(9日、スエズ運河を通る米原子力空母エイブラハム・リンカーンを軸とする艦船群。【5月11日 朝日】)
【核合意の「精神」は守りながら「耐える」イラン】
イラン産原油禁輸の適用除外停止に続いて、イランの輸出の1割を占める鉄やアルミニウムなどの金属取引も新たな制裁の対象することで石油以外の活路をも遮断、さらには空母エーブラハム・リンカーンをペルシャ湾へ向かわせ、戦略爆撃機B52編隊もカタールの米軍基地に到着・・・・アメリカ・トランプ政権の対イラン圧力を経済的にも、軍事的にも最大限に強化しています。
アメリカとしては、もしイランがアメリカの挑発に乗る形で暴発(シリア駐留米軍への攻撃とか航行船舶への攻撃など)すれば、それを口実にイスラエル・サウジアラビアなどとともに一気にイランを攻撃するつもりでしょう。
もしイランが核合意再交渉に応じて、これまでより厳しい条件をのめば、トランプ大統領としては、「オバマによるイランに甘い合意を自分が正した」と大々的にアピールできます。
あるいは、イラン国内の不満が高まり、現在のイスラム体制が崩壊するような事態となれば、願ったりかなったりでしょう。
イランとしては、欧州も中国・ロシアもアメリカと事を構えてまでイランを支援することは期待できませんので、いまのところ“耐える”しかない状況です。
ロウハニ大統領の発表した対抗措置としての「核合意の一部履行停止」にそうした事情・考えがにじんでいます。
****「違反以上離脱未満」で核合意の「精神」を守ったイラン****
(中略)
堪え忍んできたイラン
こうした圧力の高まりに対して、イランはずっと堪え忍んできた。
2018年5月の米国による単独制裁が再開したことで、イランの外貨収入の大半を占める原油の輸出ができなくなり、適用除外によって一息つくことはできたが、それが停止されたことでさらに厳しい状況に追い込まれてきた。(中略)
最悪のシナリオ
こうした状況に加え、原油禁輸の適用除外が終了し、さらにアメリカが空母や戦略爆撃機を派遣する中、イランはついに打つ手がなくなり、追い込まれた状態になってきた。
とりわけ、イラン核合意を経済発展のための必要悪として渋々受け入れ、アメリカと交渉することすら認めたくない保守強硬派からすれば、現在のイランの経済的苦境の原因はロウハニ政権の失態であり、信じてはいけない「大悪魔」であるアメリカを信用して交渉し、合意を結んだことにあると見ている。
そのため、一部の保守強硬派は核合意からの離脱やアメリカとの対決も辞さないと主張し、ロウハニ大統領に圧力をかけている。
しかし、イランが核合意から離脱したとすれば、その先に待っているのは最悪のシナリオである。
イランにとって最悪のシナリオとは、核合意から離脱し、核開発を再開することで、アメリカがイランの核開発を止めることを口実に戦争を仕掛け、圧倒的な武力でイランを攻撃し、現体制が崩壊するまで戦争を続けることである。
しかも核開発を再開することは、これまでイランを支持し、核合意の維持に尽力してきた欧州各国からも敵視されることを意味し、アメリカが直接当事者となって戦争を仕掛ける以上、シリアやベネズエラのケースとは異なるため、ロシアや中国もアメリカと直接武力衝突する可能性のあるイランに軍事支援することは考えにくい。
実際、中国はアメリカがイラン制裁を強化しても、口先ではアメリカを批判するが、実際はアメリカの制裁を恐れてイランとの取引を止めている。米中貿易戦争で手一杯の状況に、さらにイランを支援してアメリカとの摩擦を高めるつもりは中国にはない。
つまり、イランが核合意から離脱することは、アメリカの武力行使を招くだけでなく、イランの国際的孤立をも導き出してしまうため、最悪の結果をもたらすことは明らかである。ゆえにアメリカがいかに圧力をかけてきても核合意から離脱するという選択はしないのである。
違反以上離脱未満
アメリカから圧力を受け、国内から保守強硬派の圧力を受けるロウハニ大統領だが、かといって核合意から離脱して核開発に邁進することもできない。
