孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

マレーシア  「盆踊り」論争に見る「不寛容」拡大の流れ

2022-07-03 22:33:36 | 東南アジア
(マレーシアのスランゴール州で開かれた盆踊り大会=2018年7月(共同)【7月3日 共同】)

【PAS所属閣僚 盆踊りは仏教に影響されており「信仰に反する」】
最近あまり目にしないマレーシアに関する話題で、ひと月程前に目にした「盆踊り」の記事。

****マレーシア、盆踊り「不参加を」 宗教担当閣僚、イスラム教徒に****
マレーシアのイドリス首相府相(宗教担当)は6日、日本文化の紹介や草の根交流を目的に40年以上現地で開催してきた盆踊り大会について「イスラム教徒が参加しないように忠告する」と報道陣に語った。国営ベルナマ通信などが報じた。

マレーシアはイスラム教が国教で、イドリス氏は保守的な全マレーシア・イスラム党(PAS)に所属。総選挙を控えており、保守的な支持層の期待に沿ったとの見方もある。

イドリス氏は盆踊りは仏教に影響されており「信仰に反する」と説明、閣僚の発言が交流に波紋を与えそうだ。【6月7日 共同】
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マレーシアの「盆踊り」については以下のようにも

****マレーシアの「盆踊り」*****
東南アジアではタイ、マレーシア、インドネシアで毎年盆踊り大会が挙行されているが、マレーシアの盆踊りは約40年の歴史があり、日本を除くと世界最大規模の参加者で賑わう恒例行事となっている。

本格的なコロナ渦前の2019年7月、マレーシアの首都クアラルンプール近郊にあるシャー・アラム競技場で行われた盆踊り大会は約3万5000人を集め、民族、宗教、性別に関係なく誰もが参加できる大会として開催された。

クアラルンプール観光局が無料シャトルバス、医療チームを駆り出し、交通警察も協力するなど、マレーシア側によるバックアップも充実した地域挙げての盆踊り大会だったという。(中略)

盆踊り大会はコロナ渦で2年間開催が中止され、今年は久々の開催となる。7月16日にクアラルンプール近郊のセランゴール州シャー・アラムで、同月30日には北部のペナンで開催が予定されている。【6月23日 大塚 智彦氏 現代ビジネス】
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一方で開催を支持する有力者もおり、現地日本人会は予定通り7月16日に開催する方針とのこと。

不参加要請発言のイドリス首相府相(宗教担当)が属する全マレーシア・イスラム党(PAS)は、ほとんどイスラム原理主義と言っていいような宗教保守的政党です。

****全マレーシア・イスラム党(PAS)****
イスラーム法源に基づく「マレーシア・イスラーム国家」を設立を党是としている。クランタン州やトレンガヌ州といったマレー半島東海岸の保守的な地域から大きな支持を得ている。(中略)

カイロのアズハル大学、マッカ、メディーナといった中東の大学を卒業した伝統的なウラマーが党の指導者層を占める。そのため、イスラームに対しては保守的であり、過激で偏狭な宗教的政党であるとレッテルを貼られてきたし、徹底した西洋批判、イスラーム法の普遍的原則から女性やムスリムに関する具体的事例まで、イスラームの解釈を遵守している。

その点では明らかに伝統主義的であり、実際、PASは、ムスリムに反対するものならば、誰にでも不信心者のレッテルを貼った。【ウィキペディア】
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20年ほど前になりますが、東海岸のクランタン州コタバルを観光したことがあります。

“マレーシアは、民族構成がきわめて複雑な国のひとつであり、多民族国家である。単純な人口比では、マレー系(約65%)、華人系(約24%)、インド系(印僑)(約8%)の順で多い。”【ウィキペディア】というマレーシアにあって、当時、マレー人が95%を占めるクランタン州ではイスラム原理主義をかかげるPAS(全マレーシア・イスラム党)が州政府を掌握しており、イスラム法にのっとった統治が行われていました。(現状は未確認)

そのときの極めて印象的な思い出。
広場にたくさんの屋台が並ぶマーケットを散策していると、礼拝を呼び掛けるアザーンとともにハンドマイクを持った男性が表れ、マーケットの全員に何かを呼び掛けます。

言葉はわかりませんが、多分「さあ、お祈りの時間だ。みなモスクに行くように」といったことを話していたのではないでしょうか。

その男性にせかされるように、屋台で肉を焼いていた人も、買い物をしていた人も、100人以上いたと思われますが、みなその場をはなれて近くのモスクに向かいます。

数分前まで大勢の人でごった返し、いろんな食べ物の匂いで溢れたいた広場には数人が残るだけ。(華人など非イスラム教徒でしょうか)異様な光景でした。(おかげで夕食を食べそこねました)

