年寄りの漬物歴史散歩

 東京つけもの史 政治経済に翻弄される
漬物という食品につながるエピソ-ド

かに缶詰

2014年06月27日 | 福神漬

『蟹工船』の社会史 小林多喜二とその時代 浜林正男著から

いつも図書を借り出している中央区中央図書館は江戸時代の土佐藩中屋敷跡で坂本竜馬等の滞在していたところであったがその隣に築地警察署がある。戦前作家であった小林多喜二が築地署で虐殺されたことでも有名であった。

派遣労働者の問題から小林の本『蟹工船』が数年前よく売れたことから気にしていたが福神漬の資料調査と関係なさそうなので築地署の隣を通るたびにまだ『蟹工船』を読む気はしないと念じつつ通過するのが習いだった。

今缶詰の歴史を再び調べているうちに、日本の缶詰産業が軍隊用から始まり輸出品として発展した歴史があることを知った。特に北太平洋で取れた水産物の輸出は重要産業だった。漬物の福神漬は今では缶詰のものは市販に出回ることは少ないが戦前は大量に出回っていた。この間の事情が浜林さんの本からようやく理解できるようになった。

大正12年7月、三菱商事の会議室で缶詰協会の会合があった。三菱商事が水産缶詰を取り扱う事となったのはロシア革命の影響があった。『三菱商事史』

この続きはもう少し調べてから。

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