そんな中で選んだのが、今回の核合意の「違反以上」でありながら、「離脱未満」という選択である。(中略)
つまり、今回ロウハニ大統領はイラン核合意で定められた「数値」は違反するが、核兵器開発に直結する活動を困難にするという核合意の「精神」は尊重するというメッセージを発している。
言い換えると、ロウハニ大統領は核兵器の開発に直結するような措置、例えば遠心分離機の基数を増やす(中略)、IAEAの査察団を追放するといったことを選択していない。
(中略)そうなると、イランが核兵器を持つのは極めて難しい状態が継続される。これがまさに核合意の「精神」であり、ロウハニ大統領はその「精神」を尊重するというメッセージを発したのである。
今後の展開
今回は抑制的に対応したイランではあるが、アメリカは継続的にイランに圧力をかけ、何かきっかけがあれば偶発的に武力紛争に発展する可能性のある、厳しい状況は変わらない。
EUは、イランが設定した60日間の期間に何かアクションをとるつもりはなく、イランが核合意を完全に履行することを求めるとしている。(中略)
そのため、60日の期間が過ぎればロウハニ大統領の演説で示したように、核合意から逸脱した核開発を進めることになるだろう。
トランプ政権はそれを見て「イランは核合意に違反している!」と騒ぎ立てることは間違いないだろうが、しかし、それが武力行使を正当化するほどの活動ではないため、イランに対して好戦的な態度を取るボルトン補佐官やポンペオ国務長官であっても即座に軍事行動を取ることは難しいだろう(とはいえ、強引に軍事行動を始める可能性がないわけではない)。
さらにロウハニ大統領はアメリカが核合意に戻るつもりなら交渉に応じるという姿勢も見せているため、逆に交渉に応じようとしないアメリカに対する非難が高まると思われる(とはいえ、トランプ政権がそれを気にするとも思えない)。
その先にどうなるのかを予測することは難しいが、少なくともイランが期待しているのは2020年のアメリカ大統領選挙でトランプ大統領が再選されず、イラン核合意に戻ると宣言している民主党候補の誰かが当選することである。
つまり、イランは当面、2020年の大統領選の結果が出るまでは、「違反以上離脱未満」の状態を維持しながら、アメリカ国民の選択に自らの将来を委ねて、核合意の「精神」を尊重しながら、それまで耐え続けることを選んだのである。【5月10日 GLOBE+】
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問題は、“耐え続けることを選んだ”ロウハニ政権が、国内経済がさらに悪化し、市民の不満が高まる中で、国内保守強硬派の突き上げにどこまで耐えられるか・・・というところでしょう。
(仮に耐えたとして、2020年にトランプ再選という事態になったら、ロウハニ大統領にはもはや生き残る道はないでしょう)
【イランを追い詰め、軍事的緊張を高めるアメリカの思惑 “Bチーム”の存在も】
同時に、イラン国内には好戦的勢力(対立を煽ることで存在感を高め、権益を守るような勢力)が存在しますので、偶発的なアメリカとの衝突、そこからの戦闘拡大という危険性もあります。
更に言えば、アメリカ側にも好戦的勢力が存在し、何としてでも軍事的にイランを叩きたいということで、イランの暴発を誘導したり、イラクのときのように証拠もないないまま・・・・といった可能性も捨てきれません。
ベトナム戦争へのアメリカ介入の契機となった「トンキン湾事件」にも、アメリカ側のねつ造がったことが後日明らかにされています。
****“第二のトンキン湾事件”を懸念、米・イランの軍事的緊張高まる****
(中略)米軍は特に、ペルシャ湾を航行する木造のダウ船からのミサイル攻撃や、イラン支援のシーア派民兵組織がイラク駐留部隊に攻撃を仕掛けるのではないか、と警戒を強めているという。
ダウ船に移動式ミサイルの発射装置を積んだ形跡もあるとされる。米メディアによると、こうした“信頼すべき情報”はイスラエルからもたらされたとしている。
“Bチーム”の暗躍?