「なるほどね・・・これがPASが統治するイスラムにのっとった社会か・・・」と感慨深い経験でした。

ウクライナでの戦闘、それに影響された飢餓の不安、インフレなどが報じられるなかで、「盆踊り」の話題というのは緊迫感に欠ける印象もありますが、多様性を重視するとともに、民族・宗教間のバランスをいかにとっていくかが最重要課題の多民族国家マレーシアが変質している表れの「ひとつ」だとしたら、見逃せないことでもあります。
(バランスというのは、単に少数派の権利保護だけでなく、多数派マレー人の思いをいかに満足させるか・・・も含まれます)

【総選挙に向けた保守層へのアピールか】
今回のPAS所属閣僚の発言には、現地の州王(スルタン)が反発し、事態収拾を図っているとも報じられています。

****マレーシア、盆踊りが政治騒動に 州王が鎮静化****
マレーシアで人気行事として定着している盆踊りが政治騒動に巻き込まれている。

イスラム保守政党出身の閣僚が不参加を呼びかけたのが発端で、州王が鎮静化に乗り出す事態になった。総選挙が近づく中で、多数派のマレー系イスラム教徒の関心を引く思惑も背景とみられる。多民族国家の融和の難しさを改めて浮き彫りにする。

(中略)3年ぶりの開催に冷や水を浴びせたのは、イドリス・アーマド首相府相(宗教担当)の発言だ。6月初旬に「盆踊りには宗教的な要素が含まれ、イスラム教徒は参加しない方がよい」と述べた。同氏は保守的な主張で知られる全マレーシア・イスラム党(PAS)の副総裁も務め、PASの女性部門なども同調した。

これに反論したのが、開催地スランゴール州の州王だ。9日付の声明で、16年に自ら参加した経験を明かした上で「マレーシアでも数十年間にわたり開催されてきた盆踊りは単なる文化的なお祭りだ」と指摘。「政治家が宗教的に繊細な問題を自らの人気獲得のために利用しないことを望む」とイドリス氏らを批判した。PAS幹部を呼び出すなどして、自ら事態の収拾をはかっている。

日本人会なども「日本とマレーシアの人々の関係をさらに深める機会となる」と意義を訴えており、今のところ予定通り開催できる見通しだ。

PASが盆踊りを俎上(そじょう)に載せた背景には、早ければ年内にも実施される総選挙がある。PASはイスマイルサブリ連立政権の一角を占めるが、次の総選挙では政権主流の統一マレー国民組織(UMNO)と組まず、選挙区で競合する見通しだ。

両党ともに人口の7割を占めるマレー系が支持基盤で、PASはマレー系イスラム教徒の独自性を強調し支持を広げたい考えだ。

ただ、文化的な行事の政治化は民族や文化の異なる住民間の不和をあおる恐れがある。マレーシアでは69年にマレー系と華人系住民が対立し、大規模な人種暴動が起きた過去もある。

ISEASユソフ・イシャク研究所のリー・ホックアン上級研究員は「PASが宗教的な信認を高めるために敵対的な姿勢を広めているのは遺憾だ。影響力のあるPASが(州王の批判後も)対応を改めようとしないのも懸念される点だ」と指摘する。【6月26日 日経】
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【多様性を重視した社会で広がる「不寛容」】
大きな流れで見ると、マレーシア、そして隣国のやはりイスラムが主流のインドネシアにおいて、これまでの多様性重視に対し、イスラム的価値観を重視する流れが強まっているように見えます。

****「盆踊り大会」は仏教行事…? マレーシアで「イスラム教徒不参加勧告」が炎上中****
宗教的「不寛容」が拡大する中で

まさかの「盆踊り論争」勃発
マレーシアで宗教に基づく「不寛容」が拡大しつつあり、識者らが不適切であると指摘する一方で、多数を占めるイスラム教組織などはこの「不寛容」を支持している。

ことの発端はマレーシアで開催される盆踊り大会に「仏教に根差す行事にイスラム教徒は参加すべきではない」とイスラム政党が不参加を呼びかけたことだった。

確かに盆踊りは死者を弔う意味を込めてお盆に行われるものではあるが、日本人の間でも盆踊りを仏教関連の行事と認識している人は少ない。そもそも盆踊りの起源には仏教行事、歌垣の遺風、原始信仰の儀式など諸説あり、確定もしていない。地方の行事、風習、風俗として伝承されているが、今では若者向けのイベントとして行われるケースも多い。

海外では、現地の日本人会や商工会議所、大使館などの主催や協賛で開催されるケースが多く、日系人社会が定着している米ハワイ、カリフォルニア、南米のブラジルなどでは地域の行事と化している。(中略)

