(南シナ海での演習に参加する中国の軍艦(2016年5月10日撮影、資料写真)。【12月17日 AFP】)
【「前代未聞」(トランプ氏) 「大げさに騒ぎ立てている」(中国側)】
「中国は米海軍の潜水機を国際水域で盗んだ。前代未聞の振る舞いだ」(トランプ次期大統領)という事件、一応、中国側が無人潜水機を返還し、早期決着を図る方向で話が進んでいるようです。
****【米無人潜水機奪取】米国防総省 「中国が返還同意」 トランプ氏は「前代未聞」と中国を非難 中国少将「南シナ海での米中衝突、激烈に」****
米国防総省のクック報道官は17日、中国が南シナ海で奪った米海軍の無人潜水機を、「返還することに同意した」と発表した。一方、次期米大統領のドナルド・トランプ氏はツイッターで「中国は米海軍の潜水機を公海で盗んだ。前例がない行為だ」と非難した。
クック氏は「南シナ海の公海で中国が違法に奪取したことに、異議を申し立ててきた。中国当局との直接のやりとりを通じ、中国は返還に同意した」と説明。返還の方法や時期については明らかにしなかった。
トランプ氏は「中国は前代未聞のやり方で奪った。彼らが盗んで返す無人潜水機など要らないと、中国に言うべきだ。中国が持っておけばいい」とツイッターに書き込み、中国とオバマ政権の対応を批判した。
一方、中国国防省は17日、「船舶の航行の安全を脅かすのを防ぐため、正体不明装置の識別調査を実施した」と無人潜水機の強奪を正当化する声明を発表。米側に潜水機を引き渡す方針を明らかにしつつも、米軍による南シナ海での偵察活動に「断固とした反対」を表明した。
中国側は奪った無人潜水機を通じ、自国の潜水艦に対する米軍の情報収集の実態を調査したとみられる。
2001年に南シナ海上空で両軍機が衝突、中国人パイロットが死亡し米軍機が中国の海南島に不時着した事件では、機体の返還合意まで2カ月近くを要した。今回は中国の一方的な行為で被害もないことから、潜水機を早期に返還しても国内外へのメンツは保たれると判断したもようだ。
官製メディア環球時報が運営するニュースサイトは18日、楊毅海軍少将の「トランプ氏の米大統領就任後は南シナ海での中米の衝突が、さらに激烈になるだろう」との談話を掲載した。【12月18日 産経】
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“盗んだ”中国側は、“中国国防省は17日声明を発表し、米海軍の無人潜水機を「適切な方法で」返還すると述べたが詳細については言及せず、「米国側がこの件について大げさに騒ぎ立てることは適切ではなく、問題の迅速な解決に役立たない」と述べた。”【12月18日 AFP】と、アメリカ政府が「大げさに騒ぎ立てている」と批判しています。
事件が起きたときの様子については、以下のように報じられています。
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米国防総省によると、潜水機が奪われたのはフィリピン北部のスービック湾から約50カイリ(約93キロ)北西の公海。
米海軍の海洋調査船「バウディッチ」が15日、水温や塩分濃度を調査するために沈めていた潜水機2機を回収しようとしたところ、中国海軍の艦船が約460メートルまで近づき、小型ボートを出して1機を奪取した。米の調査船は無線で返却を求めたが、中国艦船は無視して去ったという。
国防総省によると潜水機は商業用で、価格は1機約15万ドル(約1800万円)。機密情報の収集はしていなかったという。【12月18日 朝日】
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“中国側の直接的な動機は、水深の深い南シナ海で活動する中国の潜水艦に対処するため米軍が実施している海中調査について、その情報収集能力や内容に関するデータを得るためだとみられる。中国の軍事戦略上、米本土を狙う核ミサイルを搭載した潜水艦が同海域で探知されずに活動できることは極めて重要だ。”【12月17日 産経】とのことですが、“水温や塩分濃度を調査するための商業用機材”にどれほどの軍事的価値があるのかは知りません。
“(米国防総省報道部長)デービス氏は、探査機の作業は「機密とはほど遠い内容」と説明しているが、収集したデータは、米軍が「対潜水艦作戦を進める際に使う」と述べている”【12月17日 毎日】とも。
いずれにしても、アメリカのトランプ次期大統領が台湾の蔡英文総統と異例の電話会談を行うなど、これまで外交的“聖域”とされてきた「1つの中国」を“取引カード”とする動きを見せたことを受けて、中国軍は今月に入り南シナ海とその周辺で爆撃機を飛行させるなどの動きを見せており、今回の行動もそうしたアメリカ側を牽制する流れの中で起きています。
