(アルジャジーラのシリーン・アブ・アクレ記者。同氏の元同僚提供(2021年5月22日撮影)【7月5日 AFP】)
【パレスチナ人記者射殺事件の顛末】
きな臭い事件、不穏な事件には事欠かないイスラエル・パレスチナ地域ですが、今年5月11日にヨルダン川西岸のパレスチナ自治区ジェニンで取材中の女性記者、シリーン・アブアクラさん(51)が顔面を銃撃され死亡する事件がありました。
彼女は米国籍を持つ著名パレスチナ人記者だったこともあり、イスラエル・パレスチナどちらが発砲したのかが議論となりました。
****アルジャジーラ記者、銃撃で死亡=イスラエル関与めぐり非難の応酬****
中東カタールを本拠とする衛星テレビ局アルジャジーラによると、ヨルダン川西岸のパレスチナ自治区ジェニンで11日、取材中の同局の女性記者、シリーン・アブアクラさん(51)が顔面を銃撃され、死亡した。
アルジャジーラはイスラエル軍が銃撃したと主張しているが、イスラエル政府は「パレスチナ人の発砲で死亡した可能性がある」と反論。情報が交錯する中で非難の応酬となっている。
アルジャジーラによれば、アブアクラさんは難民キャンプに対するイスラエル軍の急襲作戦を取材していた。銃撃時に「報道」と書かれた防弾チョッキを着用しており、声明で「国際法に反する形でイスラエル軍に冷酷に殺害された」と非難した。パレスチナ人記者1人も背後を撃たれ負傷した。【5月11日 時事】
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国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)もイスラエル側からの銃撃を指摘しています。
****イスラエル側から銃撃=パレスチナの女性記者射殺―国連人権事務所****
パレスチナ系米国人の女性記者、シリーン・アブアクラさんがパレスチナ自治区ジェニンでイスラエル軍の急襲作戦を取材中に銃撃を受けて死亡した事件で、国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)は24日、独自調査の結果として「銃弾はイスラエル治安部隊から発射された」と発表した。
5月11日に起きた事件をめぐり、イスラエル政府はパレスチナ武装勢力の発砲が原因だった可能性に言及していた。しかし、OHCHRは武装勢力が事件発生時、現場で活動していたことを示す情報は見つからなかったと指摘した。
一方、イスラエル軍はOHCHRの発表を受けて声明を出し、少なくともイスラエル側がアブアクラさんを意図的に狙った事実はないと説明。発砲したのが「パレスチナ人の狙撃手かイスラエル兵かを断定することはできない」と強調した。【6月24日 時事】
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一方、イスラエルの同盟国アメリカは、イスラエル側の発砲ではあったが、“故意に殺害されたと考える「理由はない」”と“誤射”の見解を示し、遺族・パレスチナ側の反発を呼んでいます。
****アルジャジーラ記者死亡、イスラエルの誤射と結論 米発表に遺族ら反発*****
(中略)米国務省は4日、銃撃はイスラエル側によるものだった可能性が高いとする調査結果を発表した。イスラエルの責任を追及する姿勢を示したが、同氏が故意に殺害されたと考える「理由はない」としている。(中略)
同氏の死は怒りの声を呼んだ。パレスチナ自治政府は、アブ・アクレ氏が故意に射殺されたとし、戦争犯罪に相当すると非難。一方のイスラエルは、意図的な銃撃を強く否定している。
米国務省は、アブ・アクレ氏が受けた弾丸を詳細に分析したものの、損傷が激しかったため、弾の出所について「決定的な結論」を出せなかったと説明。イスラエルと緊密な同盟関係にある米国による今回の発表は、全ての関係者が受け入れられる調査結果への期待を裏切る形となった。
同氏の遺族は声明で、弾丸を発射した銃が特定できなかったことは「信じがたい」と反発。パレスチナ自治政府高官は、「真実を隠そうとする」試みを非難した。パレスチナのイスラム原理主義組織ハマスは国際的な捜査を求め、米国をアブ・アクレ氏殺害の「真の共犯者」と呼び批判した。 【7月5日 AFP】
