(12月17日、チュニジアの首都チュニスで、議会選挙の投票をするサイード大統領【2022年12月18日 産経】)
【「盗まれた革命」か、独裁返りか】
周知のように、2010年から2012年にかけて中東・北フリカのアラブ諸国に民主化を求める大規模反政府運動が瞬く間に拡散し、強権的な独裁・王権支配の多くの国で国家体制を揺るがし、幾つかの独裁政権が倒れました。
いわゆる「アラブの春」ですが、その発端となったのが、北アフリカのチュニジアであり、その後多くの国が独裁・紛争などに「後退」するなかで、唯一「アラブの春」の成果としての民主主義を維持できているのが、そのチュニジアであることも、しばしば取り上げられるところです。
しかし、その「唯一の成功例」とされるチュニジアにおいて、サイード大統領が議会を停止し、権力を独占する体制に移行しつつあることは、2021年12月19日ブログ“チュニジア 「アラブの春」の唯一の「成功例」が存続するのか、独裁の復活か”で取り上げました。
それから1年以上が経過しましたが、事態に大きな変化はなく、サイード大統領への権力集中、その体制固めが進行しています。
サイード大統領が首相を解任、議会を停止し、権限を自身に集中させているのは、単なる権力欲という訳でもなく、それなりの背景があってのことではあります。
独裁を打破した革命の精神を受け継ぐのは、党利党略に明け暮れる政党ではなく、サイード大統領の方だとの見方もあるようです。
実際、党利党略に明け暮れる政党政治・議会は市民が困窮するなかで有効な解決策を提示できず、そうした事態を打破しようとするサイード大統領を支持する若者らも存在します。
独裁崩壊後の議会では政党対立が繰り返され、行政は汚職が横行。経済状況は革命前より悪化しました。
そうした状況に、若者活動家らは「路上の若者が独裁者を追放したのに、権力層は残り、腐敗している。革命は盗まれた」と怒りました。
そのころ、デモを続ける若者活動家に寄り添い、その怒りに共感したのが、のちに大統領となる憲法学者サイードでした。
サイード大統領が21年7月、イスラム系政党ナハダと世俗派が対立を続け、機能が麻痺した議会の閉鎖を突然宣言。
全政党が「大統領のクーデター」と批判するなか、若者たちは路上に出てサイードの強硬措置を支持して歓喜したとのことです。
サイード大統領による首相解任・議会停止以前から、チュニジア政治は混乱していました。
****独裁返りか? チュニジア「アラブの優等生」報道が無視してきたこと****
<大統領サイードの全権掌握には、反対デモが起こっているだけでなく、賛成の声もある──欧米メディアが使い続ける「優等生」という表現が誤解を助長してきた、チュニジア政治と民主化プロセスの複雑性とは>
7月25日、チュニジアのカイス・サイード大統領が、ヒシャム・メシシ首相の解任と、議会の30日間停止を発表した。首都チュニスの議事堂周辺には治安部隊が配置され、議員たちの立ち入りを禁止した。
さらに翌日、サイードは法相代行と国防相も解任し、カタールの衛星テレビ局アルジャジーラの支局閉鎖を命令。一般市民についても3人以上の集会を禁止した。一連の措置について、ラシド・ガンヌーシ議会議長は「クーデター」だと厳しく批判した。
そんなことはない、とサイードは言う。チュニジア憲法80条は、「国家の一体性および、国家の安全保障や独立を脅かす差し迫った危険」が生じた場合、国家元首が全権を掌握することができると定められているというのだ。
確かにチュニジアは、長く経済が停滞し、議会は迷走し、新型コロナウイルスの感染者が急増している。だがそれが、国家の差し迫った危険かどうかは、議論が分かれるところだろう。本来なら憲法裁判所が裁定を下す問題だろうが、そのような法廷はない。
チュニジアはこうした政変とは無縁の国のはずだった。2011年のアラブ諸国の民主化運動「アラブの春」に先駆けて、25年近く権力の座にあったジン・アビディン・ベンアリ大統領を権力の座から引きずり降ろした後も民主主義体制が維持されてきた唯一の国であり、アラブの優等生だった。
だが、欧米メディアが使い続けてきたこの表現は、一種の誤解を助長してきた。まるでチュニジア政治には、民主化以外の道のりはなくて、デモの次は選挙、その次は憲法制定と、直線的に進化している印象を生み出したのだ。
独裁を試してもいい?
