カフェテラス

テラスの片隅で一人心に呟くように

広橋梅林

2016年02月23日 | ☆ ふるさと・大和

 

 

下市町の広橋梅林は、奈良県の梅林・月ヶ瀬・賀名生・広橋と3大梅林に数えられています。

広橋峠の北側斜面、約25ヘクタールにわたって約5,000本の梅が植栽されています。

 

 

トンネルを越えて旧道から広橋に入って行きました。

まず目に入ったのは紅梅の開花した美しい枝ぶりです。

白梅の開花はまだで、あまり目立ちません。

 

ピンクの花が谷へ向けて枝を伸ばしています。

 

薄いピンクの枝垂れ梅が農家の庭先近くに満開近くになっています。

 

広橋梅林の旗が少し強い風にはためいていました。

この辺りの花はまだ3分咲きくらいでしょう。

紅梅の花が赤いカーテンのように重なって咲いています。

そのずっと後ろの方の、薄い色の山は金剛山で、右の方の山は葛城山です。

曇っていたのが残念ですが、とにかく紅梅の満開に出会えたことは、今日の観梅は良しとしましょう。

 

紅梅の並木のようで、これ以上上の方に行くのには膝が悲鳴を上げそうなので、この辺りから引き返しました。

  

紅梅でも濃いものあり、薄いものあり、それが美しく混じっています。

 

旧国道の見える所まで下りてきました。

道路の向こうは広橋峠の頂上で、統合になるまではこの建物は広橋小学校でした。

  

二宮金次郎さんの像が校舎の前にありました。

昔は、どこの小学校にもあったものだと、懐かしく思い乍ら、山をくだりました。

梅林全体の満開は3月に入ってからになるでしょうね。

 

 

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醸造の香りに生きる町 湯浅町

2016年02月21日 | △ 旅 あれこれ ドライブ

 

 近世の湯浅は、藩内有数の商工業都市として発展しました。漁業や漁網製造なども盛んで、近海から遠く九州や、関東、北海道まで漁場を開拓していますが、、最も特徴的なものは、鎌倉時代に伝来した金山寺味噌の製造過程から生まれたと言われる醤油醸造です。

以上は頂いたパンフレットの、紀州湯浅の沿革から抜粋して掲載しました。

 

 

浜町通りの角長の「醤油資料館」の見学が自由で、解放されていたので見学して、カメラに頂いてきました。 

 

 

 

 

 

 

  

醤油醸造の歴史的な道具など往時をしのびながら、製造に携わる多くの職人の動きが、道具を通して想像することのできるものも多く合って興味深く見学できました。

 

 

北町通りの 太田久助吟製

建築年代は江戸末期ごろで、元は醤油製造家でしたが、現在は金山寺味噌のみを製造販売しています。

   

昔のままの店の間で、当主の奥様からいろいろお話を聴きました。

この町に立ち寄ったのは、金山寺味噌を求めたかったので、早速購入してきました。

 店の中には金山寺味噌のいい香りが漂っています。

炊き立てのご飯に載せて、頂く金山寺味噌はほかのおかずがいらないほど美味しいものです。

   

亡くなった実家の父がこの金山寺味噌が好きで、こちらへ来た時には、どこかでお土産に買ってきたものでした。

子供の頃はそんなに好きでなかったのですが、歳を重ねた今は大好物になっています。 

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紀州路 湯浅町歩き

2016年02月20日 | △ 旅 あれこれ ドライブ

 

 

 湯浅の町並みに入って暫く、駐車場を探しながらゆっくり走っていますと、『角長p』というお知らせ看板が目に入って

楽に車を停めることができました。

大八車に懐かしい感じの醤油樽が、この町の象徴のように、何気なく置かれている小さい小屋もまちのPRなのかしらと、先ず1枚ゲットです。

  

北恵比寿神社

町並の方に歩きかけると、小さい神社が目につきました。

この神社は町並みの方に向かって建っていますが、埋め立て以前は浜に面して建っていたそうです。境内の石燈籠が、文政6年(1823)に寄進されており本殿も細部様式からその頃の建立と考えられます。「湯浅町湯浅伝統的建造物群保存地区」パンフレットより 

 

その伝統的建造物群保存地区の一部、浜町通りを散策しました。

板張りと切子格子の表通りは、私の大好きな光景です。

格子に飾り付けてあるのは、お米を蒸す蒸篭(せいろ)で、その中には、その家にある飾り物です。

 

 

 

 

 

 

