カフェテラス

テラスの片隅で一人心に呟くように

道の駅 親不知ピアパーク

2011年05月17日 | △ 旅 あれこれ ドライブ

親不知ICで降りて「道の駅親不知ピアパーク」に立ち寄った。
「北アルプスから飛騨山脈の北端が日本海に没する断崖絶壁と海浜が織りなす雄大な自然景観を望むことが出来ます」とパンフレットに書かれていたが、あいにくの小雨で、遠望が効かず、自分の立っている所がそのような地理的環境の上にあるのか実感が湧かなかった。

    

「天下の険 親不知子不知」海岸にある道の駅は、時間的に早すぎて店舗は開いてなかったが、海辺にはブロンズ製の巨大海亀像「ミリオン」がでんと迎えてくれたのが印象的だった。
浜辺に打ち寄せる白波が砕ける様子も、冬の日本海と違って優しい旅情を添える。
投げ岩と名づけられた岩にも何か謂れがあるのだろう。



親亀の両脇に小亀がいて可愛い。
しかしこの亀たちはどうして陸の方を向いているのだろう。
道の駅に訪れる人を、迎えるサービスかしらと、作者の考えも調べずに独りよがりな私の想像である。



親亀の近くに行くと、目玉に中に今にも羽ばたいて飛び立とうとするかのような小鳥が、これもブロンズで作ってある。



道の駅の屋根にお皿に載ったお魚がいる。
この道の駅のユルキャラかしらと思って、調べてみたが分からなかった。
調べついでに「親不知・子不知」の地名の由来を見たら次の2つの説があった。


北陸道最大の難所で、断崖絶壁と荒波が旅人の行く手を阻み、波打ち際を駆け抜ける際に親は子を忘れ、子は親を顧みる暇がなかったことから親知らず・子知らずと呼ばれるようになった。
平清盛の弟、頼盛の夫人が夫の後を慕って親不知を通りかかった折、2才の愛児をふところから取り落とし、波にさらわれてしまった際に悲しみのあまり詠んだ「親知らず 子はこの浦の波まくら 越路の磯の あわと消えゆく」という歌が由来になった。

短い時間の見学を終えて、バスに乗った窓の外の高速道路の橋脚にはめ込まれた、この道の駅の名前のあるのを知った。

昔12時間あまり動かない列車の中で、左は雪の壁が突っ立つ山、右は水平線さえ見えない土色の怒涛の打ち寄せる怒れる海が、今こんなに穏やかな、仲間たちと旅する春の海であるのが、どちらも日本海の自然なのだと今更のように大きな感動として眺めながら、帰郷へとスムーズにバスは走る。


6日間旅のお付き合いありがとうございました。
コメント (2)
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