MASQUERADE(マスカレード)

 こんな孤独なゲームをしている私たちは本当に幸せなの?

『インサイド・ルーウィン・デイヴィス 名もなき男の歌』

2014-06-29 22:23:18 | goo映画レビュー

原題:『Inside Llewyn Davis』
監督:ジョエル・コーエン/イーサン・コーエン
脚本:ジョエル・コーエン/イーサン・コーエン
撮影:ブリュノ・デルボネル
出演:オスカー・アイザック/キャリー・マリガン/ジョン・グッドマン/ギャレット・ヘドランド
2013年/アメリカ

 才能と運の関連について

 最初に本作に関する典型的なレビューを引用してみたい。
「この映画に登場するフォーク・シンガーのルーウィン・デイヴィスは、才能はあるけど、スターになるほどの才能はない。これ、けっこう珍しい設定です。
 ちょうどボブ・ディランがブレークする直前の、1960年代初めのグリニッジ・ビレッジ。すでにフォーク・ソングに注目するインテリなんかも現れてはいますが、主人公のルーウィン・デイヴィスはちっとも売れない。プライドは人一倍高いので金目当ての妥協はせず、おかげでますます売れないという悪循環です。
 私生活は無責任。お金を借りては踏み倒すなどまわりに迷惑をかけまくってきたので、今はお金もなければ泊まるところもない。歌手を廃業する直前まで追い込まれた男の一週間を描いたのがこの作品です。」(「藤原帰一の映画愛」毎日新聞 日曜くらぶ 2014年5月25日付)
 確かにその通りなのであるが、このように単純化して捉えてしまってはあまりにもルーウィン・デイヴィスが気の毒なので私が擁護を試みたいと思う。
 ルーウィン・デイヴィスは決して悪い男ではないことは言うまでもない。例えば、ジャズミュージシャンのローランド・ターナーのようにドラッグを服用しているわけではなく、ルーウィンはお世話になっている大学教授の猫が自分の不注意で逃げ出してしまったことを過度に気にかけており、あるいはヒッチハイクした車を運転していた時にも、急に飛び出してきた野生の動物を轢いてしまったために一旦車を降りて、かなりの激突によるショックがあったにもかかわらず助手席で眠ったままの車の持ち主とは正反対に動物が森に入るところを心配そうに確認している。
 あるいはシカゴのクラブのオーナーのバド・グロスマンに歌を聞いてもらった際に、「あまり金にならない歌」だと言われ、一緒に組んで演奏していたメンバーとよりを戻すべきだとアドバイスされるのであるが、ルーウィンは相棒のマイク・ティムリンが自殺したことを告げないままあっさり引き下がり、決して同情を買おうとしないプライドの持ち主である。友人のジーン・バーキーがルーウィンに請求した堕胎費用をかすめ取ったこともルーウィンは敢えてジーンに問いただすことはしない。
 実はプライドがあるかどうかも怪しく、例えば、ルーウィンはミュージシャンを諦めて漁師をするために、高額の会員費を払ったりするのであるが、免許証を間違って姉に捨てられて失ったことで、さらに再発行の料金を請求され、払えなかったことで仕方がなく元の場末のライブハウスで歌わざるを得なくなり、1週間前と同様にまた別の誰かに殴られるはめになる。
 負のルーティンに陥ったルーウィンはボブ・ディランのようにフォークムーブメントにも乗り切れず、要するにルーウィンは全く運が無い男なのであり、才能があるとかないとかという問題ではないのである。
 さらにもう一つ別のレビューを引用しておきたい。
「コーエン兄弟のテイストが好きなら大興奮するでしょう。でも今までの彼らの映画に入り込めなかったら、これも同じ。豪華キャストがこぞって出演する魅力は理解したけど、世界観に毎回疑問。でも歌声と後味は素晴らしい。」(「Cinema Preview」週刊朝日 6月6日増大号 p.64)
 これは映画コメンテーターのLiLiCoの感想である。渡辺祥子、大場正明、わたなべりんたろうが満点の「超オススメ、ぜひ観て」にしている中で、LiLiCoは「ヒマだったら」にしている。もちろん誰がどのように評価しても構わないのであるが、スウェーデンから単身来日して演歌歌手として下積みを重ね、ホームレス生活までしていたLiLiCoがルーウィン・デイヴィスに共感できないということが意外なのである。おそらくLiLiCoはルーウィンはわがままで努力が足りないから成功しないのだと勘違いしているように思うのであるが、成功するかしないかは運次第であるということは認識しておくべきで、どんなに頑張っても報われない努力というものは確実に存在し、だから映画監督として成功し続けているコーエン兄弟の「弱者」に対する温かい眼差しが素晴らしいと思うのである。

 


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