今朝の中日新聞 中日歌壇に
方丈記や故郷についての記をブログに投稿してくださる竹中敬一さんの短歌が選ばれ載っています。
小島ゆかり 選
夕日受け麦藁帽のわが影に麦畑いくゴッホが見える
【評】 ゴッホの麦畑を描いた作品や、麦藁帽子を被った肖像画などが思いだされる。
夕日のなかの麦藁帽の「わが影」に、ゴッホの姿を重ねる。存在と心理の不思議さを思わせて、力ある一首。
骨太で確たる信念をお持ちの竹中さんの麦藁帽姿が浮かびました。
おめでとうございます
今朝の中日新聞 中日歌壇に
方丈記や故郷についての記をブログに投稿してくださる竹中敬一さんの短歌が選ばれ載っています。
小島ゆかり 選
夕日受け麦藁帽のわが影に麦畑いくゴッホが見える
【評】 ゴッホの麦畑を描いた作品や、麦藁帽子を被った肖像画などが思いだされる。
夕日のなかの麦藁帽の「わが影」に、ゴッホの姿を重ねる。存在と心理の不思議さを思わせて、力ある一首。
骨太で確たる信念をお持ちの竹中さんの麦藁帽姿が浮かびました。
おめでとうございます
コロナ禍や異常気象の連続で季節のセンサーも狂いがち。
それでも街に出てみると確実に秋の気配を感じることができます。先陣を切るのはやはりファッション業界でしょうか。
マヌカンはマネキンのフランス語読み、ちょっと高級な印象をうけますね。
皆さんからいただいたコメントです。
竹葉さん: 秋の装いをしてるマネキンを見て、すぐそこに秋が来ているという景色と秋めく感じがする素晴らしい句だと思いました。
麗子さん:マネキンと言わずあえてマヌカンとしたところがこの句の評価が分かれるポイントのような気がします。確かにショーウインドウーは半歩先を言っています。
泉さん: ショーウィンドウはすっかり秋めいている。
須美さん: 半歩先が効いていると思う。
確かに半歩という言い方がうまいと思います。男性の能登さんもとられています。
秋めくやセールを終えてウインドウ 須美
こちらも同じ景を詠んでいますがショーウインドウより印象がくっきりとした「マヌカン」にもっていかれた感じです。
ちなみに、バブル期に聞いた「ハウスマヌカン」というのは和製英語で、もはや使われない言葉だそうですね。
その店で販売する商品を着用して接客するブティックの店員を今は アパレル店員 ショップ店員 ショップスタッフと呼ぶのだそうです。
季節先取りの前向きな姿勢がこの時期とても好感もてます。業界の方も人形も含めてのマヌカン達です。 郁子
処暑を過ぎ、少しずつではありますが、秋の気配が感じられるようになりました。秋の気配を最初に感じるのはやはり雲でしょうか?先日、今年初めて鱗雲のような秋の雲が見られました。そんな情景をいち早く句にされた等さんのこの句が見事トップ賞でした。
秋の雲の様子をうまく捉えていると思いました。モクモクを立ち上がる入道雲とは違い、横に伸びた薄い秋の雲です。
皆さんからのコメントです。
結宇さん:本当に、先ごろは“雲の峰”と読みたいところですが、次第に横に伸びてゆくんですね。
晴代さん:縦から横に伸びが面白い。
郁子さん:言われてみればそのとおりというシンプルでいて広い景。秋の貌と迷いました。
千香子さん: ⑧ を具体的に 表している感じです。 入道雲といわし雲を連想しました。
須美さん:入道雲は縦にモコモコしていたが秋になると鱗雲など横に広がります。なる程と改めて思う。
亜子さん:「なるほど!」という一句。地面から湧き出るように上に伸びていく夏の雲から、刷毛で掃いたような横に伸びる雲に変わって来た。その発見を詠まれたことに感心しました。
★★★
等さんは、句会で俳句は写生が基本と言われていました。「秋めく」という形のない季語に対して、雲の様子をきちんと写生されたところに多くの票が集まり、「なるほど!」とうなり、共感を呼んだのだと思います。
遅足さんの8番の句も同じ空を詠まれましたが、「秋の貌」という表現がやや抽象的で具体性にかけたのかも知れませんが、でも、こういう表現の違いが俳句の多様性であり、面白さだと思います。
麗子
2022.8月「秋めく」
自由題
皆さんの予想はいかがでしたか?
