(パキスタンとアフガニスタンの国境地帯で警備に当たるパキスタン兵士(2021年9月、ロイター)【4月17日 日経】)
【パキスタン TTP掃討でアフガニスタンを爆撃 微妙な両国関係】
後にアフガニスタンのタリバンとなった旧ソ連軍と戦うムジャヒディン(イスラム戦士)を訓練し、その後もタリバンを資金・武器・退避場所などで支援してきたのが隣国パキスタン、特に軍部の中枢にある「軍統合情報局(ISI)」であることは周知の事実です。
現在もパキスタンはアフガニスタン・タリバン政権を支援していますが、両者の関係は後述のように微妙なところもあります。
その“微妙”な部分の大きな原因が、パキスタン国内で反政府テロ活動を行うイスラム武装勢力「パキスタン・タリバン運動(TTP)」の存在。2012年には女子教育の重要性を訴えたマララ・ユスフザイさんを銃撃した組織です。
パキスタン軍はこれまでも長年厳しい掃討作戦を続けていますが、TTPはアフガニスタンのタリバンと思想的にも、組織的にも近しい関係にあります。
TTPのメディア部門であるウマル・メディアは、2021年12月8日に新しいビデオを公開しました。
その映像によれば“(TTP)最高指導者のヌール・ワリ・メスードはTTPをターリバーンの支部であると明言した。また、アフガニスタン軍やアフガニスタン警察の車両を保有している事が確認され、TTPがターリバーンの恩恵を受けている事が明らかになった”【ウィキペディア】とのこと。
TTPのメンバーの多くはパキスタン軍の取り締まりを逃れるため、アフガニスタンとの国境地帯のアフガニスタン側に潜伏しているとされています。
****パキスタン軍がアフガン空爆、女性・子供含む47人死亡…越境テロ巡りタリバンと対立****
AFP通信などによると、パキスタン軍が16日、隣国アフガニスタン領内の国境付近を空爆し、女性や子供を含む少なくとも47人が死亡した。アフガン内に潜伏して越境テロを行う過激派組織を狙ったとみられる。
国内の実権を握るイスラム主義勢力タリバン暫定政権は反発し、緊張が高まっている。
空爆はアフガン東部のホスト、クナール両州で行われ、複数の民家が被害を受けた模様だ。タリバン側は、パキスタンの駐アフガン大使を呼び出し、抗議した。ザビフラ・ムジャヒド報道官も「戦争が始まっても、誰の利益にもならないと認識すべきだ」と批判した。
アフガンメディアによると、ホスト州などで住民らが大規模な抗議を行った。
これに対し、パキスタン外務省は17日に声明を発表し、空爆については触れずに「この数日、パキスタンの治安当局が国境付近でアフガン側から標的にされる事案が増えていた」と主張した。14日には軍兵士7人が犠牲になったという。
パキスタンでは、タリバンを支持するイスラム武装勢力「パキスタン・タリバン運動(TTP)」が昨年12月に政府との停戦を解消して以降、治安当局への攻撃を繰り返している。政府はTTPを含めた過激派組織がアフガン側に潜み、テロを行っているとして、タリバン側に対応を要求していた。国際社会も、アフガンが再び国際テロの温床になることを懸念している。【4月18日 読売】
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タリバンとパキスタン軍の“衝突”は今年1月にも報じられています。
****タリバンとパキスタンがまさかの「仲間割れ」、現地の勢力図に大きな変化が****
<パキスタンが設置していた国境の「柵」をめぐり、両軍兵が衝突。互いを必要とするはずの両者は妥協点を見いだせるか>
昨年8月、タリバンがアフガニスタンの首都カブールを制圧すると、隣国パキスタンでは歓喜の声が上がった。なにしろタリバン運動の発祥地だし、アフガニスタンに友好的な政府ができるのは大歓迎。一貫して親米政権を支持してきた天敵インドの影響力低下も必至だ。
しかし、そんな蜜月の終わる兆しが見えてきた。両国の国境、いわゆる「デュアランド線」での不穏な動きだ。
昨年12月19日にはアフガニスタン東部の国境地帯で、パキスタン側の設置した有刺鉄線のフェンスをタリバン兵が実力で撤去した。
年末の30日にも似たような摩擦が南西部であった。フェンスの設置は2014年から、国境紛争と密輸を防ぐためと称してパキスタン側が進めていた。
