MASQUERADE(マスカレード)

 こんな孤独なゲームをしている私たちは本当に幸せなの?

時代遅れの芸風

2009-10-24 00:38:14 | Weblog

宅八郎氏書類送検…「ブッ殺すは私の芸風」(読売新聞) - goo ニュース

 宅八郎という人を私はよくは知らないのであるが、“ブッ殺す”が芸風であるという

コメントが私にはよく理解できない。「危害を加えるつもりはなかった」というのである

ならば、“ブッ殺す”という意味は具体的にどういうことを指すのであろうか?ただの

ハッタリではないのだろうから、殺すことまではしないまでもいわゆるストーカーの

ような付きまといの嫌がらせのようなことを企んでいたのであるならば、“芸風”で

済ませることのできない問題であろう。彼は些細なことを大袈裟にしてわざと問題を

起こして世間の注目を集めたがる傾向があるような気がする。自分自身がアイドル

になりたいのであろうが、彼の“芸風”はもはや冗談で済ませてもらえる時代では

なくなっていると思う。ところで彼は今、結局何の評論家なのだろうか


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『パリ・オペラ座のすべて』 100点

2009-10-24 00:04:37 | goo映画レビュー

パリ・オペラ座のすべて

2009年/フランス

ネタバレ

観客の期待と監督の作風の齟齬

総合★★★★★ 100

ストーリー ☆☆☆☆☆0点

キャスト ☆☆☆☆☆0点

演出 ☆☆☆☆☆0点

ビジュアル ☆☆☆☆☆0点

音楽 ☆☆☆☆☆0点

 私はいけないものを見てしまった気がする。勿論この作品のことではなく、このドキュメンタリー映画の巨匠であるフレデリック・ワイズマン監督作品に多くの観客が殺到している光景のことである。断言してもいいが半数以上の観客は160分のこの作品を見終わって徒労感しか残らないはずである。
 たとえば第22回東京国際映画祭で上映された矢沢永吉のドキュメンタリー作品『E.YAZAWA ROCK』か、あるいは松田優作のドキュメンタリー作品『SOUL RED 松田優作』において主人公が矢沢永吉でも松田優作でもなく彼らのマネージャーだとしたら間違いなく暴動が起こるはずである。
 フレデリック・ワイズマンは確かにこの作品でトップダンサーたちを撮っているし、リハーサルではあるが作品も撮られている。しかしこの作品の主人公が誰なのかと問われれば、トップダンサーたちでもなければダンサーたちを教えている教師たちでもなく、オペラ座全体を取り仕切っている女性支配人である。だからトップダンサーたちの汗と涙、愛と友情の‘物語’を期待して観に来た観客はがっかりするのである。でもバックがしっかりしているからこそ良い作品は生まれることは間違いないはずで、ワイズマンはその部分も描きたかったのである。このようなフレデリック・ワイズマンの作風を知っている一部のマニアは彼にそんなありきたりの物語など最初から期待していないから楽しめるのであるが、そんなマニアがあんなにいるわけはなく、‘パリ・オペラ座のすべて’というタイトルに‘騙されて’しまった人たちを気の毒に思った次第である。


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