もう長い間、福神漬の命名の経緯を調べていたのだが、中々根拠となる文献がない。ところがやっと『明治のおもかげ』鶯亭金升著のあとがきに近い文章にやっと出合った。
『明治の時代は江戸以来の洒落た世界であった』子供でも茶目っ気のある言葉遊びをしていたという。明治の17年から18年頃に命名された福神漬は茶目っ気のある名前であった。こんなことを誰も調べることもなく今日まで来てしまったことが命名の由来が不明の原因である。
鶯亭金升が『明治のおもかげ』を著したのがペリー来航100年祭の頃である。第二次大戦が終わり、開国のきっかけを作った子孫が幕末の混乱の原因から自由に語れる時期となったのではないのだろうか。テロの脅威は子孫の行動を縛り付ける。日本国内のテロは終わったわけでもない。