孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

ロシア  「伝統的価値観への回帰」と一体となった「産めよ殖やせよ」政策 反する思想は禁止

2024-11-14 23:37:35 | ロシア

(【社会実情データ図録】)

【出生率低下・人口減少】
冒頭のロシアの人口動態を見ると、人口増減率は1990年代からマイナス基調にあること、つまり人口減少が続いていることがわかりますが、大きな自然増減率のマイナスを、社会増減率のプラス、つまり移民流入がある程度相殺していることもわかります。

いずれにしても、「強いロシア」を目指すプーチン大統領にとっては人口問題、低い出生率は喫緊の課題となっています。

****プーチン氏も認めるロシアの出生数低下 人口危機の「救世主」は****
ソ連崩壊前後の社会混乱を受け、ロシアでは1980年代後半から出生率低下と死亡率の上昇による人口減が約20年間続いた。90年前後に死亡数が、出生数を逆転して上回るようになったグラフを「ロシアの十字架」とも呼ぶ。

ロシアの人口急減と国力の低下は不可避とみられたが、その影響を緩和したのが2000年ごろからの緩やかな出生率の回復と、旧ソ連圏からの移民や労働者の流入だった。しかし、この二つにも異変が見られ始めている。

「多くの知り合いはモスクワから欧州やドバイ(アラブ首長国連邦の主要都市)に行ってしまった。そこで支払われる現地通貨の為替レートは悪くない。それに比べると(ロシアの通貨)ルーブルのレートは暴落している。私はモスクワのアパートを担保に入れているから、ここに残らざるを得ないのだが」

こう話すイブラリモフさん(45)は中央アジアのキルギス出身。ロシアには推定70万人のキルギス人労働者が滞在し、イブラリモフさんも首都モスクワで25年間もタクシーやバスの運転手として稼いできた。

気持ちが揺れる出稼ぎ労働者
人口約1億4000万人のロシアには、1000万人とも言われるイブラリモフさんのような中央アジア出身の労働者が滞在してきた。

しかし特別軍事作戦の開始に伴い、ルーブルの暴落が止まらない。
そうなると、ロシアで稼いだ金を本国に送ってきた出稼ぎ労働者のモチベーションが下がってしまう。

ロシアの大衆紙「モスコフスキー・コムソモーレツ」は「(出稼ぎ労働者の)3割近くが本国への帰国を考えている」と報じる。

国籍付与で引きつけ図る
すでに特別軍事作戦の開始に伴い、ロシア国内の労働力が流出している上に長年、低賃金の仕事に就いてきた中央アジアからの労働者の多くが出国する場合、労働力不足が加速するのは必至だ。

ロシア政府もただ傍観しているわけではない。中央アジアのラジオ局によると、今年1~3月期には、ロシアとの二重国籍が、約4万5000人のタジキスタン国民に与えられた。また労働問題を担当するフスヌリン露副首相は今年6月、タジキスタンを訪問。ロシアで働くタジキスタン国民の権利を保障することで合意するなど、労働力の確保を急いでいる。

タジキスタンやウズベキスタン、キルギスは合計特殊出生率が3前後ある人口増加国だ。IT技術者など高度な技術や知識を必要とする人材流出への即効性のある対策とは言えないが、それでも中央アジアの労働者をロシアに引きつけておけるかどうかが、ロシア経済にとって死活問題の一つだとも言える。(中略)

出生数は2014年をピークに下り坂
「出生を巡る問題は厳しい状況が続いている。去年の出生数は前年よりも少なかった」。もろもろの政策で強気の発言が多いプーチン露大統領だが、今年8月に出生状況の厳しい現実を認めざるを得なかった。

出生数減少と出生率低下はソ連末期の1980年代後半に始まり、ソ連崩壊後の混乱が続いた90年代末期まで続いた。その後、経済と社会状態の安定を取り戻し始めるとともに出生率と出生数は上向きに転じた。

しかし、2014年の194万人2700人をピークに再び下り坂へと向かう。8年連続で減少し、22年は130万4000人まで減った。この期間で通年の新生児の規模が3分の2となり、合計特殊出生率は13年をピークに、その後の9年間は低下が続いている。

なぜ新生児が減り続けるのか。それは出生数が減り続けた80年代後半から90年代末期までに生まれた女性が現在、出産適齢期を迎えていることから、そもそも母親候補となる女性自体が少ないためだ。ロシアの労働省はこうした見解を示しており、多くの専門家も同調している。