兼題は 等さん
自由題は 竹葉さん
という結果になりました。おめでとうございます
まだまだ残暑厳しいこの頃ですが、ほ~んの少し秋の気配が感じられるようになりました。
明日の結果をお楽しみに。
2022・8月兼題「秋めく」
① 暮れかかる林の葉擦れ秋めきぬ
② 遠浅のま白き波頭秋めきぬ
③ 秋めくや注ぐ紅茶の茶葉揺れて
④ 秋めいてふと手に触る(さわる)皮ジャンパー
⑤ 秋めくやセールを終えてウインドウ
⑥ 半歩先マヌカン達の秋めいて
⑦ 秋めける雲は縦から横に伸び
⑧ 秋めくや空一面の秋の貌
⑨ 秋めくや草むらからの夜の声
⑩ 秋めきてただただ眠る夫の顔
⑪ 秋めくや日記の文字を丁寧に
⑫ 秋めきてトボトボ向かうガン精検
⑬ 秋めくやオムツをつけた迷ひ犬
自由題
① 八月や白木の箱に石ひとつ
② 蝉奏づ哀しみの通奏低音
③ 卒塔婆の風雨に朽ちて蝉の殻
④ 百日草手首捻った日に咲けり
⑤ 午睡して何変わらずと胃のもたれ
⑥ 秋扇カバンの底に潜りおり
⑦ 夏休み若い女医さんハワイかな?
⑧ 病む君のわがまま残暑ながながし
⑨ 新涼や朝刊めくる音静か
⑩ メモ見つつ投票すみし母へ古茶
⑪ 母の知らぬ高齢を生く秋の風
⑫ 夏草や人や電車もレールのみ
最高気温が35度超えといっても最近では驚かなくなりました。
転倒を一番恐れる私の高齢の母は、外出の際は自分の足元だけを見て歩いているそうです。(それはそれでふらふらと危ない)
コロナ禍に加えての酷暑。この夏は誰もが厳しく感じています。
皆さんからのコメントです。
等さん: この猛暑でこのような情況はありえますね。私も最近は階段の上り下りには “手すり“を使うようになりました。
須美さん: わが影としたところが好き。
晴代さん: 私を見ていたような 体力減少実感です。
すこし余裕を感じるこの句
匂いたつ二の腕のしろ藍ゆかた 能登
タイトルの句とこの句に、遅足さんと佐保子さんも一票です。
しろ をひらがな表記したことでなまめかしさが増すようにも。。
コメントです。
等さん: 情景は良く描かれています。でもこの暑さでこんな姿をした人は見られるかな?