この2回目の摩擦を受けてタリバン政権は強く反発。国防省の広報官は年頭の1月2日に、パキスタン側には「有刺鉄線で部族を分断する権利はない」と主張した。ここで言う「部族」は、国境の両側で暮らすパシュトゥン人(アフガニスタンでは多数派だ)を指す。別のタリバン広報官は、「デュアランド線は一つの民族を引き裂く」ものだとし、その正当性を否定した。
この国境線は1893年に英領インドとアフガニスタンの合意で成立した。だが1947年にパキスタンが独立して以来、歴代アフガニスタン政権はデュアランド線に異議を唱え続けてきた。
自分たちはパキスタンの代理勢力ではない
ただ、タリバン側の動きには他の思惑もありそうだ。自分たちはパキスタンの代理勢力ではないと、対外的に主張したいのかもしれない。多数派のパシュトゥン人にすり寄るためという見方もできる。
フェンスの存在が国境を越えた人流・物流の妨げになるという現実的な問題もある。タリバン構成員には今も、パキスタン側に家族を残している者が少なからずいる。
年明け早々、パキスタンとタリバンは交渉を通じて国境間の緊張を解くことで合意した。だが容易ではない。パキスタンの外相も「外交的に解決できると信じたい」と、心もとない発言をしている。
消息筋によれば、パキスタン政府はフェンス設置へのタリバンの理解を得つつ、越境往来を増やせるような譲歩をするつもりだという。だが、その程度でタリバンの不満は収まるまい。
それでもパキスタンに対するタリバンの経済的・外交的依存の大きさを考えれば、彼らもこれ以上の関係悪化は避けたいだろう。
パキスタン側にも、早期の事態収拾を図りたい事情がある。タリバンとの緊張が高まれば、最近パキスタン国内でテロ活動を活発化させているテロ組織パキスタン・タリバン運動(TTP)への対処が難しくなるからだ。
タリバンの仲介で、アフガニスタンを拠点とするTTPとパキスタンは昨年11月に停戦1カ月の休戦協定を結んだが、TTPはその延長を拒んでいる。交渉再開にはタリバンの協力が不可欠だ。ただしタリバンも、TTPには強く出られない。国内のTTP基地へのパキスタン軍の攻撃を黙認するという選択肢もない。
パキスタンとタリバンの関係は持ちつ持たれつだ。しかし今のタリバンは、かつてのようにパキスタンの言いなりではない。【1月13日 Newsweek】
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上記記事にタリバンには“(アフガニスタン)国内のTTP基地へのパキスタン軍の攻撃を黙認するという選択肢もない”とありますが、今回その攻撃が行われたことで、タリバンとしては“主権の侵害”とパキスタンに反発しています。
もっともタリバン中枢とパキスタン情報機関ISIはズブズブの関係でしょうから、表面上のやり取りとは違う話が水面下にあることは十分想像できます。
【昨年末 タリバン仲介のパキスタン・TTP停戦は続かず】
なお、タリバンにとっても“身内”あるいは“仲間”のTTPとパキスタン軍の戦闘状態は何かと不都合がありますので、上記記事にもあるように、昨年11月にはタリバンの仲介でTTPとパキスタンの停戦が合意されました。
TTP及びISI双方に近いとされるタリバンのシラジュディン・ハッカーニ暫定内相が中心的役割を果たしたとのこと。
“パキスタン政府、武装勢力と1カ月停戦で合意 タリバンが交渉仲介”【2021年11月9日 毎日】
“タリバンにとっては、TTPとの交渉を仲介することで、事実上の「支援国」であるパキスタンの要請に応えられるほか、国際社会に対してもテロ対策に取り組んでいることをアピールすることができる。”【同上】との思惑が指摘されています。また、下記記事によればタリバンにとってテロを繰り返すTTPは“重荷”になっていたとも。
しかし、結局この停戦は延長されませんでした。
****TTP、パキスタン政府との一時停戦終了を表明 タリバンが仲介****
パキスタンの反政府武装勢力「パキスタン・タリバン運動」(TTP)は9日の声明で、パキスタン政府との間で11月から1カ月間実施していた一時的な停戦を終了することを明らかにした。一時停戦は、TTPと友好関係にあり、パキスタンの軍情報機関とも近いとされるアフガニスタンのイスラム主義組織タリバンが仲介していた。
TTPは停戦終了の理由として「政府側が合意を守らなかった」と主張。具体的には、政府側が拘束する100人超のTTP構成員が解放されなかった▽政府側の和平交渉を担うメンバーが(交渉場所に)到着していない▽パキスタン軍がTTPへの攻撃を続けた――ことなどを挙げた。