イドリス・アハマド氏による盆踊り大会へのイスラム教徒不参加勧告は、イスラム教組織などからは一定の支持を受けている。

盆踊り開催場所の一つであるペナン州のムフティ(イスラム教指導者)であるワン・サリム師は、「イスラムでは踊ったり霊を崇拝したりすることで先祖を思い出すことは奨励されていない」「イスラムの教義に反するムシュクリ(多神教)に繋がる恐れがある。我々は信仰の純粋性を維持するべきである」とイスラム教の立場から盆踊り参加への反対を表明している。

ペルリス州のムフティ、モハマッド・アヌリ・ザイヌル師は折衷案として、「盆踊り大会」という名称を「日本文化フェスティバル」「日本文化祭」などに変更する案を出している。

しかしこの名称変更案も「名称を変えろというなら他の外国のイベントも全て変えろということか、非常識だ」「名称を変更するのは外国文化に失礼だ」「日本への侮辱だ」などと一斉に反発を招く結果となってしまった

現地のスルタンも開催を支持
一方で、イスラム教徒の中からも疑問を示す声が多く寄せられている。
国を憂うマレーシア人の元高官で構成される組織「G25」はイドリス氏の発言をこう批判した。

「マレーシア人は多文化の多様性や多種多様な民族の祭りを楽しむ自由を認められるべきだ。盆踊りも今日では宗教的なものではなく文化的な祭りとなっている」
その上で、「マレーシア人の最大の資産は民族的・宗教的な多様性にある」とまで言い切って、盆踊りへの全てのマレーシア人の参加を許容すべきとの立場を強調した。

今年の会場となるセランゴール州のアミルディンシャリ州首相、ペナン州の観光クリエイト経済委員会のヨー・スンヒン議長も予定通りの開催を表明している。

セランゴール州のスルタン(州の君主)であるシャラフディン・イドリス・シャー殿下は、以前に盆踊り大会に参加した経験から「盆踊り大会に宗教的要素は何もなかった」として今年の開催を支持する立場を明らかにし、地元当局に開催を指示するよう求めた。

日本人会などが作成した今年の盆踊り大会のポスターには、ヒジャブ(イスラム教徒の女性の頭部を覆う布)を着用した浴衣姿のマレーシア人女性が、日本人や子供たちと一緒になって楽しそうに踊る姿がイラストで描かれている。

SNS上では圧倒的に開催支持
当然、インターネットやSNS上でも議論が沸騰しているが、開催への参加は自由という論調の意見が圧倒的に目立っていると地元メディアは伝えている。

「当局はイスラム教徒が信仰心に欠け、お祭りに簡単に振り回されるというのか」「外国のイベントの影響でどうして自分たちの信仰心が揺らぐというのだろうか」などの声が多数を占め、政府や当局による不参加勧告を批判している。

マレーシアメディアの多くも「盆踊りは今は開催地周辺のコミュニティーも参加して楽しむイベントとなっている」「ほとんどの日本人ですら盆踊りが宗教的な行事であるということを知らないか気にしていないのが実情だ」などと世論を盛り上げて、不参加勧告への疑問を呈している。

多様性、寛容性が揺らいでいる
マレーシアはこれまで、イスラム教国でありながら国内の中国系マレーシア人を中心とする仏教徒やキリスト教徒、インド系マレーシア人のヒンズー教徒など他の信仰を禁止したり、規制したりすることなく「多様性、寛容性の国」として国際的評価が高かった。

これは同じくイスラム教徒が圧倒的多数を占めながらも「イスラム教国」ではない世俗国家を目指したインドネシアが国是に掲げる「多様性の中の統一」「寛容性」に相通じるものがある。

だがそのインドネシアでは近年、多数派であるイスラム教徒の主張や規範、教義があたかも国家の主張、規範、規則であるかのような風潮が目立ってきている。イスラム教の急進派や少数異端派などを「国家の治安を乱す可能性がある」との理由で排除、差別、摘発と強い姿勢で臨むケースが増えているのだ。

そうした風潮はマレーシアも同様で、いくつかの州ではイスラム教のファトワ(勧告)でヒンズー教の宗教行事や祭りへの参加を禁じたり、キリスト教の行事だとしてクリスマスやバレンタインデーを祝うことを禁じたりして、若いイスラム教徒の反発を買っているという事実もある。

インドネシアで問われている宗教上の「多様性」や「寛容」が同様にマレーシアでも問われ、「不寛容」の風潮が広まることへの警戒感が生まれているのだ。(後略)【6月23日 大塚 智彦 現代ビジネス】
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たかが「盆踊り」、されど「盆踊り」・・・・といったところ。

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