「大当たり! 歴史時代小説の帯にひかれて買った。
新潮文庫 大反響 ≪長屋シリーズ≫
好評の人情時代小説アンソロジー
第二弾 『世話焼き長屋』
アンソロジーって(傑作集)のことnandane 。
第一弾は『親不孝長屋』
第三弾 『たそがれ長屋』
池波正太郎ほか5人が、老いてこそわかる人生の味を描きます。
『世話焼き長屋』におさめられた
乙川優三郎 『小田原鰹』おだわらかつお を読んだ。
裏長屋の住人、鹿蔵(しかぞう)は、
串けずりの内職をしている。
「自分を崇(あが)め、誰にも劣らぬ人間と思い込むことによって恐れに近い劣等感からその身を守っている」鹿蔵。
世間に悪態をつき、エゴイストで家庭では暴力三昧の鹿蔵にたいし、息子の政吉、それに妻おつねがどのような行動に出たか、ここで書くわけにはいかない。
思わぬ展開を見せたものがたりの後半、(世話焼き長屋 P168)
”さらに数年が過ぎた初夏のこと、一足遅れて市中に初鰹(はつがつお)が出回るころになって、鹿
蔵は久し振りに大川を渡り、深川の宮ケ岡八幡宮へ参拝した。”
← 名瀬・朝仁(あさに)千年松と蘇鉄(そてつ)
”参道をは挟んで正面に小高い塚があり、紋所の三蓋松(さんがいまつ)のような松と蘇鉄(そてつ)が数本、肩を並べている。
松に劣らぬ背丈からして、かなり昔からあるのだろうが、はじめて見るような
気がして飽きなかった。
「ねえさん、あの本は何て言うんだね」
しばらくして鹿蔵は茶店の小女に訊(たず)ねた。
「ああ、そてつですか」
と女は愛嬌(あいきょう)のある笑顔で応えた。
← 名瀬赤崎公園 そてつ雄株(おかぶ)
「そてつ? 花は咲くのかい」
「はい、滅多に見られませんけど、たしか夏にあのてっぺんのあたりに……」
「へえ、咲くのかい……一度、どんな花か見てみてえもんだな」
鹿蔵は心の底からそう思った。むかしは花を賞でるどころか、おつねが花をもとめ
てくると、さんざん厭味を言って捨てさせた自分が恨めしかった。”
作者はここに、どうして蘇鉄(そてつ)の花の場面をとりいれたのか
蘇鉄はストーリーの展開上不可欠なものでもないとおもわれるのだが。
ものがたりはこのあと最後の展開をみせる。
だが、読者は、蘇鉄に気をとれれているうちに(それだけのせいではないのだが)最後の結末を、
鹿蔵におくれて気づかされることになり、あっけにとられるだろう。
←めかぶから新芽 3月ごろ
「作者の完璧なまでの人間洞察が冴え渡る」とともに
洗練された筆の運びに脱帽した。
当時、江戸の人間は鰹(かつお)は鎌倉からやってくると信じ込んでいた。
初鰹(はつがつお)は小田原から運ばれてきたのだった。