からだが鶯色で、目の周りが白いのが特徴のメジロ。庭のモクレンの木によく つがいで来ていました。ヒヨドリやスズメが来るとさっと逃げるのに、私と目があっても意外に平気で親しみを感じたりしていました。それだけに衝撃的な一句でした。短歌ならこのあとの七七がどうなるのだろうと想像したりします。
亜子さん: 目白は夏の季語ではあるが、作者の経験から作った句であると思われる。薄目を開けて息をひきとった目白を庭に埋めたのであろう
能登さん: 小鳥の死、薄目開くに既視感。下五に引っかかるが、句を強めている効果もあり。
泉さん: なんとなく悲しい。
佐保子さん:ガラスにでもぶつかって死んでしまった目白でしょうか?埋葬せりしは文法的に少しおかしい気がします。埋葬したる午後でいいのでは?
強いインパクトの句に、いろいろなコメントが寄せられました。ちいさな生きものの死をつぶさに見ることで、作者は「生」を改めて思ったのかもしれません。
そしてもう一句私の句です。
葬儀済みひときわ高く百舌鳥の声 郁子
須美さん: 百舌鳥のキィーと言う高鳴きも「早贄」も葬儀とよく合っているように思う。
亜子さん: 百舌鳥の声は高く鋭い鳴き声。お葬式が終わったあとのひときわ高い声が秋晴れの空気の中に響く。悲しみが沁み通る感じ。
泉さん: 情景がよく出ている。
最初、私は中七を「デクレッシェンドの」と音楽用語を使ってみました。だんだん小さくという意味です。悲しさを出そうという格好つけが入っています。ところが投句したあと、本当にすぐ近くで百舌鳥が鳴きました。耳をつんざく高鳴きは、情緒的というよりいきなり切れるカットアウト(笑)想像や作為の入った句はいけませんね。そのあと訂正をお願いしました。ありがとうございました。
遅足さんから「ひときわ高し」と切ったほうがよいのではとのつぶやきがあったそうです。
葬儀済みひときわ高し百舌鳥の声
葬儀や法要の事務的な忙しさから解放されてホッとした私の気持ちがこちらのほうがよく表れています。青く澄んだ高い空まで想像できます。
一字でこんなに違うものなのですね。遅足さん、これからもたくさんつぶやいてください。 郁子