TTPは、パキスタン西部にある部族地域を拠点とする複数の武装組織の連合体。アフガンのタリバンと友好関係にある。2012年には女子教育の重要性を訴えていたマララ・ユスフザイさんを銃撃したほか、軍などを標的としたテロを繰り返している。
TTPのメンバーの多くは現在、パキスタン軍の掃討作戦から逃れる形でアフガン東部に潜伏している。
一方、アフガンのタリバン暫定政権の外務省幹部によると、パキスタンでテロを繰り返すTTPの存在は、国際的な承認を目指すタリバンにとって「重荷」となっていた。
ただタリバンにとってTTPは友好関係にあるため、強制的に追い出すこともできず「パキスタン政府と和平合意を結んでもらうのが最善策」と考え、両者の仲介を試みたという。【2021年12月10日 毎日】
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【“揉める”余裕はない両国の事情】
以上のような“微妙”な関係にもあるアフガニスタン・タリバン政権とパキスタンですが、今回のパキスタンの越境攻撃が大きな問題となることはないのでは・・・・。
タリバンにとっては、なんだかんだ言ってもパキスタンは数少ない「支援国」ですし、今は国際承認を求めている状況ですから、“揉め事”は起こしたくないところでしょう。
****タリバンが収入源の麻薬禁止 生産最大、政権承認狙いか****
アフガニスタンのイスラム主義組織タリバン暫定政権は3日、アヘンの原料となるケシの栽培と麻薬の使用を禁止すると発表した。
アフガンはケシの世界最大の生産国で、タリバンの収入源となっていた。タリバンは昨年8月に政権を掌握したが、各国は正式には認めていない。暫定政権には各国の求めに応じる形で麻薬対策に乗り出し、国際承認につなげる狙いがありそうだ。
暫定政権のハナフィ副首相は別の作物栽培などに置き換えるための協力を国際社会に求め「世界が安全に過ごせるようにする」と語った。最高指導者アクンザダ師による命令で違反者は取り締まるとしている。【4月3日 共同】
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さんざん資金源に使ってきて、今になって「世界が安全に過ごせるようにする」と言うのも、いいたいどの口が・・・という感はありますが。
パキスタン側も、4月12日ブログで取り上げたように、カーン前首相が失職し、シャリフ新首相に変わりましたが、政変のゴタゴタが続いており、タリバンどころではないのでは。
****インフレや反発議員の大量辞職表明…パキスタン新首相誕生も混乱続く****
(中略)
不信任案可決で失職したイムラン・カーン氏にかわり、新しく首相に就任したのはシャバズ・シャリフ氏。
野党勢力をまとめあげましたが、反発する議員100人以上が辞職を宣言。さらに前職のカーン氏からは反対デモを呼びかけられています。
野党勢力をまとめあげましたが、反発する議員100人以上が辞職を宣言。さらに前職のカーン氏からは反対デモを呼びかけられています。
「経済危機に、外交も難題ばかり。内憂外患の船出」
シャリフ氏は、過去に首相を3度務めたナワズ・シャリフ氏の弟。
新首相にとって急務となるのは、前政権で悪化したインフレの沈静化と、外交面の立て直しですが、いずれも難題です。
新首相にとって急務となるのは、前政権で悪化したインフレの沈静化と、外交面の立て直しですが、いずれも難題です。
前首相のカーン氏は、ロシアによるウクライナ侵攻の直後にプーチン大統領と会談し、国際社会の批判を浴びたほか、アフガニスタンで実権を掌握したイスラム原理主義勢力・タリバンに対する支援を巡り、アメリカとの外交が途絶えるなどしていました。
隣国インドとの関係も悪化しています。
消費者物価指数は、カーン氏の首相就任以来、2桁前後の上昇率で推移。ウクライナ侵攻によるエネルギー価格の上昇も深刻です。
これらの難題に加え、100人以上が議員辞職を表明したことに伴う大規模な補欠選挙や、パキスタンで強い政治力を持つ軍との関係構築など、いろんな難題にも向き合うことになるシャリフ新首相。今後、安定した政権運営ができるかは不透明です。【4月18日 FNNプライムオンライン】
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ただ、パキスタンの話でわかりにくいのは、政府の意図と軍の意向が往々にして異なることがある点で、軍は勝手に動いているように見えることも。