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   ある日のできごと、心の呟き、よしなしごとetc

山陰への旅(その6:松江)

2012年12月26日 | 
山陰の小京都松江を訪れるのは何十年ぶりでしょう。



大手前発着場から小さなお船(定員13名)に乗って、堀川めぐりを楽しみました。



所要時間は50分です。

堀川遊覧船冬の風物詩「こたつ船」です  

  
 
          

                   

狭いところも上手に通過!!  

カラコロ工房  

低い橋を通過する時はみんなこのように頭を低くします  

通過した橋  

期間:平成24年11月10日(土)~平成25年4月10日(水)

 寒い時期ですが足元はポカポカ...冬ならではの趣を感じる事のできる堀川遊覧を、こたつ船で是非お楽しみください。

「だんだん」

松江城を囲む堀は一部、築城(1611年)と同時に造られ、今もそのままの姿を残しています。
このように城と堀が当時のまま現存する城下町は全国でも珍しく、この堀を小舟でめぐる「堀川めぐり」の醍醐味は、舟に揺られながら見る松江城下の懐かしい日本の風景、築城400年の時を越えその姿をいまだに残す森の自然や堀の美しさを四季を通じて楽しめることです。
 川面を渡る風は時を忘れさせ水辺の鳥たちは訪れるものの心を和ませてくれます。
堀川には16もの個性ある橋がかかっていて、その内4つは、橋げたが低く舟の屋根を下げて通ります。

※堀川めぐり



松江城  





小泉八雲旧居【こいずみやくもきゅうきょ】
 「知られざる日本の面影」など数々の作品で日本を紹介し、日本の理解者だった小泉八雲ことラフカディオ・ハーンが、明治24年(1891)5月から11月までの6カ月間、夫人とすごした家です。
 ハーンは明治23年(1890)8月、島根県尋常中学校の教師として赴任し、わずか1年3カ月後に熊本の第五高等学校へ転任しましたが、松江在住中に小泉セツと結婚し、出雲の地に日本の伝統文化を見出して、持ちまえの探求心から日本の伝統文化の研究にとり組みました。その著作の多くはこの家で書かれ、あるいはヒントを得たものでした。
 旧居は平屋建瓦ぶきの日本家屋で、今から約200年前の享保年間禄高500石未満の士族の屋敷として建てられたものです。  ハーンは三方に庭が見える左側の3室を主に使っていました。部屋の置物や庭木などは持主の根岸家の努力で当時のまま保存されています。









塩見縄手【しおみなわて】
 武家屋敷の前にひろがる通りは塩見縄手と呼ばれ、初代出雲藩主堀尾吉晴が1607年(慶長12年)から1611年にかけて松江城築城の際に、城地の亀田山と北側の赤山の中間にあった宇賀山を掘削して、内堀とそれに並行する道路および侍屋敷を造成してできた城下町の通りです。
 城下町では、縄のようにひとすじにのびた道路のことを縄手といい、この塩見縄手には、200石から600石程度の中級武士の家中屋敷がならんでいました。なかでもこの武家屋敷に一時住んでいた塩見小兵衛が、のちに異例の栄進をしたため、それをたたえてこの通りを塩見縄手と呼ぶようになりました。
 この塩見縄手地区は昭和48年に松江市伝統美観保存地区に指定され、さらに昭和62年には建設省「日本の道100選」に選ばれています。

 








カラコロ工房【からころこうぼう】
 松江をこよなく愛した小泉八雲が、明治23年当時、木橋であった松江大橋を渡る「カラコロ」と響く下駄の音に深く心ひかれたことから名付けられたカラコロ工房。全国でも珍しく旧日本銀行を匠の名のもとにリニューアル。
 製販一体型の工房は、創る・見る・味わうを一堂に集めて、レトロ&モダンの洒落た雰囲気を醸し出す。
 多目的に利用できるガーデンテラス、ギャラリー、各種教室とアミューズメント要素いっぱいのゾーンを演出。



カラコロ工房の「びいどろ」で昼食をとりました。

境港産アジフライ定食でした。揚げたての2匹のアジは美味しかった~!

気に入った湯飲みが見つかったので、1個買い求めました。






今回の松江は曇天だったので、宍道湖に映える夕日が見られなかったのがちょっと残念。これはまた次回の楽しみに取っておくことにしましょう。

これにて山陰の旅のブログはお終いです。

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