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内容(「BOOK」データベースより)
重症のガンに冒され、死の淵に立つ妻!―生と死の深淵を見据えつつ、女とは、男とは、夫婦とは、人生とは何か、名誉とは、孤独とは、祖国とは何かを根源から思索する、自死の予感をも孕む、感動的作品。
登録情報
単行本: 245ページ
出版社: 飛鳥新社 (2008/07)
========図書館のコンピュータの著者検索で思いがけず見つけた、掘り出し本です。著者とタイトルも意外でしたが、手にした瞬間から表紙の美しさも予想外でした。装幀 芦澤 泰偉とあります。
西部 邁が嫌いな人でも、この本には、そうケチはつけられないのではなかろうか。
表紙に描かれた奄美ではあり得ない風景。著者の故郷、北海道でもありえないといえばありえない。いかに一村でも奄美ではこのような風景は描けまい。本書の内容をよく表していて意味深長でもある。
しかし日本の辺境という点では北海道と奄美は共通している。各章の読後にもう一度、表紙の絵を見返して、一村の絵(人生)との共通点を見出そうとした。が、果たして。(書きたいことがいっぱいあったのですが、あとが長いのであとは端折ります)
重症のガンに冒され、死の淵に立つ妻(本書ではM)が病室でブルックナーの交響曲第8番を聴いていますP223
アントン・ブルックナーの交響曲第8番ハ短調は、ブルックナーの交響曲のみならず、古今の交響曲における最高傑作に挙げられることもある[要出典]名作である。演奏時間にして80分を越す長大な曲であり、後期ロマン派音楽の代表作に挙げられる wikipedia より
ブルックナーのあとで滑稽のきわみとしりつつも著者は「月の砂漠」をくちずさみます。P235
4 ひろい砂漠を ひとすじに
二人はどこへ いくのでしょう
おぼろにけぶる 月の夜を
対のらくだは とぼとぼと
砂丘を越えて 行きました
だまって越えて 行きました
の後半部分です。
それを聴いた(妻)Mが言います。
「その砂丘というのは死のことで、だからその浪漫は、死出の旅路を歌ったものよ、昔の童謡には怖いところがあるわね」
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そこで奄美のポピュラーな島唄 「行きゅんなかな」↑ を思い出した。
昔の大人たちは生の感覚と死の感覚が表裏一体であることを子孫に伝えるべく、言葉を紡ぎ音楽を奏でていたのです。その知恵をM(本書では妻のこと)と僕は死の間際において学んでいるということなのでしょう。P226
妻と僕―寓話と化す我らの死 価格:¥ 1,785(税込) 発売日:2008-07 |
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思想放談 |
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