千香子さん: 匂いたつがとても印象に残ることばでした、しろと藍のコントラストも目に浮かびます。
亜子さん: 若くて色白のはっとするほどの二の腕の白さ。藍は白をより引き立てる色っぽい句。女性だけとは限らない。男性の色の白さかも。。。
さすが亜子さん 私の母のように下ばかり見て歩いていません。
男性目線と決めつけて少し躊躇してしまった私の小ささに気づかされました。 郁子
なんと優雅な美しい俳句でしょう。「白立てり」と言い切る、このような俳句を私も作ってみたいものです。
半夏生はドクダミ科の多年草。葉の下半分が白くなり、まるでお化粧をしているようになります。この白い葉に向かい合って10センチほどの棒状の花序を出し、白色の小花を多数つけます。この様子を「白立てり」と表現されたのでしょう。
皆さんのコメントです。
竹葉さん:植物の半夏生は半分程白い粉を綺麗に塗ったようで、半化粧かと思ってました。「白立てり」がいいと思います。
等さん:如何にも「俳句的」な景色で、“白立てり“は良いですね。でもそれほど白は目立ちますかね。
須美さん:美しい句。
泉さん:昼間の暑さから涼しくなっていく夕暮れの様子がわかる。
★★★
作者の晴代さんはどこか半夏生を思わせる雰囲気があります。夕風に楚々と立っておられる姿が目に浮かびました。麗子
福井県小浜市加斗(かと)海岸から見た青嶋
明治期の明星派は歌人、山川登美子は福井県小浜市の出身。
故郷を詠んだ短歌が数多くあります。
真帆かた帆小嶋が沖に見え初めて磯なれ松の影うすれ行く
漁火の三つ四つ五つほの見えて青嶋守リの夢静かなり
小嶋は小浜湾の沖、向かって右側に浮かぶ二つの小嶋のこと。
青嶋は同じくその左側に浮かぶ無人島で小浜市加斗(かと)地区にあります。
ナタオレノキやタブノキなど暖帯性の常緑植物が一年中、生い茂っていて、国の天然記念物に指定されています。
夕暮れともなると、小浜市街から沖合いの青嶋あたりに漁火(いさりび)をいくつも見ることができます。
青嶋には弁天様を祀る小さな社があって、毎年7月にはお祭りがあり、加斗の浜から神官と地元の人たちが船で出向いているそうです。
私が子供の頃は今と同じ無人島でしたが、明治の頃は島守リがいたのかもしれません。
3 年前、私は加斗の海岸まで行って青嶋を近くで見ることができました。
この加斗地区は北朝鮮に拉致された地村夫妻の出身地です。
地村保志さんの妻、旧姓浜本富貴恵さんは私の生まれた阿納尻(あのじり)の集落から山一つ越えた阿納が出身地です。
拉致された昭和53年当時、身近な人だっただけに、ニュースで知って大きなショックを受けました。
婚約中だった2人は加斗から近い小浜公園で突然拉致されました。
加斗の海岸に来て、私の想いを詠んでみました。
海神(わたつみ)の向こうの半島想像し拉致されし海岸に立つ
竹中 敬一
今年の梅雨明け宣言は異例の早さでした。おかげでそのあとの長雨を何と言ったらよいか迷いましたね。
雨か太陽ギラギラの酷暑か この夏ははっきり分かれるお天気続きです。
作者は、はじまりの島ともいわれる「淡路島」に旅行にいらしたそうです。
明石海峡大橋を渡っているときに梅雨明けのニュースが。
それでこの気持ちの良い句ができたのですね。
能登さん: 大きな景を詠んだ佳句。
晴代さん:大きな景で梅雨明けの喜びが見事に伝わります
車で疾走していたのでしょうか。爽やかな風も感じます。
おみやげに伊弉諾(いざなぎ)神宮の「国生みの雫」というお酒をいただきました。
ご馳走様でした。
湯上りの子らはしゃぎおり玉の汗 須美
能登さん:あるある情景
泉さん:せっかくお風呂に入って さっぱりしたのに あばれまわり、また、大粒の汗がでる様子がわかる
竹葉さん、郁子もいただきました。
どこの家庭もだいたいこんなふうであろうと思います。
平和だからこその光景、守りたいもののひとつです。 郁子
