Aの父親が育った家は広島西遊廓跡の近くにあった。そこでは祖母がずっと一人暮らしを続けていた。それゆえ父親は老母の元にAを置こうと考え彼も賛同した。この話を聞いてしばらくして共同生活の場(下宿先)を訪ねた時のことである。彼は意外なことを口にした。
「親父と兄弟は勉強ができたが、俺はさっぱりだったよ」自嘲気味に話したものの悲壮感はまるで無かった。他の同期が「第一志望校に落ちた恨み」をネチネチとぶちまけるのとは違い遥かに「大人」だった。「己の学力」を冷静に分析した上で新天地での生活を謳歌しようと前向きに考えていた。
Aは本を読むことの面白さをさらりと説き、私の関心を引いた。そして東京という街を語る際に「クドさ」を感じさせない点は見事だった。「的確で個人的な感情を抑制した説明」は私の胸に強く響いたのである。