(6日、ドイツの与党・キリスト教民主同盟(CDU)の党首選挙でメルケル首相は89.5%の得票率でCDU党首に再選されて、党の首相候補として2017年の議会選挙に臨みます。【12月8日 新華網】)
【EU懐疑派の極右・ポピュリズムが拡大する欧州】
1週間前の4日に行われたオーストリア大統領選挙(やり直し選挙)とイタリアの憲法改正国民投票は、周知のように、オーストリアではかろうじて極右候補の大統領就任を阻止する形にはなったものの、イタリアでは予想されたように政府提案は否決され、レンツィ首相は辞任に追い込まれています。
いずれの選挙も、既存支持を批判する極右勢力やいわゆるポピュリズムの欧州における拡大、反EU世論の拡大を示しており、今後EUはますます強い逆風にさらされそうです。
****ポピュリズム、欧州を覆うか=仏独選挙に影響も―伊国民投票否決、分断の民意揺れる****
イタリアで4日、憲法改正の是非を問う国民投票が否決され、欧州連合(EU)に懐疑的な立場を取る野党は勢いを増している。
政権を選択する選挙を来年に控えるフランスやドイツでも、既存政治と対決する勢力が台頭。英国のEU離脱決定や米大統領選でのトランプ氏勝利で勢いを増すポピュリズムの波が、このまま欧州を覆うのか。各国で警戒が広がる。
◇EU懐疑派に勢い?
「国民の勝利だ。われわれは政権を担う用意があり、速やかに総選挙を行うべきだ」。EUに懐疑的な立場を取るイタリアの右派野党・北部同盟のサルビーニ書記長は、国民投票の結果を受けてこう訴えた。
北部同盟や新興野党「五つ星運動」などは、EUが強いる緊縮財政からの脱却を主張し、閉息感に包まれた国民の間で支持を広げている。国民投票の争点となった上院の権限を大幅に縮小する改憲には「政権の独裁を招く」と反対。
とにかく現状を変えたいと願う有権者に、現政権の強化に手を貸す余裕はなく、レンツィ首相は辞任に追い込まれた。
これら野党が目指すのは、欧州単一通貨ユーロ離脱の是非を問う国民投票実施だ。そのためには、次の総選挙で政権を奪う必要がある。今回の改憲をめぐる国民投票で示された勢いを取り込めば、あり得るシナリオにも見える。
しかし、ローマに住む自営業の50代男性アントーニオさんは「EUから離脱すれば、国防などの面でマイナスが大きい」と話し、「反EU」機運の高まりに懸念を隠さない。国民投票賛否で分断された民意は揺れており、先行きは不透明だ。
◇オランダが試金石
来年4〜5月に大統領選を実施するフランスでは、移民排斥に加え、英国に続くEU離脱を掲げる極右政党・国民戦線(FN)のルペン党首が、決選投票進出をうかがう。
イタリア国民投票での反対派勝利は、FNにとっても追い風。ツイッターに「国民が首相とEUを否定した」と書き込み、祝福のメッセージを寄せた。
欧州最多の難民を受け入れるドイツでは、厳しい難民政策を求める新興政党「ドイツのための選択肢(AfD)」が、来年秋の連邦議会(下院)選での議席獲得をほぼ確実にしている。難民の急増やグローバル化に不安を抱く庶民の声を代弁し、主要政党の一角を占めかねない勢いだ。
こうした中、2017年の欧州を占う試金石となるのが、3月のオランダ総選挙だ。極右・自由党のウィルダース党首は、トランプ旋風の欧州上陸が「オーストリアで証明される」と予言していた。
4日のオーストリア大統領選決選投票で極右候補は敗れたが、同選挙で2大政党候補は第1回投票で敗退しており、既成政党を否定する潮流自体が止まったわけではない。極右の勢いに欧州の民意がどういう回答を出すか、これまで以上に注目を集めそうだ。【12月5日 時事】
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上記記事にあるオランダ総選挙で台風の目となる極右政党・自由党のウィルダース党首は外国人差別の有罪判決を受けていますが、こういう形で世間の注目を集めることが、むしろ勢力拡大に寄与しているようにも見えます。