ベイルートの情報筋は軍事的緊張の高まりが故意に作り上げられた可能性があると指摘する。「イランが挑発行動を起こすといった情報はすべて“ためにする”リークだ。信頼すべき情報の出所がイスラエルだというのも怪しい。ボルトン、ビビ(ネタニヤフ・イスラエル首相の愛称)、2人のビン・ムハンマド(サウジアラビアとアブダビ首長国の両皇太子)の“Bチーム”が暗躍しているのではないか」。
“Bチーム”とは反イランの4人の名前の頭文字をもじっての呼び名だ。とりわけボルトン補佐官については、ワシントン・ポストのコラムニスト、マックス・ブーツ氏が「トランプ大統領が中東への介入に後ろ向きであるため、ボルトン氏がイランに先制攻撃させようと挑発しているのかもしれない」と分析、ベトナム戦争拡大のきっかけになった「トンキン湾事件」を引き合いに出し、ペルシャ湾で“第二のトンキン湾事件”が起きることに懸念を表明した。
今回の軍事的緊張はイラン指導部による挑発指示が要因だったのかどうか、真相は闇の中だが、ワシントン・ポストの別のコラムニストであるデービッド・イグナティオ氏によると、イラクのシーア派民兵は最近の米軍の異常な動きが軍事行動の前触れだったと懸念した可能性があることを明らかにしている。
同氏によると、イラク中部ティクリート近くにある米軍基地「キャンプ・スペイサー」付近で最近、米軍ヘリが可燃物を投下して畑を焼き払った。この行動が民兵に、米軍の攻撃が切迫していると誤解を与え、民兵側が攻撃に備えた動きをし、米軍が狙われているとの誤った情報になったのかもしれない。(後略)【5月11日 WEDGE】
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ボルトン補佐官ら“Bチーム”がねつ造してまでとも思いませんが、自分らに都合のいいように解釈して、それを利用する形で事態を拡大する・・・ということはあり得るでしょう。
前東京都知事の舛添 要一氏も「アメリカが自己に都合の良い情報操作をする国だということを忘れてはならない」と。
****イランに制裁、中東の緊張招く「トランプ第一主義」****
(中略)
ご都合主義に陥ったアメリカの外交政策
2003年3月にイラク戦争が勃発したが、当時国会議員だった私は、6月にイラクに入り、自衛隊派遣の事前調査を行ったことがある。この時の開戦の理由は、「イラクが大量破壊兵器を保持していること」とされていたが、その情報はアメリカによる捏造だったことが後に明らかになっている。アメリカが自己に都合の良い情報操作をする国だということを忘れてはならない。
もうひとつ、「独裁体制を倒してイラクに民主政を樹立する」というのも戦争の理由であった。だが、同じ中東にあるアメリカの同盟国サウジアラビアはどうなのか。
先のカショギ記者殺害事件にムハンマド皇太子が関与しているとされるなど、民主主義とはほど遠い国であり、イランと比較したときに遙かに民主的とは言えないだろう。この点でもダブルスタンダードである。(中略)
しかも、トランプの親イスラエル政策は、保守的な福音派キリスト教徒の支持を集めるための選挙戦術の一環であり、選挙で指導者を選ぶ民主主義の陥穽である。
4月9日のイスラエルの総選挙で、盟友ネタニヤフ首相の政党リクードを勝たせるために、前日に、トランプは、イランの革命防衛隊をテロ組織に指定している。
トランプ政権の中東政策は、安定よりも混乱を中東にもたらしている。米中貿易摩擦が世界経済を低迷させているのと同様である。
アメリカ第一主義とはトランプ第一主義ではないはずだ。いま彼がアメリカに取らせている態度はモンロー主義とも全く異質なものである。
パックス・アメリカーナの下で覇権国アメリカが、自国のことのみを考えて、世界の平和と繁栄のために大局的に行動する責任を放棄するとき、世界の未来は明るくない。
トランプの支持率が、直近のギャラップの調査によると46%と過去最高である。これは経済が好調なためである。しかし、ロシア疑惑をはじめ、アメリカ憲法に悖る行為が批判されている。トランプの資質同様、アメリカ民主主義の真価もまた問われているのである。【5月11日 舛添 要一氏 JB Press】
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【パレスチナ問題との連動の可能性】
なお、いったん事あれば、イラン攻撃の先兵を買って出ると思われるイスラエル・ネタニヤフ政権ですが、先日にガザからロケット弾等700発が撃ち込まれたように、イラン攻撃が(ガザのイランに近い勢力をとおして)パレスチナ問題に飛び火する危険性はあります。
****今夏のガザでの本格衝突に関するパレスチナ幹部の発言*****
今回のガザを巡る衝突は、パレスチナ側から発射されたロケット弾等700発、イスラエルでの死者4名と言うあまり前例のない規模の衝突となりましたが(イスラエル紙では、このためかってイスラエル国防軍(IDF)が自慢していた対短距離ミサイル防衛網のiron dome の能力について疑問視する声も出ている模様)、イスラエルのy net news とjerusalem post net は、ガザのイスラム・ジハードが、今回の衝突は本格的な武力対決の前のリハーサルのようなもので、今夏にはイスラエルとの本格的な軍事的衝突があるだろうと語ったと報じています。
