Hさんがつまみをあれこれ頼む中、私はひたすら喋っていた。
「瀬戸内から遠くに出たことのない料理人がつまらんのは鮮度の良さに助けられてまったく頭を使わないことですよ。海に近いという利点に胡坐をかいているだけで新たな挑戦には無関心みたいですわ(笑)。ちっとはこっちの食文化を見習ったらいい」
私の暴言にHさんは黙って笑っていた。賢い人は「受け」が上手いのである。我々が一緒になると郷土料理の話題が大半を占める。例えば雑煮に丸餅を使うのは滋賀も広島も同じだが、だしは全く異なる。Hさんの家では鶏だし(醤油味)であると聞いた。私の家は元日、二日がすまし(鰹節+昆布+煮干)、三日目は味噌味にして変化をつける。
すき焼きの具材について話が盛り上がった時点で客は6人になっていた。飲み始めてから既に2時間が経過していた。「次は元色街で飲み直そう」と言われて私の目はギラギラと輝いた。川べりの歓楽街までは歩いて約10分の距離である。

