(モスルの家から避難する途中、迫撃砲の銃弾により負傷し、東モスルの救護所でけがの治療を受ける子どもたち。【国連UNHCR協会HP https://www.japanforunhcr.org/lp/iraq】)
【増加する犠牲者 困窮する住民生活】
イラク・モスルのISからの奪還作戦は10月17日から行われていますが、予想されたように激しい戦闘が続いています。11月15日報道では、“モスル東部の3分の1以上の解放に成功した”(イラク内務省報道官)とは言われていますが。
下記記事タイトルの“イラク軍兵士”というのは、正確には作戦に従事するイラク軍・警察の他、クルド人治安部隊やイスラム教シーア派民兵のメンバーらを含みます。
また、民間人犠牲者は900名ほどと見られています。
****モスル奪還作戦 イラク軍兵士の死者約2000人に****
過激派組織IS=イスラミックステートからイラク最大の拠点モスルの奪還を目指す軍事作戦がすすむ中、国連は、この1か月でイラク軍側の兵士およそ2000人が死亡したと発表し、戦闘などで多くの戦死者が出ている実態が明らかになりました。
イラク第2の都市モスルの奪還作戦を進めるイラク軍は先月初め、市内に進攻し、これまでに東部地域の3分の1を奪還しましたが、IS側も激しく抵抗し、一進一退の攻防が続いています。
イラクの復興支援などにあたる国連イラク支援ミッションは1日、ISとの戦闘や襲撃などで先月、国内で死亡したイラク軍やクルド人部隊などの兵士の数は、前の月の3倍近くに増え、1959人に達したと発表しました。
また、先月、戦闘やテロに巻き込まれて犠牲になった住民は、確認ができただけで900人余りに上るとしています。さらに、戦闘地域では住民の被害を完全に把握することができていないため、実際の犠牲者はもっと多いと見られるいうことです。
モスルの奪還作戦は今後、本格的な市街戦に移るものと見られていますが、兵士や住民の犠牲が増えれば、作戦に参加するさまざまな勢力の足並みの乱れやイラク軍に対する住民の反発が強まる可能性も出ています。【12月2日 NHK】
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まだ“本格的な市街戦”に入っていない段階ですから、犠牲者は今後更に増加します。
戦闘激化に伴い、住民生活も危機に瀕しています。
****50万人が水不足、ISISの妨害でさらに悪化****
イラク軍が過激派組織「イラク・シリア・イスラム国(ISIS)」に占拠されたイラク北部の要衝モスルの奪還作戦を続ける中、市内に取り残された住民約50万人への水道水の供給が断たれた状態であることが1日までにわかった。国連関係者がCNNに明らかにした。
3本ある主要な水道管のうち1本が破壊された。国連児童基金(ユニセフ)によれば、破壊された水道管はISISの占領地域にあり、修繕に向かうことは不可能だという。
モスル市当局によれば、ISISが水問題をさらに深刻化させている。
ISISはイラク軍が接近しつつある複数の地区に水を供給している給水所への電力を遮断したという。
当局者は「ISISはモスル東部から飲料水を奪っている。住民を自分たちとともに退却させ、人間の盾として使おうとしている」と語る。
ISISはモスルへの水や電力の供給をコントロールしている。イラクのテロ対策部隊の広報官はCNNに対し、「ISISが意のままに水の供給を遮断したり再開したりしているとの情報を得ている」と述べた。
モスルの住民がきれいな飲み水を入手できなくなって10日あまり経つ。一部地区では、2014年にISISがモスルを占領した際に共同で一時しのぎのための井戸を掘った。今回もその井戸に頼っているという。
住民によれば、井戸から水をくみ出すには、貴重な燃料を使って小さな自家発電機を動かさなければならない。水は濁っていることが多く、感染症の危険もある。何日も順番を待って、ようやく容器数杯分の水が得られる状態だという。【12月1日 CNN】