参議院選挙から早一か月が経ちました。その二日前に安倍元総理が銃撃されるという信じられない事件が起きました。投票行動に影響するのかといろんなことが言われました。毎回投票率の低さが報じられます。どうして選挙に行かないのでしょうか?せっかくの一票なのに。。。作者は車椅子を押して夏の盛り、投票所に行きました。そこには強い意志が感じられます。もくもくと沸きあがる「夏の雲」と合っていると思いました。自由題で圧勝のトップ賞でした。皆さまのコメントです。
能登さん:夏の雲がいい。
須美さん:暑い最中投票へ車椅子を押しながら向かう姿が健気。
千香子さん:それでも頑張って投票する心意気、いつまでも。
郁子さん:たった一票と言えど、いろんな思いをのせて万障繰り合わせて大勢が集う投票所です。夏の雲が効いていると思います。
泉さん:暑い時期の選挙、この一票は大切なものということがわかる。
亜子さん:車椅子で選挙に出かけられた。「夏の雲」が力強く、投票で世の中に向かう姿に合う。
★★★
晴代さん、遅足さんも採られています。
昨日、第二次岸田改造内閣が発足しました。旧統一教会との関係は断ち切れないようです。麗子
9月10日11日 名古屋市公会堂で上演される演劇です。
1985年、熱田高校に赴任してきた高橋さんは学校周辺の戦争遺跡を調べるうちに、疑問に思ったことがありました。太平洋戦争末期に名古屋を襲った地震で犠牲になった者たちの殉職者名簿に、朝鮮から集められた少女達の名前もあったのですがすべて日本名でした 。
なぜ少女たちは名古屋にいたのか、地道な調査の結果、その時名古屋に来ていた生存者を突き止め、彼女たちを支援するために裁判を起こすことを決め「 名古屋三菱朝鮮女子勤労挺身隊訴訟を支援する会」を立ち上げました。
1999年、名古屋地裁で最初の裁判が行われた時、私も誘われて傍聴し、原告の生の声を聞いてしまいました。「自分は手先も器用で、日本へ行けば働きながら お金ももらえ学校へも行ける」と先生の勧めで親の反対を押し切って名古屋に来た。事実は逆だった、謝罪と補償をして欲しい」という悲痛な叫びでした。
私といくつも歳の違わない人達、時と場所が違っていたら自分のことだったかもしれないと思いました。
その後も今日にいたるまで、日韓両国の市民レベルの 長い 支援のための交流が続いています。
この演劇にはスタッフだけでも33名、70名以上の人が直接演劇に 取り組んでいます。
鳳仙花を詠んだ俳句を調べてみました.
鳳仙花夕日に花の燃え落ちし 鈴木花蓑
草がくれ種子とぶ日なり鳳仙花 水原秋桜子
雷の居登る日々の鳳仙花 坪内捻典
悲しみは追いかけてくる鳳仙花 高澤良一
などといずれも可憐な か弱い花という印象です。
この鳳仙花が朝鮮の人の抗日の象徴となったのは、「鳳仙花」の歌詞と植民地の歴史にあります。
この歌は1920年頃洪が「哀愁」の題名で作曲、のちに、金亨俊が作詞、世に出ました。
{夏に咲いて 秋の風が痛めつけて枯れても 冬になくなっても 春風によみがえれ}という
内容の歌は 直接勇ましい言葉は出てこなくても、 人々に勇気と希望を与えました。
千香子
再び私の拙い短歌から始めます。
登美子も詠みし小浜の海の漁火の向こうの闇に原発ドーム
久須夜岳眼下に広がる原始の海 眼を転ずれば原発ドーム
竹中 敬一
明治期の明星派の歌人、山川登美子は福井県小浜市の出身。
登美子が愛した小浜湾の沖に夕暮れともなると漁火(いさりび)がいくつかほの見える風景は今も変わりません。
しかし、その先にある原発ドームをどうしても想像してしまいます。
私が生まれたのは小浜市の内外海(うちとみ)半島の付け根、眼の前に久須夜岳(標高619メートル)が望めます。
この山頂から北の方向を見渡せば、紺青の原始の大海原。その果ては朝鮮半島です。
一方、左に眼を転ずれば、眼下に4基の大飯原発のドームが現れます。
現在、1、2号機は廃止措置中、3号機は運転中、4号機は定期検査で停止していましたが、
この7月15日から再稼働しているそうです。
しかし、稼働中であろうが、停止中であれ、ミサイル攻撃を受ければ、被害甚大です。
福井県知事は政府に対して自衛隊の配置を早急に実現するよう緊急要請したと地元の新聞は報じていますが、