長期的に減っている出生数に対し、ロシア政府が取ってきたのは出産した母親に財政支援を与える「出産資本」という制度だった。07年に始め、当初は2人目の子どもを産んだ母親がいる家庭に対する支援としてきたが、20年からは1人目の子どもについても申請できるように変更した。ロシア政府は申請できる対象を増やし、女性に出産を奨励したが、まだその成果は表れていない。

「軍事作戦」出生数にも悪影響か
追い打ちをかけているのが、特別軍事作戦の開始に伴って起きている諸問題だといえる。本来であれば出生数が回復してきた00年前後生まれの男女が成人になっていく時期だが、この世代の多くの男性が前線に送られたり、自主的に出国したりしていることは、今後の出生数に影響を及ぼす可能性がある。

「今後2世代か3世代の間に何かが変わらない限り、100年近くもこの傾向は続くかもしれない」。人口問題の専門家アレクセイ・ラクシャ氏はこう警告している。【2023年10月10日 毎日】
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2022年のロシアの合計特殊出生率(以下、出生率)は、2000年以降回復傾向にありましたが、2010年代半ばから減少に転じて、2022年は1.42。(日本は1.26)

【「ロシア的価値観・家族観への回帰」と一体となった「産めよ殖やせよ」政策】
ロシアの人口対策、出産奨励政策は今に始まった話ではなく、10年前の下記記事にあるように2010年代からのものですが、その出産奨励は「ロシア的価値観・家族観への回帰」と密接に絡んでいます。

****「一昨日」に回帰するロシア――ロシアは女性にとって住みやすいか?****
ロシアの今日か一昨日か
2013年12月9日、プーチン大統領はRIAノーボスチ通信とラジオ局「ロシアの声」を廃止し、新たに国際情報局「ロシアの今日」を開設するロシア連邦大統領令に署名した。

これに対して、『モスコフスキー・コムソモーレッツ』紙のミンキン記者は、大統領への手紙と題するコラムの中で、この新しい情報局を「ロシアの今日」ではなく「ロシアの一昨日」と名付けるべきではないかと揶揄している。

これはプーチン政権の上からの締め付け政策への批判であり、現在のロシアが過去へ、つまりソ連時代に回帰していることを意味している。そして、情報局だけの問題ではなく、ロシア社会全体にも「一昨日」の雰囲気が漂っている。

それは筆者が関心をもっているロシアのジェンダー状況にも見受けられる。ただ、ジェンダー状況に関しては、ソ連時代よりもさらに過去の帝政ロシア時代への回帰とも思えるような状況にある。(中略)

ロシアのジェンダー今昔
革命前の帝政ロシアでは、スラブ地域、ムスリム地域、コーカサスなどといった民族的・地域的差異はあるものの、女性の置かれていた状況は概して厳しいものであった。女性は夫だけではなく、舅、姑、夫の兄弟、また兄の妻などに従属しなければならない存在であった。

しかしロシア革命によって、それまでの家父長的な家族制度を壊すことが試みられ、女性解放運動も大きく前進する。新生ソビエト政府は女性を組織し、教育活動を大規模に展開していった。(中略)

現在、多くの女性たちは結婚後、出産後も、お金のため、自己実現等の理由で仕事を続けている。おそらく今後も女性の主たる役割が専業主婦であるシナリオはロシアにはないと思われる。それではロシアでは家庭内の性別役割分担はどうなっているのであろうか。

ロシアでは、社会主義時代には「男性=仕事、女性=仕事=家庭」という図式が主流であった。男性が家事を分担するという習慣はあまりなく、強いて言うならば昔も今も家の修理やゴミ捨ては、男性の仕事である。

他方、多くの女性は働きながら、家事、育児、介護もこなしてきた。そして何より、男性はもとより女性自身が家事、育児、介護と仕事の何重苦をあまり意識していないのである。むしろ、仕事も家庭もこなしてこそ素晴らしい女性であるといった価値観がある。したがって女性の家事労働と仕事との負担に関しては、あまり議論になることもなかった。(中略)つまりロシア女性にとっては、働く良妻賢母が一般的なのである。

「産めよ殖やせよ」国家政策
このような良妻賢母志向の女性たちに昨今国家の「産めよ殖やせよ」という人口動態政策が押し寄せている。
ロシアはいま、人口が激減している。2012年の人口は、1億4144万人だが、2050年までの長期予想では、1億783万人にまで減ると予想されている。(中略)