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モスルに現在どれほどの住民が残っているのか定かではありませんが、いずれにしても膨大な数の住民が残っており、今後の戦闘によって“難民”となることが予想され、その対応が急務となっています。
“人間の盾”として使われ、“難民”にすらなれない問題はもっと悲惨ですが。
****6万8000人が避難=モスル奪還作戦開始後―イラク****
国連人道問題調整事務所(OCHA)は22日、声明を出し、イラクで過激派組織「イスラム国」(IS)が支配する北部モスルの奪還作戦が始まった10月17日以降、「6万8550人が家から逃れ、人道支援を必要としている」と明らかにした。AFP通信が伝えた。
最大150万人が暮らすモスルの奪還作戦をめぐっては当初、作戦開始から数週間で数十万人規模の避難民が出る恐れがあるとみられていた。想定より少ない背景には、ISが住民を「人間の盾」として使うため、移動を厳しく制限しているという事情がある。【11月22日 時事】
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【IS後をにらんでうごめく各勢力】
併せて懸念されているのが、住民がモスルを脱出できたたとしても、その多くがスンニ派であり、IS協力者として虐待・拷問を受けるのではないか・・・という問題です。(これまでのスンニ派住民の地区が解放された際に実際にそういうことが起きていますので)
イラク政府もその懸念に配慮して、モスル中心部侵攻は正規軍を中心に行っており、スンニ派住民への虐待が特に懸念されるシーア派民兵は支援に回しているようです。
そのシーア派民兵はIS補給路を断った・・・とも報じられていますが、それに対しスンニ派トルコがシーア派勢力拡大を警戒する・・・といったように、宗派間・勢力間の争いもくすぶっています。
****<イラク>ISのモスル補給路を遮断 北部幹線道制圧****
イラク政府軍と連携するイスラム教シーア派主体の民兵組織「人民動員隊」は23日、過激派組織「イスラム国」(IS)の実効支配下にある北部タルアファル郊外の幹線道路を制圧した。中東の衛星テレビ局アルジャジーラが報じた。
幹線道路は政府軍によるIS掃討が進むモスルと隣国シリアを結ぶ主要路で、ISは主な退路と補給路を断たれた格好だ。(中略)
政府軍はモスルの東、南、北東の3方向から市街地に迫っており、人民動員隊がモスル西方の主要路を制圧したことでISへの包囲網が強固になった。
ただ、イラク北部でスンニ派や少数民族トルクメン人を支援する隣国トルコは、シーア派民兵によるタルアファル進軍に強く反対し、イラク政府との対立原因になっている。
タルアファルはトルクメン人が多数派を占め、宗派的にはシーア派とスンニ派が混在している。トルコが今後、スンニ派やトルクメン人の保護を名目に介入を強める可能性もある。【11月24日 毎日】
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トルコは、IS後のイラクにおける影響力拡大を狙っており、10月18日にはユルドゥルム首相が、有志連合に参加する形でモスル奪還作戦空爆にトルコ軍も参加したことを明らかにしています。
“首相は、今回の作戦でトルコへの脅威が生じた場合などには「必要なことを全て」行うと述べ、単独での報復攻撃も辞さない構えを見せた。”【10月18日 時事】
シーア派主体のイラク政府は、こうしたトルコの動きを主権侵害として強く警戒しています。
【奪還したモスルはスンニ派による統治? シーア派とクルド人による新たな分割統治?難民化した住民は?】
現在でも、上記のように宗派間・勢力間の陣取り合戦的な動きがくすぶっていますが、モスル奪還が実現するとこの問題は一気に表面化することも懸念されます。
まずは、奪還したモスルをどの勢力が実質統治するのか?
シーア派主体のイラク政府軍・警察か、住民の多数を占めるスンニ派の民兵組織か、奪還に参加したクルド人勢力は?
