「スズメはなぜ人里が好きなのか」(大田真也・著)を読んでいたら、
「雀の俳人」と呼ばれる人がいた、とのこと。さっそくググってみました。
雀の俳人は、明治21年、福岡県柳川生まれの木村緑平。
仕事は勤務医でした。
大正時代に、自由律の俳句誌「層雲」を知り、俳句をつくり始めます。
雀が大好きで、3000句の雀の句を詠んだそうです。
雀にうまれてきたのではだし
炎天すずめはだしでひろうてあるく
すずめが裸足で歩く姿が気になったのでしょうか?
とくに炎天では足の裏も熱いだろうと心配しています。
お医者さんらしいこんな句も。
聴診器耳からはづし風の音きいてゐる
漂白の俳人・山頭火とも生涯を通しての親交をもったそうです。
昭和43年、81歳で亡くなっています。
そういえば、最近、雀が減っていると言います。
雀を詠んだ短歌を一首。
むし暑いすずめがゐないこの街ににんげんだけが獣のにほひ 坂井修一
人間って獣の仲間なんでしたね。
でも雀ほど可愛くないかも。 遅足
「雀の俳人」と呼ばれる人がいた、とのこと。さっそくググってみました。
雀の俳人は、明治21年、福岡県柳川生まれの木村緑平。
仕事は勤務医でした。
大正時代に、自由律の俳句誌「層雲」を知り、俳句をつくり始めます。
雀が大好きで、3000句の雀の句を詠んだそうです。
雀にうまれてきたのではだし
炎天すずめはだしでひろうてあるく
すずめが裸足で歩く姿が気になったのでしょうか?
とくに炎天では足の裏も熱いだろうと心配しています。
お医者さんらしいこんな句も。
聴診器耳からはづし風の音きいてゐる
漂白の俳人・山頭火とも生涯を通しての親交をもったそうです。
昭和43年、81歳で亡くなっています。
そういえば、最近、雀が減っていると言います。
雀を詠んだ短歌を一首。
むし暑いすずめがゐないこの街ににんげんだけが獣のにほひ 坂井修一
人間って獣の仲間なんでしたね。
でも雀ほど可愛くないかも。 遅足