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アメリカ・バイデン大統領は来週にもイスラエルを訪問予定で、その前に政治的幕引きを図った・・・とも見られています。
****イスラエル軍に「故意の発砲なし」=バイデン氏訪問に配慮か―記者銃撃で・米調査****
パレスチナ系米国人記者がイスラエル軍の急襲作戦を取材中に銃撃を受けて死亡した事件で、米国務省は4日、明確な結論に踏み込まないまま、故意の発砲とは認めないとする調査結果を発表した。バイデン米大統領は来週、就任後初のイスラエル訪問を控えており、事件が両国関係の火種とならないよう配慮した可能性がある。
イスラエルのラピド首相は4日、米国の発表を受けて声明を出し、イスラエル軍の調査でも「彼女を意図的に傷つける意図がなかったのは確定的だ」と呼応してみせた。イスラエル紙ハーレツは解説記事で「バイデン政権は来週の大統領訪問前の幕引きを望んだ」と分析した。(後略)【7月5日 時事】
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ロシア軍のウクライナ侵攻に対し、民主主義・人権を掲げて批判するバイデン政権ですが、立場・状況が変われば“政治的配慮”が優先するという“極めて当たり前の現実”を見るような感も。
【イスラエルとイランの「影の戦争」】
イスラエルにとってはパレスチナ問題は今も重要な国内問題でもありますが、圧倒的軍事力を有し、かつてパレスチナを支援していたアラブ諸国とも関係を強化しているということもあって、軍事的に見れば目下の主敵は核開発を進めるイラン・・・ということでしょう。
イスラエルとイランは水面下で「影の戦争」を戦っているとも言われています。
****イランとイスラエルの影の戦争****
ロシアとウクライナの戦争が国際コミュニティの注目を集める中、イラン政府とイスラエルによる影の戦争は過激化し、同地域の緊張を高めている。イランとイスラエルの影の戦争が拡大することの危険性は、歯止めが掛からなくなり両国間の全面戦争に発展する可能性を秘めている点にある。
イスラエルは、イラン西部ケルマンシャー州近郊にあるイランの空軍基地を攻撃し、数百機のドローンを破壊するという前例のない動きを見せたと報じられている。
イラン政府はおそらく面目を失いたくない、あるいは弱みを見せたくないという理由から、この攻撃に関する情報公開を行わなかった。報道機関『The Nour』は、「14日午前、ケルマンシャー州マヒダシュト地区にあるイスラム革命防衛隊の支援基地のひとつにて、モーターオイル等の可燃性物質が置かれていた保管室から出火し、産業用倉庫に損害が発生した」と報じている。
力を見せつけ強硬派の不満を抑え込むため、即時報復を試みるのがイラン政府の常となっている。今回イラン政府はイラク北部クルド人自治区に向けて十数発のミサイルを発射するという形で対応し、イスラエルの施設を狙ったと主張した。
イスラム革命防衛隊(IRGC)は、「IRGCが放った強力かつ正確なミサイルの標的は、陰謀と悪事をたくらむシオニストの戦略施設だった」と声明を発表した。
エルビルのオメド・コシュナウ県知事は、同地区にイスラエルの施設は存在しないと述べた。狙われたのは新設された米国領事館だったという。(中略)
イスラエルへの報復にあたって、イラン政府は直接イスラエルの施設を狙う必要はない。イラン政府はイスラエルの強固な同盟国である米国を標的とすることで、米国政府からイスラエルに圧力を掛けざるを得ない状況を作り、米国とイスラエル両国がイランの報復の標的になり得るのだという強力なメッセージを送ることができる。
イラン政府は、イスラエルまたは米国の施設を攻撃可能な数千発のミサイルを保有している。米中央軍司令官のケネス・マッケンジー大将は米国上院軍事委員会にて次のように述べた。