そして、ロシアはただ人口が減るだけではなく、ロシアからロシア人がいなくなるかもしれないというほどの危機的な状況にあるという。したがって、女性にできるだけたくさん子どもを産んでもらわなければならないのである。(中略)この「産めよ殖やせよ」の動きを政府が進めている。

プーチンの人口動態政策
人口問題については、プーチンが2005年の演説の中で、1990年代には手が回らなかった問題であるが差し迫った問題として触れている。

そして、2006年5月10日の年次教書の中では、ロシアが抱えている人口問題を解決するには、死亡率の減少、効果的な移民政策の実施、出生率の上昇が不可欠であると述べ、人口問題に真剣に取り組む姿勢を見せた。前述した一連の「産めよ殖やせよ」の人口動態政策はここに始まることになったのである。

人口動態の危機を脱するため、国をあげての人口問題への取り組みとして、2007年に「ロシア連邦2025年までの人口動態政策」が大統領令で出された。2008年を家族年に制定し、子どもをもつ家庭への支援と家族のイメージアップキャンペーンをロシア全土で行ったのである。

家族への支援には、出産・育児手当の引き上げ、育児手当の拡大、新たな育児手当の創設、女性が出産後職場に復帰しやすいような環境づくり、孤児養子の問題解決などがあった。育児手当の拡大では、仕事をもたない母親にも2007年から児童手当が支給されることが決定された。

出生率の上昇のために政府が最も力を入れてきたのが、新たな育児手当の創設である。(中略)

以上のような催しが功を奏したのか、現在の出生率は2007年時点に比べて約10パーセントほど改善している。しかし、さらなる策を講ずる必要があるとして、今度は支援だけではなく、圧力とも受けとれるような様々な動きがある。その中心にいるのが、下院の家庭・女性・児童問題委員会委員長であるミズーリナ E.である。(中略)

2013年6月に、ミズリナグループによる「2025年までの家族政策基本理念案」(以後基本理念案)が公表された。これが「ロシア連邦2025年までの人口動態政策」と「子どものための国家戦略2012-2017年」とリンクしている。

この基本理念案では、前述したように財政的支援や家族のイメージアップキャンペーンは行ってきたもののロシアの人口動態は依然として危機的な状況にあるとし、その打開策として、より保守的で懐古的な産めよ殖やせよ政策が提案されている。

正直言ってこの基本理念案を初めて読んだ時、スターリン時代の人口増加政策や日本で1939年に出された産めよ殖やせよで有名な『結婚十訓』を想起させ、いつの時代のものなのかと時代錯誤に驚いた。(中略)

この基本理念案の総則の中では、まず「家族とは血統の存続のためのものである」と定義されている。そしてそれに続いて、「ロシア正教の重要性やロシアの伝統的な家族の価値観を守っていく」ことが強調されているのである。ここまで読んだだけでもこの基本理念案が保守的なものであることが十分感じられると思う。

さらに読み進めると、「ロシアの伝統的な家族の価値観は婚姻である」と書かれている。ここでいう婚姻とは、法律婚あるいはロシアの諸民族の歴史的遺産である宗教的な伝統による婚姻で結ばれた男女の結合である。

そして、「結婚した夫婦は自らの血統を守っていくために、3人以上の子どもを産み育てていくこと」とされている。

基本理念案でいう伝統的なロシアの家族とは、もちろん帝政ロシア時代の家族のことを指している。そして、現在のロシアの家族は政府がこうあるべきだとする伝統的なロシアの家族からは大きく逸脱している。

そのことが現在のロシアの人口問題を生み出している原因であり、伝統的な家族に戻るべきであるというのがこの基本理念案の中身である。

具体的には、拡大家族の推奨、登録婚重視、子沢山の家庭の勧め(3人以上)、中絶の制限、離婚を減らすこと、さらには国家とロシア正教会をはじめとする宗教の個人生活への介入ともとれるような内容が盛り込まれており、これをたたき台に完成版へとつなげていくという。

この基本理念案に関してはすでに多くの批判が多方面から出されているようだ。しかし、この基本理念案を後押しするような提案や意見も次々と出されている。(中略)また、この基本理念案に沿うように既存の制度への改定も行われている。(中略)

以上みてきたように、ロシアの未来を担う次世代を産み育てるためにロシア政府は躍起になっているのであるが、それがうまくいくのかははなはだ疑問である。政府の描く人口動態の理想に女性を当てはめようとしており、女性の幸せや人権が考慮されているとは到底考えられないからである。

