岩波書店編『記録・沖縄「集団自決」裁判』(岩波書店、2012年)を読む。2005年8月の提訴から2011年4月の最高裁判決まで続いた一連の裁判について、その記録と論考をまとめたものである。
いまさら言うまでもないことだが、カッコ付きの「集団自決」、口頭では「いわゆる集団自決」とするのには理由がある。一般的に定着した用語であるから、共通認識と連続性のために「集団自決」という言葉を使ってはいるものの、それ自体が、集団が自らの自由意思で自決したものと捉えられるおそれがある。実態には、権力構造と皇民化教育のなかで強制的に、あるいはマインドコントロールによって、(子どもを含む)人々が実質的に殺された一連の現象を指す。従って、「強制集団死」などの言葉によって表現する場合もある。
言葉の意味が誤解されてしまうだけではない。まさにこの裁判自体が、多くの死は「国のために命を捧げた美しい殉国死」であるとの読み替え(すなわち、歴史の捏造)をねらって起こされたものであった。
改めて、読みながらの発見、想ったことがあった。
○大江健三郎は『沖縄ノート』において、渡嘉敷島の守備隊長がナチスのアドルフ・アイヒマンのように絞首刑にされるべきだと主張したのではなかった。アイヒマンは、戦後逮捕されそうになったとき、もはや逃げようとしなかった。その理由は、戦後ドイツの若者たちを、ユダヤ人虐殺についての「或る罪悪感」が捉えており、その罪責の重荷を取除くことにあった。大江は、罪責があるはずの守備隊長たちが、その罪責を他のものに恣意的に置き換える欺瞞、さらにそのことを他者の意識にも及ぼそうとする瞞着と、アイヒマンとの対照的な姿から想像し、『沖縄ノート』を書いたのだった。この考えは、戦争責任、侵略責任、加害責任などにおいていまだ広く巣食っている病理をみるとき、とても示唆的ではないか。
○裁判の策動は、「戦争ができる国」への道を拓くためだと指摘される。これに抗するだけでなく、大江健三郎は、さらに、「個人が受忍しない」という決意をあきらかなものとして主張しうるとしている。驚くべきことに、厚生省(当時)は、1985年の「原爆被害者調査」にあたって、「・・・戦争により何らかの犠牲を余儀なくされたとしても、それは、国をあげての戦争による「一般犠牲」として受忍しなければならない・・・」と書いているのである。それから20年以上、東日本大震災のあと、国の方針は本質的に何も変わっていないのではないか。
○大江健三郎は、守備隊長にとっての「集団自決」犠牲者を「者」と表現した。これは日本語の感覚とズレていることを確認のうえ敢えて使った言葉であったといい、しかし、もし差別的と受け取る読み手がいるのであれば書きかえるつもりだとしている。ところで、中国では南京大虐殺のことを「南京大」と称する。もちろん日本語ではない、しかし、同じ時代に同根から生じた事件をつなぐ言葉として、捉えてもいいのではないか。
○この裁判において、名誉棄損などは手段でしかなく、実際のところそれを借りものにして歴史の捏造を図ろうとする歴史修正主義者たちの願望そのものであった。その暴論は裁判により退けられたが、また似たような手段をもって、司法を手段とする策動が出てこないとも限らない(高裁判決は、歴史認識の判断を司法に求めるのは「場違い」であるとした)。その危うさが、各氏の論考からよくわかる。
○裁判だけではなく、1972年の沖縄施政権返還以前から、沖縄は靖国神社とかかわらされ続けていた。それを理解しないと、裁判の歴史的な意味の理解が表層的なものにとどまる(石原昌家)。
●参照
○沖縄「集団自決」問題(1) ビデオ証言で学ぶ沖縄「集団自決」と教科書記述削除問題
○沖縄「集団自決」問題(2) 週刊金曜日、国会、『日本誕生』
○沖縄「集団自決」問題(3) 沖縄戦首都圏の会 結成総会(石原昌家)
○沖縄「集団自決」問題(4) 沖縄戦首都圏の会 連続講座第1回「教科書検定─沖縄からの異議申し立て」(高嶋伸欣)
○沖縄「集団自決」問題(5) 沖縄戦首都圏の会 連続講座第2回「米軍再編・教科書検定・自衛隊出動―沖縄のいま」(村上有慶)
○沖縄「集団自決」問題(6) 軍命を認めたが認めないという実にヘンな話(安部晋三答弁)
○沖縄「集団自決」問題(7) 今、なぜ沖縄戦の事実を歪曲するのか(山口剛史)
○沖縄「集団自決」問題(8) 鎌田慧のレポート、『世界』、東京での大会
○沖縄「集団自決」問題(9) 教科書検定意見撤回を求める総決起集会
○沖縄「集団自決」問題(10) 沖縄戦首都圏の会 連続講座第3回「沖縄戦の真実と歪曲」(大城将保)
○沖縄「集団自決」問題(11) 『沖縄戦と「集団自決」』
○沖縄「集団自決」問題(12) 謝花直美『証言 沖縄「集団自決」』
○沖縄「集団自決」問題(13) 大江・岩波沖縄戦裁判 地裁判決
○沖縄「集団自決」問題(14) 大江・岩波沖縄戦裁判 勝訴!判決報告集会
○沖縄「集団自決」問題(15) 沖縄戦首都圏の会・結成1周年集会
○沖縄「集団自決」問題(16) 沖縄戦首都圏の会 連続講座第7回「沖縄戦・基地・9条」(小森陽一)
○沖縄「集団自決」問題(17) 大江・岩波沖縄戦裁判 高裁でも一審判決を支持
○沖縄「集団自決」問題(18) 森住卓『沖縄戦「集団自決」を生きる』
○沖縄「集団自決」問題(19) 大江・岩波沖縄戦裁判 最高裁で原告の上告棄却
○大江健三郎『沖縄ノート』