角長・天保12年(1841年)創業の全国初の醤油醸造の店舗の部。

 

 

蒸篭ミュージアム 

 

出格子に蒸篭ミュージアム

 

 

格子の前の犬走に置かれているのは、石うすと木の臼じゃないかと思われます。

もっと下に焦点を決めればよかったと今思っています。 

 

 

 

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海南駅の雛飾り

2016年02月19日 | △ 旅 あれこれ ドライブ

  

「今日は暦の上では雨水(うすい)です」とテレビの気象情報の時に朝から何度か聞きました。

雨水から雪が雨に変わり、春に向かっていくので、
 農作業の準備などが始まります。

この時期から、草木も芽吹き、雪解け水が川に流れ始めます。

じつは、水は命の源であるとされ、母と考えられていたんです。

生命の源である、水の神にあやかって、雨水にひな人形を飾ると良縁に恵まれる、と昔から言われていたそうです。

「そうです」といいますのは、私の幼い頃は雛飾りの組み立てをしてくれたのは、父だったので、休日である日曜日にしかお雛様を組立てられなかったので、「雨水」の頃を選んでいたのではなかったようです。

もう何年か前のこと、列車を乗り継いで海南駅の雛飾りを一人で見に行ったことがありました。

今年はこちら方面に来る用のあった人の車に便乗させてもらって、一足早い華やかな雛飾りに会うことができました。

 

 

 

 

 

  

上の表紙部分の楕円形の内裏雛を中心とした、見事な段飾り駅の改札前の広場に飾ってありました。

 

 

 

 

左右両側から撮影しました。

 

大雛段のほかに、駅に構内には様々な雛飾りがありました。

 

ユニークな棕櫚の木の葉の雛です。たわしの雛。箒の雛を創るアイディアが面白いです。

多分これらの産地でもあるのでしょう。

 

華麗な紀州手毬です。一針一針手作りの見事さに見入ってしまいました。


「鞠と殿さま」
 西條八十作詞・中山晋平作曲
 
 てんてん手鞠 てん手鞠
てんてん手鞠の 手がそれて
 どこから どこまでとんでった
垣根をこえて 屋根こえて
 おもての通りへ とんでった とんでった

 おもての行列 なんじゃいな
紀州(きしゅう)の殿さま お国入り
金紋(きんもん) 先箱(さきばこ) 供(とも)ぞろい
 お駕籠(かご)のそばには ひげやっこ
毛槍(けやり)をふりふり やっこらさのやっこらさ

 てんてん手鞠は てんころり
 はずんでおかごの 屋根のうえ
「もしもし 紀州のお殿さま
 あなたのお国の みかん山
わたしに 見させて下さいな 下さいな」

お駕籠はゆきます 東海道(とうかいどう)
東海道は 松並木(まつなみき)
とまり とまりで 日がくれて
一年たっても 戻(もど)りゃせぬ
三年たっても 戻りゃせぬ 戻りゃせぬ

 てんてん手鞠は 殿さまに
 だかれて はるばる 旅をして
紀州はよい国 日のひかり
山のみかんに なったげな
赤いみかんに なったげな なったげな

誰に習ったというでもなく、こんな童謡を歌って手毬つきをしたことがあったのを思い出します。

 

          

これらの雛飾りは、売店や休憩の場所に飾ってあり、列車を待つ間や、車で雛飾りを見に来た旅人を

心温かく迎えてくれているようで、以前来た時は、町の雛飾りを見て町歩きをしたので、今回初めての雛飾りも見ることができ

暫く続いた寒さや、急な気温の変化でやや憂鬱だった気分が、お雛様との出会いで華やいだことは確かでした。

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粉河寺 中門の四天王

2016年02月18日 | ちょっとおでかけ

 

 

 

 

 

中門(重要文化財) 

 

 

  入母屋造、本瓦葺きの楼門

左右の間に四天王像が安置されています。

棟札によれば明和(1764 - 1772年)頃から長い年月をかけて天保3年(1832年)に完成した。

「風猛山」の扁額は紀州十代藩主徳川治宝の筆。ウィキペディアより

  

 

 

 

 

 

  

仏法を守護する持国天・増長天・広目天・多聞天で粉河寺の四方を護っているのでしょう。

粉河寺では沢山の写真を撮ったのですが、今回のブログアップは、大門と中門の門を護る守護像にしました。

本堂前にひろがる桃山時代の枯山水庭園は見事でしたが、今度の機会にしたいと思います。 

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