興奮気味の社説が、「本物の民主主義」への平和的な移行が起きていると語るとき、チュニジア政治の複雑性や、民主化のプロセス全般の複雑性は割愛されていたのだ。
サイードの全権掌握が、チュニジアの民主化の終わりを意味するのかどうかは、まだ分からない。それに、チュニジアで民主主義が壊れそうになったのは、この10年でこれが初めてではない。2013年には野党党首が暗殺されて、長期にわたり政局が混乱した。
2015年には、チュニジアで民主的に選ばれた初の大統領であるベジ・カイドセブシが、議会第2党のイスラム主義政党アンナハダとの協力を拒んだため、またも政局が混乱した(カイドセブシは議会第1党で世俗的な政党ニダチュニスの元党首だった)。
結局、カイドセブシと、アンナハダ党首のガンヌーシの間で和睦が生まれたが、それは2人が、相手に自分の意思を押し付けるだけの大衆の支持(つまり議席)がない現実を受け入れた結果だった。
それでも、2013年の暗殺事件が大掛かりな騒乱に広がらなかったことや、15年に2人の大物政治家の間で協力関係が構築されたこと、そして19年にカイドセブシが任期中に病死したとき平和的な権力の引き継ぎが行われたことは、大いに称賛に値する。
だからといって、今後もチュニジアの民主化が続くとは限らない。チュニジア情勢を丹念に追ってきた専門家なら、それを知っているはずだ。チュニジアの経済難、アイデンティティー問題、エリート層における旧秩序への回帰願望、そして議会の機能不全を考えれば当然だろう。
実際、現在のチュニジアでは、サイードが全権掌握を発表したことに対して、賛成のデモと、反対のデモの両方が起こっている。
現地からの報告によると、サイード支持派は、首相の政権運営と高止まりしたままの失業率に辟易していた。さらにこの1年のコロナ禍で、チュニジアの医療体制は大打撃を受けた。だから今、「もっと大きな権力を与えてくれれば、国民の生活を改善できる」と約束する独裁者に、賭けてもいいかもしれないと思う人が増えているのだ。
欧米人がチュニジアで交流する専門家やジャーナリストや社会活動家は、より公正で民主的な社会を構築したいと言うかもしれない。だが、幅広い庶民はどうだろう。少なくともここ数日路上に繰り出している人々は、民主主義についてもっと複雑な感情を抱いているようだ。
「成功例」というプリズム
彼らが求めているのは、特定の政治体制ではなく、雇用と社会的なセーフティーネットをもたらしてくれる、もっと実務能力の高い政府だ。
確かにこの10年で、チュニジアの人々はより大きな自由を得た。しかし経済難ゆえに、彼らの多くが自由を手放して、なんらかの形の権威主義を試してみてもいいと思うようになった可能性がある。
(中略)そこで厄介な問題となるのは、米政府も「チュニジアはアラブの春の成功例だ」というプリズムを通して物事を見る傾向があることだ。専門家も民主活動家も、チュニジアは民主化を成し遂げたのだから、もっと支援するべきだと主張してきた。
実際、アメリカは2011年以降、チュニジアの民主主義定着のために、総額14億ドルの支援を約束してきた。具体的には、国内の治安と安全保障、民主主義実践の強化、持続可能な経済成長などが含まれている。
もし、サイードの議会停止・全権掌握が一時的なものではなく、長期にわたり続くことになったら、つまりサイードが独裁と化したら、アメリカはこうした援助を停止または打ち切るのか。
それは価値観的には正しい判断かもしれないが、安全保障を考えるとリスクが高い。チュニジアはこれまでにも過激派分子を多く生み出してきたし、イスラム過激派の武力が交錯する隣のサヘル地域も不安定だ。
ひょっとすると、チュニジアは民主主義体制とか独裁体制といった、国家の体制に基づき外交政策の大枠を決める時代が終わりつつあるという教訓なのかもしれない。政治体制は変わるものだ。それも驚くほどあっという間に。【2021年8月2日 Newsweek】
******************
【権限集中を進めるサイード大統領】
サイード大統領の権限集中の軌跡を簡単にたどると、2021年9月、解任で空席となった首相に、国内で世界銀行のプロジェクトに携わった経験があるものの政治的には未知数の女性地質学者のナジラ・ブーデン氏を指名。
“チュニジア大統領、司法最高評議会を解体 裁判官ら強く反発”【2022年2月7日 ロイター】
****チュニジアで改憲案の国民投票 大統領の権限強化へ****
チュニジアで25日、カイス・サイード大統領の権限を強化する憲法改正案の是非を問う国民投票が行われた。大統領にほぼ無制限の権限を与える内容で、民主化運動「アラブの春」発祥の地である同国を独裁体制に回帰させるものだと批判されている。
