(100ドル紙幣と100元紙幣【5月15日 ブルームバーグ】)
【また出てきた「レアアース輸出制限」】
米中貿易戦争だか、米中覇権争いだか、米中間の問題については読み切れないほどの記事が溢れています。
輸出依存度が低いアメリカに比べて中国は「持ち札」が少なく、対抗措置もとりづらいとされているなかで、「また出てきたか・・・」という感があるのがレアアース。
日本にとっては、記憶に新しいところです。(その後の展開は、日本の中国産レアアース離れもあって、中国のレアアース産業は苦しくなっているとも聞きます)
アメリカも中国産レアアースに依存しているのは日本同様です。
****米、対中関税対象からレアアース再び除外 資源依存浮き彫りに****
米国は、中国製品の関税対象から希土類元素(レアアース)など重要な原料を除外すると再び決めた。コンピューターや軍用機器などに使われる中国の原料資源に米国が依存する姿を浮き彫りにした。
米通商代表部(USTR)は13日、約3000億ドル相当の中国製品に適用する可能性のある最大25%の追加関税について、対象品目リストを公表した。
6月17日にパブリックヒアリングを開くとし、医薬品やレアアースを対象に含めなかった。バッテリーなどで使われるアンチモンやヘリウム、天然黒鉛は対象外となった。
米国内で産出されないものの研究開発で用いるセシウムやルビジウムのほか、ガソリンや鉄鋼製造で使うとされるホタル石も関税を免れた。
中国は世界最大のレアアース産出国だ。米国は昨年にも、対中関税第3弾の適用対象から、レアアースや希少金属(レアメタル)を除外している。
コンサルト会社の幹部は「これらの原料は米産業、防衛に死活的に重要で、短期の代替調達先も存在せず、関税となれば中国より米国の最終使用者がより大きな困難に直面する」と指摘した。【5月15日 ロイター】
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中国側からすれば、レアアースが交渉カードになる・・・・という話にもなります。
****米国の対中関税リストに含まれなかったものとは?―中国メディア****
2019年5月15日、観察者網は、米国による対中関税リストに含まれなかったものについて指摘する記事を掲載した。 (中略)
記事は、関税リストに含まれなかったものは、「希土類元素(レアアース)、重要な鉱物、医薬品や医療機器」だと紹介。観察者網のコラムニストはこれより前に、「中国が貿易戦争に勝つための3枚のカードの1枚が『レアアースの対米輸出規制』」と指摘していたという。
コンサルタント会社のアダマス・インテリジェンスは、「米国の工業と国防にとってレアアースは何より重要であり、短期間で代替供給できるところはない。追加関税をかけると中国より米国の方が痛手になる」と分析した。
(中略)さらに記事は、「レアアースの採掘のみならず、精製、生産などの全体的な供給チェーンにおいて、中国の実力は群を抜いている」と紹介。開発から生産できるようになるまで時間がかかるため、「中国が米国へのレアアース輸出を禁止するなら、米国は自分で開発生産しなければならず、需要量が大きいため、需要を満たせるようになるには数年が必要であり、空白期間ができてしまう」という。【5月16日 レコードチャイナ】
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ただ、中国がレアアースについて何らかの制限をすれば、(日本と違って)アメリカは黙ってはいないでしょう。
アメリカにとってのレアアースのように、中国もアメリカからの輸入を必要としているものがあるでしょうから、そうしたものへの報復措置も含めて、“両者リング中央、足を止めての流血の打ち合い”にもなりかねません。
あまり現実的とは思えません。
【「中国が貿易戦争に勝つための3枚のカード」】
そのレアアースを含めて、「中国が貿易戦争に勝つための3枚のカード」については、以下のようにも。
****中国が貿易戦争に勝つための3つの切り札―中国メディア****
2019年5月12日、環球時報は、米中貿易戦争において中国が米国にしたたかな打撃を与えうる3つの切り札を持っているとする評論記事を掲載した。
記事は「米国との貿易戦争において、中国には2つの小さな切り札と1つの大きな切り札がある」とし、この3つの切り札について説明している。
1つ目の小さな切り札は、米国へのレアアース輸出を完全に禁止すること。あらゆる半導体チップ製品に必要とされる有色金属の原料となるレアアースは中国が世界の産出量の95%を占めていることに言及し、「中国が徹底的にレアアースを禁輸すれば、米国では多くのものが製造できなくなる。
自国で採掘しようにも需要を満たすレベルに到達するには何年もの時間が必要になる。そのころには中国でハイエンドなチップ製品が作れるようになっているはずだ」と論じた。
2つ目は米国債の大量売却を挙げている。2008年の世界金融危機時に中国政府は世界の流れに逆らって3カ月間米国債を売らずに持ち続け、これにより信用を安定させ、米国に活路を与えたと説明。
現在中国は2兆ドル(約220兆円)の米国債を持っており、これを売却すれば米国経済は悲惨な目に遭うことになるとした。
そして、大きな切り札として「米国企業が中国に持つ市場」を挙げた。記事は昨年米国企業が中国市場で3800億ドル(約41兆6000億円)余り稼いだのに対し、中国企業は米国市場で200億ドル(約2兆2000億円)余りしか稼いでいおらず、その差が非常に大きいことを指摘。
そこで市場の均等を訴えて中国市場における米国企業製品の販売を制限すれば、中国市場に依存してきた米国企業に大きな痛手を与えることができるとし、その例としてビュイックブランドを展開するGM(ゼネラルモーターズ)や、アップルを挙げている。【5月16日 レコードチャイナ】
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【いつも取り沙汰される米国債売却は可能か?】
2番目の米国債売却は、今回に限らず、米中関係が悪化するたびに取りざたされるものです。