これはイスラム・ジハードの指導者 Ziad al-Nakhala がレバノンのニュース局al mayadeenniに対して語ったとのことで、彼は同時に今回のガザを巡る戦いの停戦は、イスラム・ジハードがテルアビブ向けにロケットを発射しようとしていた直前に合意されたこと、およびイスラエルのパレスチナ指導者を狙った暗殺に対しては座視しないと語った由。(中略)
イスラム・ジハードはハマスに比したらはるかに小さい組織で、ある意味ではハマスと競合し、競争してきたイスラム過激派の一組織であるところ(イランとも密接な関係があるとされる)、上記指導者の発言は、その様な組織の宣伝と言うか、強がり的発言とも解されます。
しかし、今回の衝突ではその戦闘的姿勢が高く評価され、ガザで影響力を伸ばしているとの評価もある模様で、必ずしも実態のない強弁と解すべきではないと思われ、特に、イスラエル側やトランプ政権の動き(対イラン強硬政策やラマダン後に発表されるとされる「世紀の取引」等をも考えればなおさらのこと)、今年の夏にガザを巡る状況が過熱し、本格的軍事衝突の可能性も否定はできないと思われるので、ご参考まで。【5月8日 「中東の窓」】
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今回のガザ側の攻撃がここまで拡大した背景は不透明です。イスラエルの今後の対イラン攻撃を見越して、イランによる(イランを攻撃すれば、テルアビブも無事ではないぞ・・・といった)対イスラエル牽制の思惑もあったのかも・・・と想像もできます。(もっとも、ネタニヤフ首相がその程度でイラン攻撃を思いとどまるとも思えませんが)
【イラン原油途絶で苦しむシリア・アサド政権 クルド人勢力との関係にも影響】
アメリカの対イラン制裁強化によって、イランからシリアへの原油輸送も途絶し、シリア・アサド政権にも大きな影響を及ぼしています。
****内戦下シリア、石油危機 給油待ち数百メートル/タクシー運賃3倍****
(シリア首都で4月、燃料切れの車を押す運転手ら)
内戦下のシリアで先月以降、燃料不足が深刻化し、市民生活を圧迫している。米トランプ政権がシリアへの禁輸に加え、主な燃料調達元だったイランに対する経済制裁も再開したためだ。
軍事的優勢を確実にしたアサド政権だが、国内の不満は高まっている。
朝日新聞の電話取材に応じた市民らによると、アサド政権は4月中旬、国土の約6割に上る支配地域を対象に、政府の補助金が入った廉価な石油の販売を車1台当たり月100リットルまでに制限し始めた。
ただ、状況は今月も改善せず、各地で数百メートルに及ぶ給油待ちの車列ができている。都市部のバスの便数も減り、タクシーの乗車価格は2~3倍に高騰しているという。
北部の商都アレッポで裁縫業を営むアフマドさん(33)はミシンを動かす発電機に入れる燃料がなく、一時休業を余儀なくされた。今月になって工場を再開したが、補助金対象外で6割以上高い石油を購入し、不足分を補っている。
「コストは商品価格に上乗せせざるを得ない。市民は、問題を解決できない政府に怒っているが、拘束されたくないので文句は言えない」と語った。(中略)
■国産激減、米制裁強化も影響
産油国のシリアは内戦前には、欧州諸国に石油を輸出していた。だが、内戦で、ユーフラテス川東側の主要な油田地帯を過激派組織「イスラム国」(IS)に長期間、奪われた。一帯は現在も米国の支援を受ける少数民族クルド人の武装組織の支配下にあり、生産能力が制限されている。(中略)
不足分を補ったのが内戦でも政権軍を支援するイランからの原油だった。米エネルギー情報局は2015年の資料で、イランがシリアに日量で約6万バレルを提供していたとしている。
米国はもともとシリアへの石油輸出を禁じていたが、昨年11月にはイラン核合意離脱に伴うイラン産原油に対する禁輸制裁も再開した。さらに、イラン産原油をシリアに海上輸送したとして、9の団体や個人を制裁対象に指定。
秘密裏に続けられていたシリアへのイラン産原油の輸出を止めるため、シリアへの輸送に関わった船舶リストを公表するなど、海運関係者に支援しないよう警告した。
シリアの石油取引を取り締まることで、アサド政権へのイランの影響力をそぐと同時に、イランの収入源にも打撃を与える狙いがあるとみられている。
アサド政権は内戦で反体制派と過激派組織を北西部に追い込んで軍事的優勢を固めているが、クルド人の武装組織とは緊張が続く。燃料不足による市民の不満が続けば、今後、政権側がクルド人勢力との協議に向けて、譲歩を迫られる可能性もある。【5月12日 朝日】
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上記記事最後にある油田地帯を押さえるクルド人勢力とアサド政権の関係は興味深い点です。(アメリカの支援を受けているため、アサド政権としてもうかつには手が出せないのでしょうか)
上記のようにアメリカの対イラン圧力強化は、パレスチナ問題やシリア情勢とも連動する形で、中東全体を大きく揺さぶっています。