迦陵頻伽──ことだまのこゑ

手猿樂師•嵐悳江が見た浮世を気ままに語る。

ごゑんきゃうげん4

2017-03-22 05:09:20 | 戯作
嵐昇菊(あらし しょうぎく)― それが、父までの代々が名乗っていた歌舞伎役者の芸名でした、と金澤あかりは続けた。 「もともとは、“緒室屋(おむろや)”という屋号を持つ、名門だったらしいのですが……」 金澤あかりの祖父の代で家運は傾きだして― 「父が五代目を継いだときにはすっかり零落していて、役も思うように付かなくなっていたそうです。それで父は芝居に対する意欲を失って……」 三十五歳の若さ . . . 本文を読む
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ごゑんきゃうげん3

2017-03-21 05:15:39 | 戯作
暴漢は中部地方出身の三十歳、「仕事を馘首(クビ)になりムシャクシャしてやった」と警察に話したと云うことを、僕はニュースで知った。 しかも、体内からは微量の大麻が検出されたとかで、僕は改めてゾッとさせられた。 知らなかったとはいえ、そんな危険すぎる男に、よくも立ち向ったものだ。 そして、あの若い女性警備員も……。 僕は、自分とたいして年齢(とし)の違わない男が、あのような事件を起こしたことに . . . 本文を読む
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ごゑんきゃうげん2

2017-03-20 05:17:10 | 戯作
驚いて振り返った僕は、慄然とした。 ついさっきまで寝そべっていたあの浮浪者風の男が、刃物を振り回して暴れていたのだ。 床には、年配の警備員が、血潮のなかに倒れていた。 悲鳴をあげて逃げ惑う客たち。 昼下がりのエントランスは、いっぺんに地獄風景と化した。 男は相変わらず獣のような咆哮をあげながら、今度は目の前にいる女性警備員に襲いかかろうとしていた。 危ない……! 僕はそう叫ぼう . . . 本文を読む
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ごゑんきゃうげん1

2017-03-19 08:33:48 | 戯作
いまの僕の楽しみは、自宅の最寄り駅のそばにオープンした大型ショッピングモールまで、散歩することだ。 だからといって、僕を暇人などと思われては困る。 僕の名前は近江章彦―大和絵を家業としていた公家、近江中納言家の末裔で、かつての家業をそのまま自分の職業にしている、“大和絵師”だ。 中学生のときに自分の“血筋”を強く意識するようになり、先祖の仕事は僕が受け継いで発展させる―! と心に誓って、は . . . 本文を読む
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火の用心

2016-12-26 06:22:03 | 戯作
師走の夜八時。 権堂太郎兵衛じいさんはほくそ笑みながら、居間の炬燵で晩酌をチビチビとやっていました。 「やっぱり、静かなのが一番じゃ……」 それは、今宵から夜回りを、廃止にさせたからです。 夜回りとは、 「火の用心」 チョンチョン、と拍子木を打って町内を巡回する、あれです。 権堂じいさんは日頃からあの「火の用心」チョンチョンを、町内の静かな夜を掻き乱す、騒音だと感じていました。 あ . . . 本文を読む
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圏外5

2016-11-24 05:30:09 | 戯作
そのだらしのない姿で酔い潰れているのは、中村うま助―広岡の役者人生にトドメを刺した、あの歌舞伎の大部屋役者だった。 約三年ぶりに思いもよらぬところで再会した仇敵は、大股開きに両足を投げ出し、天を仰いで口をあんぐりと開けたまま、高鼾をかいていた。 足元には、安っぽいビジネスバッグが転がっていた。 この野郎……! 広岡は腹の底から、ムラムラと怨みが込み上げてきた。 そして、仇敵の太平楽さに引 . . . 本文を読む
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圏外4

2016-11-23 09:15:04 | 戯作
こうして広岡和斗は、三十代に入ったばかりにして、俳優業から足を洗った。 その翌年には、かつての師匠だった嵐長太郎が、突発性肺炎であっけなく死去したと、新聞で知った。 どっちみち役者稼業とは、縁が切れる運命だったのかもしれない―広岡は、そう納得することにした。 なんであれ、表向きのきらびやかさとは裏腹に、人間が欲得づくで陰湿に蠢く芸能の世界は、もうこりごりだった。 しかし、社会人としてのスキ . . . 本文を読む
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圏外3