その上、家庭内の役割分担は変わらないため女性の負担は増えるばかりではないか。ソ連は労働における男女平等をもたらしたが、家庭内の役割分担については結局あまり前進がなかったことが問題ではないかと思っている。

ロシア政府としても女性に子供を産んでもらいたければ、もっと根っこにある問題にも目を向けてもらいたいと思う。このような「ロシアの一昨日」を感じさせるような状況がロシアのジェンダーにも見受けられ、ロシアは女性にとって住みやすい国になるのかと他人事ながら憂える日々である。【2014.01.08 五十嵐徳子 旧ソ連地域研究】
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【「子ども持たない主義」宣伝禁止】
“伝統的ロシアの家族・価値観”への回帰を目指した「産めよ殖やせよ」政策・・・その流れで出てきたのが下記の「子ども持たない主義」宣伝禁止。

****ロシア下院、出生率向上案可決 「子ども持たない主義」宣伝禁止****
ロシア下院議会は12日、子どもを持たない主義の悪質な宣伝とみなされるものを禁止する法案を全会一致で可決した。低迷する出生率を上げる狙いがある。

上院とプーチン大統領も速やかに承認する見通しで、成立すれば、既にある「非伝統的なライフスタイル」の推進とみなされるコンテンツの禁止や、ウクライナ紛争に関する反対意見のアカウントの禁止などに加えて、表現の自由に対する新たな制限が加わることとなる。(中略)

9月に発表された公式統計では2024年上半期の出生率が四半世紀ぶりの水準に低下。一方、ウクライナとの戦闘激化の中で死亡率は上昇している。

プーチン大統領は、西側諸国との闘いでロシアを「伝統的価値観」の砦と位置づけ、女性に少なくとも3人の子どもを持つことを奨励し、経済面などでのインセンティブを用意している。

米中央情報局(CIA)の「ザ・ワールド・ファクトブック」の推計によると、23年のロシアの出生率は人口1000人当たり約9.22と、下位40カ国に入っている。ドイツの9.02をやや上回るが、中国の9.7や米国の12.21を下回っている。

法案を歓迎する声がある一方で、一部の女性からは懐疑的な見方も示された。ある女性は「子どもは欲しいと思っているがお金がない。それが子どもを持たない理由だ。どこかの誰かが何かを書いたからではない」とし、別の女性は、適切な生活水準を保証することが出生率を反転させるのに役立つと述べた。【11月13日 ロイター】
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なお、伝統的な価値観に基づく修道院生活はチャイルドフリーではないとして除外。「犯罪ではない」と明記し、特別扱いになっています。

ロシア的価値観から外れたチャイルドフリーやLGBTは禁止・弾圧の対象となります。

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価値観から外れる考えは弾圧の対象だ。典型例は性的少数者(LGBTQ)で、プーチン政権は権利を訴えるデモを「伝統的価値を破壊する欧米の思想」と批判。昨年11月の露最高裁判所の判決は、権利を訴える市民運動を「過激派」と認定して禁止した。

露有力紙RBCによると、今年9月から小学校の高学年などを対象に「家族のあるべき姿」を学ぶ科目が新設された。結婚して多くの子供を持つことの価値観を学ぶといい、多子家族を「理想の形」として教え込む狙いがありそうだ。【10月7日 読売】
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【非西欧的・伝統的・ロシア的価値観に反する思想の監視・取締り体制づくり】
ロシアでは西側との対立が深まるのと並行して、非西欧的・伝統的・ロシア的価値観が重視され、それから外れる思想を禁止・取り締まる体制づくりが進んでいます。

****ロシア「伝統的価値観」守るため“思想”監視する権限を警察に与える法律の草案作成****
ロシア政府は「伝統的価値観」を守るためとして、市民の思想や行動を監視する権限を警察に与える法律の草案を作成しました。

ロシア内務省のウェブサイトに7日付けで掲載された大統領令の草案には「伝統的なロシアの精神的・道徳的価値観の保存と強化」のため、警察官に新たな権限が付与されるとされてます。権限について具体的な内容は記されていません。

ロシア政府は7月、伝統的な道徳的価値観を強化する国の行動計画を採択しました。教育や映画などを通じて伝統的な家族の価値観を強化することなどを求めています。

同性愛や子どもを持たない選択は伝統的な価値観に反するとされています。【11月8日 テレ朝news】
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