****極右党首発言に違法判断=人種憎悪、刑罰科さず―オランダ裁判所****
モロッコ系住民に対し人種的憎悪をあおる発言をしたとして、外国人差別などの罪に問われたオランダの極右政党、自由党のウィルダース党首(53)に対する判決言い渡しが9日、西部スキポールの裁判所で行われた。裁判所は発言を違法と判断したものの、刑罰は科さなかった。
判決によると、ウィルダース氏は2014年の地方選での集会で「オランダでモロッコ人を増やしたいか、減らしたいか」と質問。聴衆が「もっと減らせ」と叫ぶと、同氏は「われわれがそれを実行しよう」と発言した。
判決は「発言は差別をあおるような内容だった」と認定し、差別発言に対し表現の自由は制限されるとの判断を示した。ウィルダース氏は出廷せず、ツイッターで「裁判官はわたしに違法を宣告した。狂っている」と怒りをあらわにし、上訴する可能性を示唆した。検察側は罰金5000ユーロ(約60万円)を求刑していた。【12月9日 時事】
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11月27日に発表された世論調査結果によると、“現時点で下院選挙(定数150、比例代表制)が行われた場合、PVV(極右政党・自由党)が33議席を獲得して第1党に躍り出る。これに対してマルク・ルッテ首相率いる中道右派の自由民主党は現在の41議席から25議席まで減らし、第2党に転落する。”【11月29日 AFP】とのことです。
また、欧州に激震が走りそうです。
【首相4選を目指す「守護神」メルケル首相 対移民で強硬姿勢も】
こうした極右勢力の拡大・反EU世論の高まりという流れの中で、既存の枠組みを死守する守護神の役割を担っているのがドイツ・メルケル首相です。
かつては盤石の支持を誇ったメルケル首相も、ドイツ国内へ流入する難民の急増に対する批判的な世論からその責任を問われ、かつての勢いは失っています。
まあ、それでも6日の党大会で9選を果たし、来年秋の連邦議会(下院)選挙に党の首相候補として臨み、首相4選を目指すことになっています。
****メルケル首相、党首9選=難民問題対処に決意―独与党****
・・・・メルケル氏の得票率は89.5%で、前回2年前の96.7%から下落した。首相は演説で、昨年の難民殺到を「繰り返してはならない」と強調。反難民の新興政党「ドイツのための選択肢」の台頭を招いたこの問題に今後も対処していく決意を示した。【12月7日 時事】
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難民問題への対応の一環として、移民の社会統合策の観点からイスラム教徒の女性の顔全体を覆うベール「ニカブ」の禁止を含む強硬姿勢を取る方針を示しています。
イスラム教徒女性に一般的なスカーフと異なり、「ニカブ」は忍者のように目だけを出して他を覆う服装で、顔はわかりません。
欧州ではこれまでにフランスとベルギーが公共の場でのブルカ着用を禁止。ブルガリア議会も9月に禁止法案を可決しており、今後施行される見通しです。
更に、オランダ下院も11月29日、「ブルカ」着用を含め、顔をベールやマスクで覆うことを限定的に禁止する法案を賛成多数で可決しています。上院を通過し、法案が成立すれば、国レベルでブルカ着用を禁止する欧州諸国として4例目になります。
メルケル首相の方針は、こうした流れに沿うものです。
****独首相、ニカブ禁止の方針表明 選挙戦視野に対移民で強硬姿勢****
ドイツのアンゲラ・メルケル首相(62)は6日、難民流入問題に付け入るポピュリズム(大衆迎合主義)を糾弾すると同時に、移民の社会統合策として、イスラム教徒の女性の顔全体を覆うベール「ニカブ」の禁止を含む強硬姿勢を取る方針を示した。4期目を目指す選挙戦に本腰を入れた格好だ。
自身が党首を務める中道右派政党・キリスト教民主同盟(CDU)の年次大会で演説したメルケル首相は、主要な同盟諸国で台頭するポピュリズムに対抗する戦略を提示し、昨年の記録的な難民流入を繰り返すことはないと約束した。
