エッセイ  - 麗しの磐梯 -

「心豊かな日々」をテーマに、エッセイやスケッチを楽しみ、こころ穏やかに生活したい。

仮説実験授業

2012-02-23 | 教育を考える

 最近、学校での出来事はほとんど話さない武琉君が、授業の内容についてよく話してくれる。「原子・分子」についてだ。教わった内容をいろいろ質問してくる。

じいが昔使った分子模型を見せると、びっくり!。学校でも同じだったと目を輝かせた。私のは,発泡スチロールの自作分子だが、よく聞くと,学校のは磁石らしい。

3年生では、早い内容かと思ったが、ひょっとしたら仮説実験授業かな?と想像した。

  その後、担任から「授業通信」なるものが届いた。初めて眼にした通信だが、No.3とある。

 そこには、児童の授業評価や一人一人の感想が載っていた。やはり仮説実験授業か。 

武琉くんは、終わったばかりの授業のプリント「もしも原子がみえたなら」を持ってきた。 やはりそうだった。仮説実験授業の授業書だった。



最後の感想用紙の「この授業はどうでしたか?」、武琉くんの評価は5だ。

感想に「とても楽しかった。いろんな分子や原子が出てきておもしろかった。他の分子や原子を調べたりしたいです。」とあった。

次は「磁石」の授業だそうだ。これまた、教わったこと話題にして聞いてくるだろう。授業が楽しいからだろう。

 身近にいろいろ研究をしながら授業を進める担任教師を知って、嬉しくなった。
 さらに、よりよい授業を追求し実践していって欲しいと期待したい。

****************************
仮説実験授業とは。(Jinkawiki. )
 科学上の最も基本的・一般的な概念・法則を教えて、科学とはどのようなものかということを体験させることを目的とした授業理論。この授業法の理論的基礎はおもに次の2つの命題に置かれている。 1、科学的認識は対象に対して目的意識的に問いかける実践(実験)によってのみ成立し、未知の現象を正しく予言しうるような知識体系の増大確保を意図するものである。 2、科学とは、すべての人が納得せざるをえないような知識体系のを増大確保を図る1つの社会的虚構であって、各人がいちいちその正しさを吟味することなしにでも安心して利用しうるような知識を提供するものである。
                  -板倉聖宣『科学と仮説』(季節社)より-

*************************** 

 在職中、私も、生徒の学習意欲を高める授業、生き生きした授業を目指して工夫して取り組んでいた。

 板倉氏の「仮説実験授業」も、当時の生徒たちの実態、置かれた教育の現状から生まれたものだったろうが、私の中心的な課題は、生徒の「創造性の涵養」だった。

 30代のころ、ブルーナーによって示された構造の重要性に学び、教材開発に取り組んでいた。

「総合的な学習教材」として、他にない大きな化学プラントをつくり全精力を打ち込んだ。

その後、突然の退職前までは「ゆとり教育」の意義を認めながら、その実践を工夫してきた。みんな懐かしい思い出となってしまった。 

ブルーナー著の「教育の過程」(岩波)を書棚から引っ張り出した。

かつて引いたアンダーラインをたどると、「・構造を学習することは、どのように物事が関連しているかを学習すること。・教育の一般的な目的は、優れた生徒に学校教育を与えるだけでなく、一人一人の生徒が各自に最も適した知的発達を遂げるように助けてやることである。・教材を効果的に提示すること。教材の範囲だけでなく、その構造に適切に注意を払うこと。・学習教材そのものに興味を持つことこそ、学習にたいする最も良い刺激である。・・・・・」などとある。

時代背景はあろうが、○興味・関心を抱かせる授業、○わかりやすい授業、が基本だと思う。そんな教材化が大切だ。

それが生徒の、意欲ある取り組み、主体的、内発的姿勢、生き生きした授業への取り組みにつながるはずだ。

「仮説実験授業」もその位置付けにると思う。

いろいろ思い巡らせながら,かつての著作を手に取った。昭和63年とある。40歳を超えた頃のはつらつとした過去があった。

そこには多岐にわたる40数報の教育研究考察の跡が残っていた。

その「はじめに」は

「 ・・・・・・・昨今の,あまりに急速な科学技術の進展に、我々はどう生きていけばよいのだろうか。生徒に問いかけつつも、解得られぬもどかしさを感じている。

・・・21世紀を雨に,おぼろげながら,技術と人間、さらにそれらと自然との関わりを静かに考えるべきではないかと思っている。・・・・・・」と。

また、「あとがき」には

「私の書斎の机の前に、ミレーの「休息する農夫」がかけてある。農夫の疲れ切った、しかし目標に向けた、心からの、充実した休息を羨ましく感じる。 ・・・・・ 

 ・・・ぼんやりと、窓からの磐梯,流れゆく雲を眺めつつ、私の昨年末からの一つの焦燥が、人生の問題へと発展しつつあると意識している。・・・

多面的な人間のための,多面的な学習の援助、さらに教科を離れた人生の師としての教育、豊かな、充実した人生を送るための教育でありたい。」とある。

 

歌を忘れたカナリヤは,役に立たないのだろうか。

孫の授業から,はからずも歌を歌っていた頃を思い出した。少し発声練習でもしてみようか・・・と思った。

 

日記@BlogRanking


感動の世界

2012-02-23 | 自然観察


 
快晴に恵まれたきのう、ひとりハクチョウを訪ねた。誰もいない湖畔で,水鳥たちと見つめ合った。

一変して、きょうは終日雨降り、久しぶりに雪解けが進んだようだ。
ようやく、でも確実に、新しい季節が近づいてきているようだ。

 何度会いに行っても、水鳥たちは愛おしい。

 麗しの磐梯が、紺碧の猪苗代湖に浮かび、コハクチョウが鳴き交い、オナガガモ
が静寂に遊んでいる。
 涙が流れるほどの感動の世界だ。

 

日記@BlogRanking