2016-11-22 06:57:58 | 戯作
こうして広岡は、「嵐長吉」という芸名をもらって、歌舞伎の大部屋に入った。 そして、女形になることを希望した。 それは、どうせ歌舞伎に入ったのならば、歌舞伎でしか出来ないことをやろう―そう思ったからだった。 広岡はもともと映像の俳優になりたかっただけに、容姿だけは優れていた。 その甘いマスクは、たちまち美貌の女形に化けた。 しかし広岡はたちまち、歌舞伎の大部屋の実態に唖然とし、失望し、自分 . . . 本文を読む
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圏外2

2016-11-21 13:17:44 | 戯作
広岡和斗は、関東最大手の私鉄「西急電鉄」の鉄道警備員となる前は、歌舞伎の大部屋に身をおく、女形役者だった。 もっとも、そんな前職を世間で口にしたところで、歌舞伎というおよそ現実離れした“特殊な”世界を理解できる一般人などいないので、広岡は単に「俳優志望でした」と言うに留めている。 もっともそれも、嘘ではない。 広岡はそもそも、TVや映画など、映像に出る俳優になりたかったのだ。 きっかけは、 . . . 本文を読む
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圏外1

2016-11-20 09:55:30 | 戯作
「きれいだねぇ」 “姫”は心底惚れ惚れしたような声で、その“女小姓”を見た。 そして、「ねぇ、そう思うだろ?」と、傍に控える“腰元たち”にも同意を求めた。 しかし“腰元たち”は、なぜ“姫”がその“女小姓”だけをいきなり褒めはじめたのか訳がわからず、ただ曖昧な微笑を浮かべるばかりだった。 すると“姫”はもう一度、 「お前さん、本当にきれいだよ」 と、その“女小姓”に目を細めた。 二度 . . . 本文を読む
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偲姿―おもかげ―最終回

2012-06-19 23:41:34 | 戯作
ここまでずっと失敗談ばかり聞かされて、いい加減イヤになってきたでしょ? はっはっは。 だから、初めに言ったじゃないですか。 …はい? ああ、福間美鈴さんですか? いまでもお友達ですよ。 彼女は現在(いま)では、一人前のスタイリストとして、東京で立派に仕事をしています。 では、ですね。 これまでずっと“残念な”お話しばかりしてきましたから、最後にこんなエピソードを付け加えて、お仕舞い . . . 本文を読む
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偲姿―おもかげ―14

2012-06-18 23:55:50 | 戯作
「この仕事、私はとても好きなんですけど、たぶん素質がないんでしょうかね…。教わった技術がなかなかその通りに出来なくて…。先輩は焦らなくていいよ、って言ってくれるんですけど、まるで応えられない自分が悔しくて…」 福間美鈴さんはコーヒーカップを見つめたまま、下唇を噛みました。 「それで、いつもお店が終わった後に、外でカットモデルになってくれそうな人を探しているんですけど、私見るからに下手くそに見え . . . 本文を読む
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偲姿―おもかげ―13

2012-06-17 23:47:42 | 戯作
「おどり、と云うとダンスとか…?」 「いえ日舞…、日本舞踊、ですね…」 「ああ…」 福間美鈴さんは、スゴイ…、という目でわたしを見ました。「和モノのほうなんですね」 わたしは、女優を目指しているはずなのに、それを堂々と人前で言えない自分が、情けなくなってきました。 しかしわたしは、この日事務所を解雇されて、女優志望であることを公けに示すものは、もはや何も持ってはいないのです…。 . . . 本文を読む
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偲姿―おもかげ―12

2012-06-16 23:37:52 | 戯作
カットをしている時の彼女の目は、真剣そのものでした。 声を掛けられないくらいに。 でも、とても素敵な目でした。 そして髪を扱う手つきは、とてもインターンとは思えないほど、鮮やかなものでした。 美容師に髪を触られて、初めて「心地好い」と感じました。 一時間後、彼女はわたしの希望通り、一時間前とは全く違う高島陽也を、鏡に映し出しました。 「いかがでしょうか…?」 彼女は鏡越しにで . . . 本文を読む
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偲姿―おもかげ―11

2012-06-15 23:13:06 | 戯作
「……!」 わたしはゾッとして、慌てて柵の内側に身を引きました。 そして、声を掛けてくれた人を振り返りました。 それは、わたしと同い年くらいの女性でした。 もしこの女性が声を掛けてくれなかったら、わたしは既にこの世にいないはずの人に誘われるまま、眼下の高速道路へと、転落していたことでしょう。 「あの…、どうなされたんですか?」 その女性は、わたしが何をしようとしていたのかを承知 . . . 本文を読む
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