さらに、新たにドイツ入りした人々に社会統合を期待するのはもっともなことだと強調し、これにはニカブ着用拒否も含まれると言明。「顔全体を覆うベールは、法的に可能な場所すべてで禁止されなければいけない」と述べ、4期目を目指す努力への支援を要請した。
メルケル氏のこの呼び掛けに、会場ではスタンディングオベーションが11分間以上も継続。大会出席者1001人の大多数の支持を受け、メルケル氏は党首に再選された。
首相を11年務めてきたメルケル氏は先月、4期目を目指す意向を表明。一方で、過去のどの選挙に比べても「より厳しい」ものになるだろうと認めている。
メルケル氏が昨年9月、イスラム教徒が多数を占める国々で続く紛争から逃れた難民を受け入れる方針を提示して以来、欧州最大の経済大国であるドイツには深い亀裂が入り、自党内でさえも不満がくすぶっている。
また、英国の欧州連合(EU)離脱、米大統領選でのドナルド・トランプ氏の予想外の勝利、イタリア国民投票でポピュリズム政党に手痛い敗北を喫したマッテオ・レンツィ首相の辞意表明により激震が走る世界において、メルケル氏が新鮮味のある案を提示できるのかどうか疑問視する声もある。【12月7日 AFP】
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都市部ではトルコからの移民は町にあふれるドイツですが、ブルカ(アフガニスタンで見られる、目のところを網目にして全身をすっぽり覆う服装)や二カブが街で見られるようになったのは、ここ数年のことのようです。
「ニカブ」規制がドイツでは遅い理由として“ドイツでこうした動きが遅かった背景には、明確なホロコースト以降の経緯があります。「民族性」を根拠とする衣装や習俗を法で禁じるという考え方に、ドイツ各方面はいまもって強いアレルギーを持っています。”【12月9日 伊東 乾氏「爺だが乳幼児のトランプを諭すEUの母メルケル」 JB Press】とも。
なお、上記の伊東 乾氏は、今回のメルケル首相の提案は対イスラム強硬策というよりは、下記のような視点でとらえるべきとしています。
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メルケル首相の「ベール禁止令」は、チャードルやヒジャブなどのイスラム習俗を一切否定していないことに注目する必要があります。
ナチス・ドイツが進めたホロコースト政策への徹底的な反省、と言うよりはアレルギーに近い背景をもって、ドイツは決して「固有の民族伝統」を禁圧しようとしてはいないことを、同時に強くアピールしていることに注意するべきでしょう。(中略)
ブルカや二カブの着用「禁止」とは、それを身につけたい女性の主体性を禁じる、ということではなく「女性に自分の顔を隠すように強要するマッチョな古代イスラム男権社会」への明確なノーがあることを指摘しておくべきでしょう。
分かりやすく書くなら「女性解放の政策」として、「女の顔を隠させる、いかなる性的不均衡の暴力にも、ドイツは、またEUは、断固抗議し、明確な反対行動を取っていく」という、旧東ドイツ出身の物理学者であるアンゲラ・メルケル首相の、極めて原則的なリベラリズムをここに見出さねばなりません。【同上】
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これまでも再三書いてきたように、個人的にも、顔かくす「ブルカ」「ニカブ」は、個人間のコミュニケーションを基本とする市民社会の理念にそぐわない感が強く、この規制には賛成です。
(ヒジャブなどのスカーフや、夏に話題となった「ブルキニ」などは一切問題ないと考えますが)
【国民感情を刺激する難民による犯罪】
メルケル首相が党大会に臨んだ直前には、難民によるショッキングな犯罪が話題となり、その影響も懸念されました。
****女子医学生殺害容疑でアフガニスタン人少年を逮捕、ドイツ****
ドイツの警察と検察当局は3日、19歳の女子医学生をレイプし殺害した容疑で、難民申請中のアフガニスタン人少年(17)を逮捕したと発表した。