【“計算されたシグナル”か、“軍現場の想定外の行動”か?】
中国側の思惑、あるいは、どういうレベルで判断された行動だったのかはよくわかりませんが、中国側の“計算されたシグナル”との指摘もあります。
****【米無人潜水機奪取】中国、トランプ次期政権への警告か 米政権移行期の足下見透かし示威行為?****
南シナ海で中国海軍の潜水艦救難艦が米海軍の無人潜水機を奪取した事件は、米国の政権移行期を狙った露骨な示威行動であり、トランプ次期政権に向けた警告の意味合いがあるとの見方も出ている。
南シナ海ではこれまでも、中国軍機が米軍偵察機EP3に異常接近したり、米海軍のイージス巡洋艦が中国海軍の艦船に航行を妨害されるなどの事案が発生してきた。
今回の事件は、米海軍測量艦「バウディッチ」が無人潜水機の回収作業をしている目の前で潜水機を奪うという「実力行使」に出た点で、特異なケースだといえる。
オバマ政権はレームダック(死に体)状態にあり、南シナ海で中国が進める人工島の軍事拠点化を牽制(けんせい)することを目的とした、米軍の「航行の自由」作戦もこのところ実施されていない。中国は政権の足元を見透かしているようだ。
また、価格が15万ドル(約1800万円)という無人潜水機で情報を収集していたバウディッチは、米海軍所属ではあるものの、軍人ではなく文民が運用している。このため無人潜水機を奪っても、相手は敵対的な行動には出られない、と見越していたとみられる。
米シンクタンクのストラトフォーは、トランプ次期大統領が「一つの中国」政策に疑問を呈し、中国が反発していることから、「計画的な行動であり、台湾を承認すべきではないと米国に圧力をかける、計算されたシグナルだ」と分析している。
今回の事件はまた、水面下で米中海軍が、潜水艦をめぐり静かな攻防を繰り広げている実態を浮き彫りにした。
米太平洋軍は10月、南シナ海で中国の潜水艦を想定し探知、攻撃する演習を実施している。潜水艦救難艦が今回、姿を現したことは、中国・海南島の基地から展開しているとみられる潜水艦が、南シナ海の幅広い海域に潜んでいることを示すものだといえる。
無人潜水機が収集する海洋データは対潜水艦行動にも活用できるだけに、これを妨害する意図も中国側にはあったとみられる。【12月17日 産経】
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南シナ海の海中で繰り広げられる“潜水艦をめぐる静かな攻防”は興味深いところです。
それはともかく、上記のように“計算されたシグナル”という話であれば、ある意味、安心して冷静に見ていられる事態でもあります。
困るのは、今回行動が中国指導部も意図しなかった、現場の軍の独断だったケースです。
“ただ米側による事件の公表後12時間以上が経過しても中国側は公式の反応を示さず、慎重に対応を協議した様子もうかがえる。「米軍に遠慮する必要はないとの指示はあったが、軍の現場がここまで挑発的な行動に出るとは想定していなかったのでは」(中国軍事研究者)との見方もある。”【12月17日 産経】
中国の行動に関しては、党指導部が軍をコントロールしきれておらず、軍部の強硬派、あるいは現指導部へ揺さぶりをかけたい勢力が、指導部の“想定外”の行動に出て、指導部も仕方なくこれを追認する・・・というパターンがときどき見られます。
今回事件に関しては中国側も、早期返還でこれ以上問題が拡大しない方向を望んでいるようですが、“南シナ海における「航行の自由」を主張する米国は引き続き海洋調査を続けていく構え。これに対し、中国側は米国による海洋調査を「偵察活動だ」と反発しており、今後、同じような事案が起きる可能性がある。潜水機の返還が、南シナ海における両国の緊張状態の緩和につながるかどうかは不透明だ。”【12月18日 朝日】とも。
おそらく、トランプ政権になってしばらく(1~2年)は、こうした国内世論受けしそうな派手な打ち合いが続くと思われます。
その後は、実利重視のトランプ政権・中国の両者は“、「太平洋のハワイから東部を米国がとり、西部を中国がとるとことで合意できないか」(2008年に米側に示された中国軍高官の発言)の線で落ち着くのではないでしょうか”【12月4日ブログ“アメリカ・トランプ次期政権の対中国戦略 1~2年の派手な“打ち合い”の後は・・・・”http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20161204】と考えています。
しかし、上記のような中国指導部が想定していないような行動が現場で起きると、“派手な打ち合い”のシナリオから逸脱して、本格的な殴り合いにエスカレートする危険性もあります。
戦前日本における関東軍の事例を持ち出すまでもなく、トランプ政権、中国指導部が事態をコントロールしきれる保証はありません。