たとえ迎撃態勢をとったとしても、はたして防御できるでしょうか。
反原発新聞(4月20号)が伝えるように安心安全の道は原発をなくす以外にないと思います。 竹中 敬一
2020年8月8日の天声人語は 〈戸籍簿よ早く焼けてしまえ誰も俺の息子を覚えてるな〉 長い詩の中から引用している。
金子は 息子を戦争に行かせないため、赤紙が来た時、息子の体を痛めてまで診断書を提出している。
「冨士」の中で<息子よ この手のひらに もみ込まれてゐろ帽子のうらへ一時消えてゐろ>
金子は各人が各人のやり方で軍を拒否するべきだと考えていたと 。
冒頭には
咳の子のなぞなぞあそびきりもなや 中村汀女
子を殴ちしながき一瞬天の蝉 秋元富士夫
万緑の中や吾子の歯生え初むる 中村草田男
の三句をのせている。
子育ての名句は戦前戦中に多く出ているというが、直接俳句からではなく、金子の詩が中心になっている。
「戦地 に送ることを思いながら 子を育てる、子も戦争で死ぬことを思って育っていく、この国にそんな時代があった。戦争はいつも若者の命を要求する仕組みである。」と締めくくっている。
7月31日の 朝日歌壇に
九条を変える政治家選ぶのも戦に行くのも死ぬのも若者
という中井周防の 歌が載っていた。 千香子
昨日のブログは 蜜豆の句 でしたが、アイスクリームと餡と白玉を足して白玉クリームあんみつ。
勝手ですが、私はこれが甘味の王様だと思っています。もちもちの白玉はできたてが最高です。
いびつな丸とはどういうことでしょう。「訳を問う」という下五が思わせぶりで「問ふ」としてもいいですね。
能登さん: この後の会話まで思ってしまう。
千香子さん: 玉というから丸いと思っていたら、世の中には言葉と実態が違うものがあるようです。 しっかりと見極めないと。
泉さん: いかにも手作りの感じがする。
遅足さんもとられています。
須美さんからは
【白玉を作る時 綺麗なまん丸になる事もあれば歪になることもあります。どうしてでしょうか?心の乱れ?】と添えられていました。
グラス揺れ氷からりや梅ジュース 竹葉
須美さん: 氷からりやが好き。梅ジュースの冷たさが伝わる。
泉さん: 涼しさが音とともに伝わってくる。
私もまったく同じ理由でいただきました。「グラス揺れ」がすこし説明になってしまったかもしれませんね。
【今年の梅ジュースに氷入れて夫に手渡す時の音が何とも涼やかですきで、それを句にしました】と竹葉さん。
とれた梅で毎年ジュースを作り、ご夫婦仲良く夏バテ予防をしていらっしゃることが伝わりました。
酷暑に水害、コロナ、不穏な世界情勢・・連日驚愕のニュースが飛び込んできますが
日々の暮らしは、地に足つけて やるべきことをやれるようにやるということでしょうか。
今日も一日、無事に過ごしたいものです。 郁子
猛暑お見舞い申し上げます。耐え難い暑さとコロナに大雨と心がリラックスすることがないようです。
喫茶店でのたわいもないおしゃべりもなかなか出来なくなってしまいました。
佐保子さんのこの句は、懐かしい昭和の雰囲気の喫茶店での一コマでしょうか?
色とりどりのフルーツに赤えんどう豆、寒天、白玉などが、冷えたちょっと分厚いガラスの器に盛って出てくる。こうやって書いているだけで食べたくなります。和風デザートの夏の定番ですね。
千香子さん:古風が、蜜豆とよく合っている感じです。
亜子さん:切子細工か、何か装飾が施された硝子の器。お店自体もどこか古風な感じがする。そこで出されるのは「蜜豆」がよく似合う。昭和の懐かしさに誘われる。
「蜜豆来(みつまめく)」という表現が面白いと思いました。俳句の世界では「~来(く)」という言い方があるようです。国語科の佐保子先生、これは「来る」の文語形ということでよかったでしょうか?
それにしてもマスクなしで蜜豆食べながらおしゃべりできる日は来るのでしょうか?うちの大阪の兄はコロナに感染し一家全滅。かなりしんどかったらしくただの風邪ではないと言っていました。
なんとかこの夏を乗り切りましょう。麗子