サイード氏はちょうど1年前、行政府を解任し、議会を停止して自身の権限を強化。反対派からはクーデターだと非難を浴びた。だが同国では、独裁政権を率いたジン・アビディン・ベンアリ元大統領が失脚した2011年からの10年以上、経済危機と政治的混乱が続いており、生活が改善しないことに不満を抱く国民の多くはサイード氏を支持した。
サイード氏はここ1年、自身の権限を強化してきたが、経済の大きな改善にはつながっていない。今回の改憲案は可決される見通しだが、投票率の高さが同氏に対する世論の支持の指標となる。改憲案の可決に必要な最低投票率は設定されていない。
改憲案は大統領に対し、軍の指揮権や、議会の承認なしに行政府を任命する権限を与える一方で、大統領の罷免を事実上不可能とする内容。
また、大統領は議会に法案を提出できるようになり、議会は大統領の法案を優先させなければいけない。反対派は、改憲によりチュニジアが独裁体制に後戻りする恐れがあると警告している。(後略)【2022年7月26日 AFP】
*****************
憲法改正案は「賛成94.6%」で成立したものの、野党が投票をボイコットするなかで投票率は30.5%にとどまりました。
これまでも民主主義を根付かせるため、様々な困難を乗り越えてきたチュニジアでは、新憲法が成立したとしても、すぐに独裁になる可能性は低いという見方もあります。
一方で、「アラブの春」で独裁体制が倒れた後、民主選挙でイスラム政党が勝利。政治が混乱し、強い権力を持つ大統領が再び登場するという流れは、エジプトとも重なる・・・という見方もあります。
昨年末には議会選挙が行われましたが、主要政党がボイコットし、8%台の低投票率(その後の正式発表では11.2%)にとどまりました。
****チュニジア議会選挙の投票率わずか8.8%、主要政党はボイコット****
(2022年12月)17日に行われたチュニジア議会選挙で、選挙管理当局が発表した暫定投票率はわずか8.8%にとどまった。権限強化を進めるサイード大統領に反発した主要政党は選挙をボイコットし、経済悪化などを背景に国民の間にも現政権への不満が広がっている構図が浮き彫りになった。
有力野党の1つである「救国戦線」は、低い投票率はサイード氏の政権に正当性がない証拠だとして大統領の辞任を求めるとともに、国民に大規模なデモや座り込みによる抗議に動くよう呼びかけた。
別の有力政党「自由憲政党」を率いるアビル・ムッシー氏もサイード氏の退陣を要求し、国民の9割以上がサイード氏の政治プランを拒否したと強調した。
投票所近くで話しを聞いたある有権者は「今回の選挙には納得していない。これまでの選挙では真っ先に投票してきたが、今は興味がなくなった」と語った。
17日は、ちょうど11年前にこのチュニジアで独裁体制に抗議する男性が焼身自殺を図り、中東・北アフリカの民主化運動「アラブの春」につながった節目の日。ただ同国ではサイード氏が政権を掌握して以来、昨年7月に議会を停止し、大統領令だけで政策運営を行うなど強権的な姿勢を打ち出し、民主主義の先行きに暗雲が立ち込めている。【2022年12月19日 ロイター】
有力野党の1つである「救国戦線」は、低い投票率はサイード氏の政権に正当性がない証拠だとして大統領の辞任を求めるとともに、国民に大規模なデモや座り込みによる抗議に動くよう呼びかけた。
別の有力政党「自由憲政党」を率いるアビル・ムッシー氏もサイード氏の退陣を要求し、国民の9割以上がサイード氏の政治プランを拒否したと強調した。
投票所近くで話しを聞いたある有権者は「今回の選挙には納得していない。これまでの選挙では真っ先に投票してきたが、今は興味がなくなった」と語った。
17日は、ちょうど11年前にこのチュニジアで独裁体制に抗議する男性が焼身自殺を図り、中東・北アフリカの民主化運動「アラブの春」につながった節目の日。ただ同国ではサイード氏が政権を掌握して以来、昨年7月に議会を停止し、大統領令だけで政策運営を行うなど強権的な姿勢を打ち出し、民主主義の先行きに暗雲が立ち込めている。【2022年12月19日 ロイター】
******************
“権利保護団体によると、チュニジアではサイードによる権力掌握以来、民間人に対する軍事裁判がますます一般的になっている”との指摘も。
****チュニジア政権、反サイード派の政治家を拘束****
チュニジアの軍事控訴裁判所は20日、即時発効の14か月の禁固刑をマフルフ氏に言い渡した、と同氏の弁護士を務めるイネス・ハラス氏は述べた
チュニス:チュニジアの私服警官が21日早朝、軍事裁判所の判決後、カイス・サイード大統領に批判的な著名人一人を拘束したと、被拘束者の弁護士が述べた。