「軍事レベルでの私の第一の懸念は、彼らが核兵器を持っていないかどうかですが、彼らの弾道ミサイル計画の大幅な成長と効率性についても大きな懸念を持っています。彼らは様々な種類のミサイルを3,000発以上保有しており、中にはテルアビブを射程圏内に捉えているものもあります」
イランとイスラエルの影の戦争は、他国つまりシリアでも悪化している。先日はイスラエルがシリアで空爆を行い、IRGCの将校2人を含む4人が死亡した。
IRGCと繋がりを持つイランの国営報道機関『Sepah News』は、イスラエルは「この犯罪の報いを受ける」ことになるだろうと警告し、殺害されたイランの2人はエーサン・カルバライプール将軍とモルテザ・サイードネジャド将軍だったと報じた。
拡大を続けるこのイラン政府とイスラエルによる影の戦争の裏には、いくつかの根本的な問題が存在する。最も重要な問題は、イランの核計画および核合意再建に関連している。
イランの指導者層は核計画の目的は平和利用だと主張しているが、イスラエル政府の観点からすると、イラン政府は核兵器の保有という裏の目的の実現を目指しているということになる。
イスラエルの指導者層の懸念は、イラン政府がこれまで内密に行ってきた核活動が裏付けている。イラン政府は最初から核活動を秘匿すると決めていた。たとえばナタンズとアラークという2つの大都市で秘密裏に行われていた核活動を2000年に初めて明らかにしたのは、反体制派であるイラン国民抵抗評議会(NCRI)だった。
イスラエルはイラン核合意による重大な影響と、シリア、レバノン、イラクにおけるイラン政府の影響力増大を懸念している。(中略)
イスラエルとしても、核合意によってイラン政府が財政面で余裕を取り戻すのみならず、同政府による核計画の進展を防げないのではないかと懸念している。そのうえ、核合意によってイラン政府はイラク、イエメン、レバノン、シリアの親イラン派グループを強化し勢いを煽るためになんとしても必要な資金を得ることになる。
端的に言えば、イスラエルはイラン核合意による重大な影響と、シリア、レバノン、イラクにおけるイラン政府の影響力増大を懸念しているのだ。このことがイラン政府とイスラエルの影の戦争の拡大に繋がっており、歯止めが掛からなくなって全面戦争へと発展するリスクが生まれているのである。【3月21日】
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イランでは革命防衛隊関係者や軍事関連技術者が不審死する事件が相次いでいます。
5月22日 革命防衛隊の大佐が自宅近くで射殺される
25日 軍事施設に対するドローン攻撃で技師が死亡
31日 航空技術者が急死
6月2日 地質学者が急死
3日 革命防衛隊の大佐が自宅で転落死と報道
12日 革命防衛隊航空宇宙軍の技師が交通事故死
12日 国防省の航空宇宙部門の技師が業務中に死亡
イラン側はこうした事件へのイスラエルの関与を確信し、報復の機会を狙っているとも指摘されています。
【イスラエル・トルコ関係の改善】
13日にはイスラエルのラピド外相が、「イランのテロリストたち」によるテロ未遂事件がイスタンブールであったと発表、トルコ当局と連携して「複数のテロ計画」を阻止してきたとも明らかにしています。
****イランの「テロ阻止」で謝意=16年ぶりトルコ訪問―イスラエル外相****
イスラエルのラピド外相は23日、同国の外相として16年ぶりにトルコを訪れ、首都アンカラでチャブシオール外相と会談した。ラピド氏は会談後の共同記者会見で、トルコ国内での「イスラエル市民を標的としたイランによるテロ攻撃」を協力して阻止できたとして、トルコ政府への謝意を示した。
一方、チャブシオール氏は、イスラエル市民に対する脅威について「両国の関係機関が継続的に情報交換している」と指摘。イランについては直接言及しなかったが、トルコ国内で「テロ攻撃を許すことはあり得ない」と強調した。【6月24日 時事】
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以前からトルコ・エルドアン大統領はイスラエルのパレスチナ対応を強く非難するなど両国関係はよくありませんでしたが、ここにきて、両国とも周辺アラブ諸国との関係改善を進めており、その思惑が一致したようです。
