575の会

名古屋にある575の会という俳句のグループ。
身辺のささやかな呟きなども。

大晦日テレビのゴムも伸び切った  遅足

2005年12月31日 | Weblog
大晦日は今年もテレビ。

日本のテレビ放送が始まって、もう半世紀。
さすがに新鮮な番組は見られない。

最初に見たテレビの画面はモノクロでザラザラ。
かろうじて何が映っているのかが分かる位だった。
でも、あの画面は輝いていた。

生れた時、テレビはなかった。

     

あの頃なかったものばかり。

さあ、パンツのヒモを締めなおしてテレビを見るぞ!

みなさま、良いお年を。    遅足




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老いてなお膝にかけたる花タオル  久々

2005年12月30日 | Weblog
連句「南天」の巻がようやく巻き上がりました。


発句  南天や京の小路を踏み迷う   遅足
脇   雪見障子に酌み交わす友     久々
雑   威勢よい言葉の後のサイノロジー 長良
雑   高天原は静かなるらん       遅足
月   月の土地分譲中とメールあり    久々
秋   行きつ戻りつ色めく紅葉      長良

 
秋   先客の蟋蟀といる露天風呂    遅足
   
雑   期待はずれのお得情報      久々
   
恋   研修会ケータイ番号交換会    長良
   
恋   小窓を開きセレナーデ聞く     遅足
   
恋   今日もまた隣のドラがやって来る 久々
   
雑   寅さんもいて世は成り立ちぬ    長良

 
夏の月 夜逃げする旅の一座を夏の月   遅足
夏    一雨来るか湧き上がる雲      久々
   
雑    愛の字を下流社会に撒きにけり   長良
雑    辿り着いたる少子化列島       遅足
   
花    老いてなお膝にかけたる花タオル  久々
春    春は立ちけりいざ金閣寺       長良


  久々さん、長良さん、お疲れ様でした。  遅足






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行く年やずいぶん切った「深夜便」  朱露

2005年12月29日 | Weblog


逆に言えばずいぶん聞いたということになるではないか。

ものは言い様というのはこういうことだ。

深夜悪口雑言を呟いて再び寝るのも一つの寝方だ。

何が不幸と言って、悪口すら言ってもらえない・・

  

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めでたさやキンガシンネン去年今年   長良

2005年12月28日 | Weblog
 ン10年も前、職場の先輩の賀状に

 謹賀新年いや勤が信念やはり金が信念?とあった。

 昨今の世相を予言していたのかなと思う今日。

 一億総「白痴化」といわれて久しいが…。

 一億総「金が信念」とはメデタイことよ!

                      
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愛の字を下流社会に撒きにけり  長良

2005年12月27日 | Weblog
     連句  南天の巻

発句  南天や京の小路を踏み迷う   遅足
脇   雪見障子に酌み交わす友     久々
雑   威勢よい言葉の後のサイノロジー 長良
雑   高天原は静かなるらん       遅足
月   月の土地分譲中とメールあり    久々
秋   行きつ戻りつ色めく紅葉      長良

秋   先客の蟋蟀といる露天風呂    遅足
雑   期待はずれのお得情報      久々
恋   研修会ケータイ番号交換会    長良
恋   小窓を開きセレナーデ聞く     遅足
恋   今日もまた隣のドラがやって来る 久々
雑   寅さんもいて世は成り立ちぬ    長良
 
夏の月 夜逃げする旅の一座を夏の月   遅足
夏    一雨来るか湧き上がる雲      久々
雑    愛の字を下流社会に撒きにけり  長良
雑    辿り着きたる少子化列島     遅足

    

  連句もいよいよ大詰め。
  残るは花と挙句です。

    





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冬の虫        (愚足)

2005年12月26日 | Weblog
 友の庭に冬蝶を見てから、冬の虫の句が気になり歳時記を読んでみました。
 冬の蝶・蜂・蝿・蚊・蛾・虻・蝗・蟷螂そして綿虫・ざざ虫と多くの虫が季語に
なっていました。
 冬の虫と言えば、声・様子ともに哀れで句作の興味を惹く存在です。
 その筆頭に村上鬼城の 「冬蜂の死に所なく歩きけり」があります。歳時記に載せられたほとんどの句が「哀れ」をテーマにしたものでした。しかし その中にあって、ほっと出来る句も僅かながらあり勇気付けられました。

   冬蝶の高舞ふちから滝行場        鍵和田秞子
   凍て蝶のきらめき渡る山湖かな      中川宋淵
   冬の蝿ゐて憎からず母来る日       池田弥生
   批評うるさしや野壺に冬の蝿       鷹羽狩行
   歩くのみの冬蝿ナイフあれば舐め     西東三鬼
   冬の蜂尻を耀らし爆心地         岸風三楼
   雪虫に生殖の意を見つつ臥す       軽部鳥頭子
   雪虫や子を呼びに出て雪深き       原田種茅

 しかし、出来た句は「黄の翅を陽に透かしおり冬の蝶」(愚足)でした。
                          
      
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季語について

2005年12月25日 | Weblog
俳人の鍵和田秞子さんが、
師の中村草田男について語る中で、
季語について触れた部分がありました。
印象に残ったので引用します。

「ホトトギス」は、季語を読むことが俳句です
と、指摘した後、次のように続きます。

    

中村草田男は、だんだん人間に興味を持つ。
結婚して奥さんを詠んだり、子供が生れて子供を詠んだりする。
人間は季語ではない。
人間を読むことで季語をどう使うか
ということになります。