もし、中国が米国債を大量売却し、米国債価格が暴落するようなことがあれば、アメリカ経済だけでなく、世界の金融市場が大混乱となり、中国同様に大量の米国債を保有する日本への影響も甚大なものが考えられます。
ただ、一般論としては、そのように世界経済にも甚大な影響があり、また、米国債価格が急落すれば中国自らも損を被り、核攻撃のように中国の方に被害が大きいため、「中国の大量売却はありえない」とみられています。
実際に中国が米国債価格を揺るがすような売却が可能かどうかについても疑問が。
****中国の対米報復、米国債売却は打撃にならず****
中国は1兆1000億ドルの米国債を保有しているが、これを売却して米国債市場に冷水を浴びせる可能性をちらつかせている。だが、米企業を手当たり次第にたたくほうが、ドナルド・トランプ大統領の打撃になりそうだ。
(中略)米国債市場を巡る脅威は現実離れしている。2015年と16年には、諸外国が近年みられなかったほどの急速なペースで米国債の売却を継続した。
より高い利回りの投資先を探すポートフォリオ戦略の一環だった。これを受け多くの投資家が、米国債市場が売りに耐えられなくなると懸念を強めた。
だが、そうはならなかったし、そうなりそうな見込みも全くなかった。
国債価格はたいていの場合、中銀の政策金利を巡る投資家の予想に左右される。世界で最も流動性の高い米国債では特にそうだ。大量に売却されても、価格の変動は短期的なものにとどまる。
16年に米国債が市場に溢(あふ)れた際も、数カ月にわたって少しばかりの影響を及ぼしたかに見えたが、程なく吸収された。
しかもそれは、連邦準備制度理事会(FRB)が引き締め政策に余念がなかった頃の話だ。今回は、中国との緊張関係を背景に投資家が利下げを予想し、米国債に買いを入れている。利回りは価格と反対方向に動くが、10年債利回りは足元で2.4%近辺に低下している。
中国にとってさらに状況を複雑にしているのは、外貨準備の運用において安定性と流動性の面で米国債が最も便利な資産であることだ。
中国当局が利益を保管するための他の資産を探すのは難しいだろう。海外利益を国内に還流させれば人民元を押し上げるため、米国の関税に加え、輸出業者がさらなる問題に直面することになる。
だからといって、中国が米国債を売却できないわけではない。当局は現金を銀行に預けるか、他国で米ドル資産を購入することができる。ドルを人民元に換える代わりに、さらにユーロや円に換えることも可能だ。
だが、米国債市場にせいぜいかすり傷しか負わせられないのに、中国政府がそれほど骨折りする根拠があるだろうか。むしろ、中国の報復は米大手企業など、効果を出せる標的に向かいそうだ。例えばアップルやボーイングは、中国に顧客も工場も持っている。
ここ10年というもの、世界の投資家はFRBに逆らう度に痛い目に遭ってきた。中国であってもその手はうまく行かないと知れば、多少なりとも安心できるだろう。【5月15日 WSJ】
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要するに、中国の保有米国債を持ってしても、米国債市場を人為的に操作することは難しい・・・ということのようです。
ただ、ポートフォリオ戦略の一環としての15年、16年のときと、貿易戦争としての(アメリカに打撃を与えるための措置としての)今回では市場に与えるインパクトは全く異なるようにも思えます。市場全体が浮き足立てば、実際に市場はその方向に動き、更にそれが投資家を走らせる・・・ということにも。
いずれにしても、下記のブログによれば、アメリカが中国の米国債売却を危険とみなせば、ブレーキをかけることもできるようです。
****アメリカは、中国の米国債を凍結・没収できる****
アメリカには、「国際緊急経済権限法(IEEPA法)」という法律があります。これは安全保障や外交、経済上の重大な脅威に対し、大統領の権限で金融制裁できるというものです。
また、2001年の9.11テロ後、「米国愛国者法」が成立しました(2015年に一部改正して「米国自由法」に名称変更)。これは安全保障上の脅威に対し、資産を凍結・没収できることを定めた法律で、米国債も対象になります。
この2つの法律によって、アメリカはボタンを押すだけで、中国の保有する資産を凍結・没収することができます(米国債は現物があるわけではなく、電子登録でアメリカによって管理されています)。
経済評論家の渡邉哲也氏は、本誌2017年3月号の中でこう指摘していました。
「アメリカが本気で怒ったら、中国を潰すのは簡単なんです。アメリカには、脅威国に対して報復できる法律があるので、中国が所有するアメリカ国債をすぐに凍結できる。そうなれば、中国の信用は一気になくなり、経済は崩壊します」【2018年7月29日 大阪 しげ太郎氏 「天使のモーニングコール ファンの会」】
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ただこれも、「中国の保有する資産を凍結・没収」というのは、核戦争一歩手前状態でもあり、現実問題としては誰も考えたくない局面です。(中国も、その点では同様でしょう)
なお、貿易戦争の手段としてではなく、“世界の金融市場に緊張が広がり、人民元の下落に歯止めがかからなくなれば、中国は米国への報復としてではなく、通貨防衛のため15兆9000億ドル規模の米国債市場で自国保有分の一部売却に動く可能性はある。”【5月15日 ブルームバーグ】とも。
もっとも、元安は中国の輸出に有利で、元安が進むほど、米国による追加関税の痛みが和らぐことになりますので、中国が通貨防衛に乗り出すかどうかは、また別問題のようにも思えますが。
「中国が貿易戦争に勝つための3枚のカード」に戻ると、レアアースにしても、米国債売却にしても現実性については???ですが、3番目の「米国企業が中国に持つ市場」は意味があるでしょう。
巨大な中国市場に依存してきた米国企業(アップル、ボーイングなど)を標的に、中国市場から締め出すとの圧力をかければ、それは有効でしょう。