ザイフェディン・マフルフ氏は、2021年3月のチュニス空港でのにらみ合いの際、警察を侮辱した罪で有罪となっていた。
弁護士が投稿したフェイスブックの動画によると、イスラム国家主義政党アル・カラマのマフルフ党首は、車に押し込まれる前に「クーデターを打倒せよ」「チュニジア万歳」と叫んでいたそうだ。
権利保護団体によると、チュニジアではサイードによる権力掌握以来、民間人に対する軍事裁判がますます一般的になっているという。(中略)
野党連合「国民救済戦線」(NSF)の代表は、21日、ジャーナリストに対し、この判決は「復讐の精神」を反映していると述べた。アーメド・ネジブ・チェビ氏は、「私たちは自由の殺害と民主主義の破壊を目の当たりにしています」 と述べた。「民間の反対勢力や政治的敵対勢力の指導者たちを排除したいという願望が存在しています」
20日遅くに大統領府のフェイスブックに掲載された声明では、「すべての腐敗した人々と、自分たちは法を超越すると信じている人々に対処する」取り組みを呼びかけている。【1月22日 ARAB NEWS】
ザイフェディン・マフルフ氏は、2021年3月のチュニス空港でのにらみ合いの際、警察を侮辱した罪で有罪となっていた。
弁護士が投稿したフェイスブックの動画によると、イスラム国家主義政党アル・カラマのマフルフ党首は、車に押し込まれる前に「クーデターを打倒せよ」「チュニジア万歳」と叫んでいたそうだ。
権利保護団体によると、チュニジアではサイードによる権力掌握以来、民間人に対する軍事裁判がますます一般的になっているという。(中略)
野党連合「国民救済戦線」(NSF)の代表は、21日、ジャーナリストに対し、この判決は「復讐の精神」を反映していると述べた。アーメド・ネジブ・チェビ氏は、「私たちは自由の殺害と民主主義の破壊を目の当たりにしています」 と述べた。「民間の反対勢力や政治的敵対勢力の指導者たちを排除したいという願望が存在しています」
20日遅くに大統領府のフェイスブックに掲載された声明では、「すべての腐敗した人々と、自分たちは法を超越すると信じている人々に対処する」取り組みを呼びかけている。【1月22日 ARAB NEWS】
***************
【11%台投票率に終わった議会選挙の決選投票】
1月29日に行われた議会選挙の決選投票も投票率は11%あまりでした。
****議会選決選、投票率11.3%=大統領への不信あらわ―チュニジア****
チュニジアで29日行われた議会選挙(定数161)の決選投票で、選挙管理委員会は投票締め切り後、暫定投票率が11.3%だったと発表した。
昨年12月の第1回投票と同じく異例の低投票率で、「政治改革」と称して強権化を進めるサイード大統領への国民の不信があらわになった。
第1回の投票率は11.2%で、23人が当選。決選投票は第1回で過半数を得票した候補者がいない131選挙区の上位2人によって行われた。暫定結果は2月1日までに、最終結果は3月4日までに発表される。【1月30日 時事】
*********************
****投票率11%、国民の負託なきチュニジア議会****
(中略)
「チュニジア国民は本日、カイス・サイードのプロセスや選挙を受け入れないという最終決定を下した」。主要野党勢力Salvation Frontを率いるネジブ・チェビ氏は記者会見でそう語った。
チュニジアでは生活必需品が店頭から消える一方で、政府は破産回避のために外国の救済を求め、助成金を削減している。経済状況は悪化しており、多くの国民が政治に失望し、指導者に怒りを感じている。
「私たちは選挙を求めていません。欲しいのはミルクや砂糖、食用油です」。29日、チュニスのEttadamon地区で買い物していた「ハスナ」という女性はそう語る。(後略)【1月30日 ARAB NEWS】
*******************
チュニジアでは生活必需品が店頭から消える一方で、政府は破産回避のために外国の救済を求め、助成金を削減している。経済状況は悪化しており、多くの国民が政治に失望し、指導者に怒りを感じている。
「私たちは選挙を求めていません。欲しいのはミルクや砂糖、食用油です」。29日、チュニスのEttadamon地区で買い物していた「ハスナ」という女性はそう語る。(後略)【1月30日 ARAB NEWS】
*******************
サイード体制が独裁・強権支配に陥っているのか、あるいは、民主主義が根付かない状況での不毛の政党政治の弊害を取り除き、市民生活の安定に資するのか・・・評価が難しいところです。