 蟾蜍長子家去る由もなし 草田男

蟾蜍を詠んだ句ではなく、
「長子だから家を去る由もない」ということを
詠むのにヒキガエルに象徴させている。
ヒキガエルは足を踏ん張ったら動かない。
出会う人間のほうが逃げる。
ふてぶてしいヒキガエルの本性を分かっている人は、
ヒキガエルの中に昔の長男の姿を見る。
長男たるものは家をしっかり引き継がなくていけない。
そういう感慨をヒキガエルに象徴させている。
そういう季語の使い方は草田男以前には
なかったと思います。

 鰯雲人に告ぐべきことならず 加藤楸邨

なども、同じです。
鰯雲といえば、鰯雲を生かして詠むのが俳句であって、
人間の気持ちをそれに象徴させる使い方になれていなかった。
それで難解派と呼ばれたのです。

鍵和田秞子 (第一句集を語る)より

       遅足




                  
   
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雪の足跡   

2005年12月24日 | Weblog
写真に句を付けてみました。

      遅足

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子殺しや寒波ひひひと見届けぬ  朱露

2005年12月24日 | Weblog
子供を殺す国は滅びる。
生き残った子供が大人になった時、
子供を育てる気力が失せているので、
どんどん減って行く。
結果、自分の利害しか関心がない
大人だけの世になる。


     
 







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ああ また雪

2005年12月23日 | Weblog
昨日から降り出した雪。
また目が覚めたら銀世界。
皆さんは、いかがですか?
我が家の庭の山椒の木です。

みなさんの所では、雪はいかがですか?
雪見舞い?申し上げます。
     
      
 忘れてたもののかたちに雪積もる

 忘れたるもののかたちを朝の雪

  どっちがいいでしょうね?

               遅足

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芭蕉の声   麗 

2005年12月22日 | Weblog
「鳥が教えてくれた空」などの著作で知られる
三宮麻由子さん(4才で視力を失ったそうです)が、
松尾芭蕉は一体どんな声をしていたのだろう?
という文をある雑誌に書いておられました。

今まで何度も目にした芭蕉の俳句ですが
彼の声に関心を抱かれたことがとても新鮮でした。
彼女の想像では「伊賀なまりの混じったよく通る細い声」ではないかということでした。
少し枯れが入っているけどハスキーまでは行かないでほしいとも。。。

アナウンサー出身の私にとって、人の声にはかなり敏感だと思っていましたが
それはあくまでテレビやラジオに出てくる人の声。
亡き人の声は想像さえしたこともなく
芭蕉が自分の句を紹介するとき、一体どんなトーンで披講したのだろうと思うと
私まで楽しくなってきました。

他者の書いたものを読むことが多いアナウンサーという職業。
クセのないように、また作者の意図を考えながら読むということを
常に心がけていますが
俳句を声に出す作業も以外に奥が深いかもしれません。  麗

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連句 恋の3句

2005年12月22日 | Weblog
発句 南天や京の小路を踏み迷う   遅足
脇  雪見障子に酌み交わす友    久々
雑  威勢よい言葉の後のサイノロジー 長良
雑  高天原は静かなるらん      遅足
月  月の土地分譲中とメールあり   久々
秋  行きつ戻りつ色めく紅葉     長良

秋  先客の蟋蟀といる露天風呂   遅足
雑  期待はずれのお得情報     久々

 ここから恋の3句です。

恋の呼び出し  研修会ケータイ番号交換会   長良
恋        小窓を開きセレナーデ聞く   遅足
恋の余情    今日もまた隣のドラがやって来る 久々

 余情 猫がやってくる。あの人はもう来ない。
    失恋?恋はみのらなかったみたいですね。

    

次は

夏の月


と続きます。
  
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凧右も左もカイトかな   長良

2005年12月21日 | Weblog
 もういくつねるとお正月♪~お正月には~たこあげて…遥か昔のこと

 孫が保育園で作ってきた「和だこ」に挑戦、尻尾のバランスが悪く、糸が30m程
しかないので苦戦したが、なんとか揚げて爺の面目を保った。
 暫らくすると近所の子らが参加。よく揚がる「そりゃーカイトだもん」という。

 よく見ると辺りはすべてカイトだった。 


 因みに ○○○右も左も○○○ とすると

     蒲公英や右も左も外来種
     松虫や   〃
     ユニクロや 〃 外国製

 こんな話をしていると妻が
     テレビだって右も左もアネハもん  という…なるほど
                                     
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雪だるま

2005年12月20日 | Weblog
昨日、雪のあがった頃、
散歩にでました。
あちこちに子供たちのつくった
雪だるまがありました。

お日様があがって
道路の雪は溶けていました。
屋根や木々に積もった雪が
雫となっていきます。


溶けてゆく音聞いている雪だるま

               遅足

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熱き血を闇に隠せし雪女          愚足

2005年12月19日 | Weblog
 久しぶりのクリスマス前の大雪。
 闇に降りしきる雪を時々盗み見しながら、歳時記を読みました。

   あかあかとイクラ丼雪もよい         桃子

   窓の雪女体にて湯あふれしむ        信子

   雪はげし抱かれて息のつまりしこと     多佳子

   雪女郎ともに吹雪を起こしけり        真砂女

   天地の息会いて激し雪降らす        節子

   はじめての雪闇に降り闇にやむ       節子

   踏み出でて大雪晴に身の浮けり       眸

 朝が楽しみです。          

        
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