“(イスラエル外相)ラピド氏はまた、トルコとの間で相互に大使を派遣する協議を始めたと述べた。両国は2018年、在イスラエル米国大使館のエルサレム移転を受け、抗議するパレスチナ人に治安部隊が発砲、多数が死傷したことなどで関係が悪化し相互に大使を召還した。パレスチナを支持するトルコのエルドアン政権はそれ以前からイスラエルと対立していた。”【6月24日 産経】
【イスラエル国内事情 ベネット連立政権崩壊】
周知のように、イスラエルは国内的にはベネット政権が崩壊して政治混乱が続いています。
もっとも、“3年間で5度目の総選挙”ということで、その類のゴタゴタは圧倒的な多数党がないイスラエルにおいては“日常的”なことなのかも。
****イスラエル、3年間で5度目の総選挙へ 国会解散、外相が首相兼務****
イスラエル国会(定数120)は30日、ベネット政権が提出した国会解散を求める法案を可決した。昨年6月に発足したベネット政権は約1年で崩壊し、2019年4月以降で5度目となる総選挙が11月に実施される。新内閣発足まで、首相をラピド外相が兼務する。
新首相となるラピド氏は中道政党「イエシュアティド」の党首。パレスチナとの「2国家共存」を推進する意欲を持つ首相は、同じく中道のオルメルト元首相(在任06〜09年)以来となる。
ただ、ラピド政権は総選挙までの「暫定内閣」の色合いが強く、パレスチナ問題の進展は難しそうだ。一方、ラピド氏は引き続き外相を兼務するため、外交政策も前政権と大きく変わらない見込みだ。バイデン米大統領のイスラエル訪問は、7月中旬に予定通り実施されるという。
ベネット政権は昨年6月、汚職容疑で公判中のネタニヤフ前首相と対立する8党が結集して成立。過半数ぎりぎりの61議席だったが、各党が妥協してバランスを保ってきた。
だが、パレスチナ政策などを巡って徐々に亀裂が表面化。4月以降、ベネット氏率いる右派政党「ヤミナ」の議員2人が政権から離脱し、国会で少数派に転落した。
イスラエルは少数政党が乱立する完全比例代表制。19年以降、組閣失敗による再選挙を繰り返し、4回目の選挙でようやく政権発足に至った。11月の選挙後も連立交渉が難航するとみられており、ラピド政権が長期化する可能性もある。【6月30日 毎日】
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ベネット政権は右派の強硬派から中道左派、アラブ系政党など幅広い政党からなる連立政権で、イスラエルの歴史上初めて成立したアラブ系政党との連立政権でもありました。しかし、「反ネタニヤフ」だけが共通事項で、ベネット前首相自身はネタニヤフ元首相以上の右派強硬派であり、このような多様な連立を率いるには当初から無理もあったようにも思えます。
ラピド新首相は“パレスチナとの「2国家共存」を推進する意欲を持つ”とのことですが、バイデン米大統領訪問でそのあたりがアピールされるものと思われます。
ただ、対パレスチナ関係で大きな変革を実現できるほどの政治基盤はなく、現実面では現状維持が続くことが予想されます。
【ファタハ・ハマスのトップ会談】
一方、パレスチナ側では・・・
****パレスチナ自治政府とハマス、6年ぶりトップ会談****
複数のイスラエル・メディアによると、パレスチナ自治政府のアッバス議長と自治区ガザを実効支配するイスラム組織ハマスの最高指導者ハニヤ氏が5日、アルジェリアで会談した。
アッバス氏率いるパレスチナ主流派組織ファタハはハマスと長年対立しており、トップ同士が会うのは2016年以来とみられる。
アッバス、ハニヤ両氏は、アルジェリアで行われたフランスからの独立60周年を祝う式典に参加し、アルジェリアのテブン大統領が仲介したという。会談の内容は明らかでないが、イスラエル紙ハーレツは「選挙への道を開く期待から行われた」と報じた。【7月6日 時事】
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こちらも、現実的な動きはあまり期待できないような・・・気がしています。変化を実現できる活力・体力がもはやない・・・と言うべきか。