****<イラク副大統領>「モスル権限、スンニ派に」IS後で対立****
イラクのナジャフィ副大統領は16日、北部アルビルで毎日新聞の取材に応じ、北部モスルを過激派組織「イスラム国」(IS)から奪還した後、イスラム教スンニ派主体の地元民兵組織に治安権限を一部移譲すべきだとの考えを示した。
ナジャフィ氏はスンニ派の最有力指導者。シーア派のアバディ首相は警察主導で治安回復を図りたい考えで、「IS後」の支配権を巡る政府内の対立が浮き彫りになった。
ナジャフィ氏は2015年、対IS戦に備え、モスルを県都とするニナワ県のスンニ派部族を中心に民兵組織を創設した。数千人がトルコ軍の訓練を受け、「ニナワ警護隊」として10月に始まったモスル奪還作戦に参加している。
ナジャフィ氏は作戦を「軍、警察、異なる宗派や民族の部隊が対ISで団結している」と評価。その上で、モスル市内の作戦で「地元民を含むニナワ警護隊が軍と共に重要な役割を果たすべきだ」と述べた。またIS掃討後は「警察と一緒にニナワ警護隊が治安を担うべきだ。地元民の治安関与はアバディ首相の考えとも一致する」と述べた。
だがアバディ首相はモスル市内の作戦や戦後の治安は政府軍と連邦警察が担うべきだとの考えで、警護隊の関与を認めるか不透明だ。
スンニ派(国民の約2割)勢力が治安権限にこだわる背景には、中央政府を主導するシーア派(同約6割)への不信感がある。
ニナワ県ではスンニ派が多数派だが、03年のイラク戦争後、シーア派主導の軍・警察が住民を拘束・拷問する事件が頻発。14年のIS侵攻時に軍が無抵抗で逃亡したことも、シーア派への不信感に拍車をかけた。
ナジャフィ氏はニナワ警護隊を「宗派・民族横断的な自主治安組織」と位置付けるが、シーア派やキリスト教徒などは「事実上のスンニ派民兵」とみなす。「ISに協力した」との疑念も持たれるスンニ派の影響力拡大には警戒感も強い。
モスル奪還作戦には北部に自治区を持つクルド人部隊も参加しているが、ニナワ県の一部の支配権を巡ってシーア派中心の中央政府と対立している。治安権限を巡り諸勢力の対立が深まれば、新たな紛争も生じかねない。【11月23日 毎日】
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スンニ派のナジャフィ副大統領は上記のようにスンニ派主体の統治を求めていますが、モスル住民の“難民化”は実質的なスンニ派住民の強制移住ともなり、シーア派及びクルド人勢力の勢力拡大となるのでは・・・との指摘もあります。もともと、モスルはクルド人の町だったという経緯もあるようです。
****第二のパレスチナ問題に****
・・・一方、イラク北部の大都市モスルをISから解放するための作戦においても、スンニ派は「留まって死ぬか、さもなくば移住するか」という選択肢を突き付けられている。
シーア派の兵士主体の政府軍、イランの影響力も濃いシーア派民兵組織の連合体である「人民動員部隊」そしてクルド人自治政府の治安部隊である「ペシュメルガ」が、四方からモスルを攻撃して立て籠もるISの戦闘員を撃破しようとしている。
二〇一四年六月、ISはいとも簡単にこの大都市を占拠した。それがあまりにも簡単であった理由として、モスルの住民がスンニ派アラブ人であり、スンニ派過激主義組織であるISの勃興を歓迎したからだ、という中傷ともつかない噂がある。
この宗派対立感いっぱいの認識に従えば、被害者面をしているモスル住民はISとグルであり、侵攻に際しては殺しても構わない、略奪しても構わない、という論理になる。
先述した周辺の村における残虐行為が喧伝されるのも、そうした恐怖心を住民に植えつけ、事実上強制的に大量移住を実現しようとしているのではないか、と見ることができる。
ところでモスルは、元々クルド人の都市であったが、フセイン政権時代の強制措置でスンニ派アラブ人が移住、スンニ派の町となった。
このため、報道によればモスル奪還作戦においては、いわゆる「無主地先占の法理」を適用することで中央政府とクルド人自治政府が合意している。
つまりモスル奪還作戦の完了は、シーア派とクルド人による新たな分割統治の始まりなのである。そこにスンニ派市民の居場所はない。
パレスチナの地(現在のイスラエル)から数百万人のアラブ人が追い出されてから七十年が経過した。この問題が解決せず、将来的にも見通しが立たないのと同様に、今、シリアと北イラクでは、もっと規模の大きい第二のパレスチナ問題とも言うべき「スンニ派ディアスポラ」が発生しているのである(ディアスポラとはそもそも中東を追われたユダヤ人を指す)。
故郷と家を追われた人々は国連などの調べで、シリアだけで国外四百万人強、国内は八百万人に上ると見られている。渡航先もトルコから北欧まで及び、隣接するヨルダン、レバノン、トルコでは大きな社会不安要因となっている。
「ISが制圧されても、問題は解決しない。解決しないどころか、次々と新しい過激主義組織が生まれる」という点についても、中東ウオッチャーの認識は一致している。
「ディアスポラ・パレスチナ人」は左翼武装闘争を選択し、一九六〇〜七〇年代に世界を震撼させた。同じことがスンニ派ジハード主義において起きない筈はない。既に起きているし、これからもこの傾向に変わりはないだろう。彼らを保護する主権国家が不在なのであるから。【「選択」 12月号】
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難民化したスンニ派住民の問題「スンニ派ディアスポラ」、更にはイラクとシリアでそれぞれ存在感を強めるクルド人勢力の処遇、シリアにおけるアサド政権および反体制派の処遇・・・・いつも言うように、軍事的なIS掃討より困難な問題がIS後に控えています。