったから仕方がないかもしれない。
主人公は「青べか」に乗って、「沖の百万坪」で釣りなどをして毎日を過ごす。この一部が旧江戸川の典型的なデルタである「大三角」(おおさんかく)であり、いまは「大三角線」という道路の名前になって残っている。大三角を埋め立てて作られたのが現在の東京ディズニーランドである。映画にはそのあたりの光景も出てくるが、どこでロケをしたのだろう。
その周り、現在は三番瀬として一部が残されるのみの干潟では、信じがたい漁があったとの記述がある。爪先立ちになってしばらく経つと、踵の下の影に魚が入ってくるので、それを踏みつけるのだ。獲れるのは鰈やあいなめ、わたり蟹などだそうだ。こればかりは信じられない。
登場人物には、「助なあこ」「倉なあこ」など、若い衆を意味するのに「なあこ」という呼び名を使っている。実際には、浦安西側の堀江や猫実では「なあこ」だったが、隣の当代島(ここでは十台島)では「あにい」と呼んでいたとのこと(三谷紀美『浦安・海に抱かれた町』筑摩書房、1995年)であり、近場でもずいぶんと異なるものだ。
ジモティーの気分(私も所詮よそ者なので)で、何度も読みたくなる本である。
「吉野屋」(原作では「千本」)の前の土手 木村久邇典『山本周五郎の浦安』(学芸書林、1973年)所収
明治41年(1908年)の地図 浦安市郷土博物館『常設展示解説書』所収
主人公は「沖の百万坪」で声をかけられる 川島雄三『青べか物語』
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浦安元町を歩いてみると、「山本周五郎縁の・・」といった文句が書かれた看板を目にすることがありますね。「青べか物語」に登場する(らしい)蕎麦屋のモデルになったお店がフラワー通にあり、暇な週末には天ざるを目的にフラワー通に散歩に出かけます。お店の名は「天哲」。天哲のすぐ近くには、これまたよく食べに行く天麩羅屋の「九重」があります。どちらも美味しいですよ^^
「天哲」、いつか行こうと思っています。天ざるとはいいですねえ。『青べか物語』の「天鉄」かな?
フラワー通りは好きなんですが、駅の逆側なので夜は足を運ぶのがどうも面倒で・・・といっている間に、「美佐古鮨」が店をたたんでしまいましたね。
「九重」、いま調べてみたら「テレビチャンピオン第1回天ぷら職人」で優勝しているのか・・・これも頑張って行ってみたいものです。
どうも浦安駅の北、東には食事できる店が少なくて。
『青べか物語』の末尾の「三十年後」でも
周五郎先生は変わりゆく浦安を嘆いているようですが。
別にディズニーが嫌いな訳ではないけど
変わってしまった浦安は今訪れてどんな風でしょうね?
恥ずかしながら、山本周五郎の作品を読んだのは本作だけなのですが、いや面白かったですね。久しぶりに再読してみようかという気になります。
わたしはディズニーランド嫌いですが、いまの浦安も風情があっていいですよ。