ドイツ南西部フライブルク当局は記者会見で、このアフガニスタン人少年のDNAが犯行現場で発見され、防犯カメラの映像でも人物が特定されたため、この少年は2日に逮捕されたと発表した。
容疑者の少年は事件について捜査当局に対し何も話していないという。少年は2015年に保護者を伴わずにドイツに入国し、ホストファミリーと共に暮らしていた。
被害者の女性は同市内を流れるドライザム川のほとりで今年10月16日に遺体となって発見された。検視によると死因は水死だったという。
被害者の女性は15日夜、学生のイベントに参加後に自転車で家路についたが、その数時間後に遺体で発見された。当局は被害者と容疑者間の個人的なつながりは発見されていないと述べた。
この事件はドイツで大きなニュースになった。その後11月10日にもフライブルクに近いエンディンゲンの森でジョギングをしていた27歳の女性が性的暴行を受けて殺害される事件が発生した。エンディンゲンの事件は未解決で、捜査当局は現在のところフライブルクの事件との間の関連を立証していない。
アフガニスタン人少年の逮捕はソーシャルメディアの炎上を招き、同国のアンゲラ・メルケル首相に対し「感謝する」と皮肉を言う人もみられた。
62歳のメルケル首相は来年4期目を目指しているが、難民・移民に門戸を開いた以前の政策で批判を浴び、現在は移民・難民の同国への流入に歯止めをかけようとしている。
ドイツで行われた難民申請は2015年には89万件に達したが、トルコから欧州連合(EU)域内への移民流入の抑制を目指してEUとトルコが合意した後の今年1~9月の期間では21万3000件に減少していた。
移民による凶悪犯罪が発生したことで、ドイツへの難民大量流入に対する国民の怒りの声が高まっている。【12月4日 AFP】
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被害者女性は欧州委員会高官の娘で、難民収容施設でボランティアとしても活動していたとも報じられています。
性犯罪は残念ながらドイツでも日本でも常時発生しており、その殆どは自国民による犯罪ですが、たまたま難民・外国人が犯人の場合、難民・外国人全体を否定するような反感を惹起します。
そうした国民の過度の反応を憂慮したドイツ公共放送が報道を控えたとして、批判を受けています。
****ドイツ公共放送、難民少年のレイプ殺人報道控え非難殺到*****
ドイツで女子医学生(19)をレイプして殺害した容疑で難民申請中のアフガニスタン人少年(17)が逮捕された事件について、反移民感情をあおるとの懸念から報道を控えたドイツ公共放送ARDに批判が殺到している。
ARDは3日、夜のニュース番組「ターゲスシャウ」でアフガン少年逮捕のニュースを報道しないことを決めたが、これについてインターネット上では膨大な批判が巻き起こった。
こうした批判に対しARDのカイ・グニフケニュース担当部長は、番組内の国内ニュースでは「個人による犯罪事件を報道することは非常にまれ」であり、「社会、国内、海外」の分野で適切と判断した出来事を主に扱っていると説明した。
しかしソーシャルメディア上では、「ポリティカル・コレクトネス(政治・社会的な公正さ)」の立場を維持したいとの思惑や、政府のリベラルな移民政策に否定的なイメージを与えるとの懸念から事件を故意に無視したとの番組批判は収まっていない。
ドイツのアンゲラ・メルケル首相は2015年におよそ90万人、16年にはさらに30万人の難民・移民を受け入れてきたが、これに関する評価は敬意と厳しい批判とに割れている。【12月8日 AFP】
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こうした犯罪やテロ行為は今後も起こることが予想され、それが国民世論の反難民・外国人感情を刺激することが考えられます。
EUや寛容な社会の「守護神」メルケル首相も難しい状況が当分続きそうです。