(インド北部ジャム・カシミール州スリナガルに展開する準軍組織の要員ら(2019年8月4日撮影)【8月5日 AFP】)
カシミールの領有権をめぐって核保有国同士のインドとパキスタンが3回の印パ戦争を含めて長年争っていることは周知のところです。比較的近年では、1999年にもカールギル紛争と呼ばれる両国の衝突がカシミールで起きています。また、今年2月には両軍戦闘機の空中戦といった事態も起きています。
歴史的経緯もありますが、現在住民の多くがイスラム教徒であることから、イスラム教徒の国家であるパキスタンがその領有を主張するのに対し、「多民族多宗教」を国是とする(ヒンズー至上主義の現在のモディ政権にあっては怪しくなっていますが)インドとしては、イスラム教徒が多いからと言って分離することはできないという、双方の国家の在り方に根差す問題でもあります。
そのカシミールが唐突な感じで浮上したのが、7月30日ブログ“トランプ大統領 パキスタンの協力を得てアフガニスタンでの和平、大統領選前の撤退を目指す”でも取り上げた、パキスタン首相との会談におけるトランプ米大統領の仲裁発言。
懸案のカシミールを仲裁することで、アフガニスタンにおけるパキスタンの協力を引き出そうとの「ディール」だったように思われますが、インド側は「そんな要請はしていない」と完全否定しています。
****トランプ氏発言、印で論争に カシミール仲裁「首相が要請」****
ドナルド・トランプ米大統領が、ナレンドラ・モディ印首相からインドとパキスタンの間で続くカシミール紛争の仲裁を要請されたと発言したことを受け、スブラマニヤム・ジャイシャンカル印外相は23日、議会で猛反発する野党に対し、モディ首相からの依頼はなかったと述べ、トランプ氏の発言を断固として否定した。
数十年間にわたり数万人の命を奪ってきたカシミール紛争については、パキスタンが第三国による仲裁をたびたび希望してきたのに対し、インドは2国間でのみ解決できる問題だとして仲裁を拒否してきた。
トランプ大統領は22日、ホワイトハウスでパキスタンのイムラン・カーン首相と会談した際、モディ首相から2週間前にカシミール紛争の仲裁を依頼されたと説明。この発言が引き金となり、インドでは激しい政治論争が巻き起こった。
ジャイシャンカル外相は議会で「モディ首相がトランプ大統領に対しそうした要請はしていないということを、議会に対しはっきりと保証したい」と述べたが、同外相の声は野党の怒号によりほぼかき消された。
ジャイシャンカル外相は、カシミール紛争は2国間でのみ解決できると強調し、パキスタンは対話に先立ち「国境を越えたテロ」を終わらせなければならないと主張した。
米国務省も火消しを試みている。アリス・ウェルズ国務次官補代理(南アジア担当)はツイッター投稿で「カシミール紛争は両当事者で議論すべき2国間の問題ではあるものの、トランプ政権はパキスタンとインドの対話を歓迎し、米国には協力の用意がある」と表明した。 【7月24日 AFP】
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そのカシミール、仲裁どころか、インド側が支配するジャム・カシミール州で緊張が急速に高まっています。
****インド側カシミールの自治権剥奪=パキスタン反発、治安悪化も****
インドのコビンド大統領は5日、パキスタンと領有権を争うカシミール地方のインド側、ジャム・カシミール州の自治権を剥奪する大統領令に署名した。
パキスタンの反発は必至で、核保有国同士の印パの緊張が高まる恐れがある。インド国内でも武力衝突やテロによる治安悪化が懸念される。
モディ首相率いる与党インド人民党(BJP)はヒンズー至上主義を掲げており、全国で唯一イスラム教徒が多数派のジャム・カシミール州の自治権の剥奪を主張し続けてきた。
大統領令は即時発効したが、剥奪を永続化するためには自治権を定めた憲法の改正が必要で、今後議会で審議される見通し。
地元メディアによると、政府は5日朝の閣議で一連の方針を決定。シャー内相は上院の演説で「ジャム・カシミール州は連邦直轄地となる」と宣言し、パキスタンからの越境テロの脅威に対応するための措置だと説明した。【8月5日 時事】
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大規模な軍隊の覇権、政治指導者の自宅軟禁、通信遮断といった不穏な情勢も報じられています。
****印パ係争地カシミール、インド支配地域を当局封鎖 通信遮断、政治家軟禁の情報も****
インドとパキスタンが領有権を争う係争地カシミール地方の印支配地域、ジャム・カシミール州で5日早朝、現地当局が地域の大部分を封鎖した。
AFP特派員によると携帯電話やインターネット、固定電話の通信が遮断されており、政治指導者らが軟禁されたとの情報もある。
印パ両政府は、カシミールを分断する事実上の国境である「実効支配線」周辺での両国軍の衝突をめぐって非難の応酬を交わしており、インド政府が1万人以上の兵を派遣して以降の10日間で緊張はさらに高まっている。
治安当局筋によるとさらに7万人が追加派遣された模様で、派兵数としては過去最大とみられる。
また通信が遮断される前、元政治家を含むジャム・カシミール州の政治指導者たちがツイッターに自分たちが自宅軟禁に置かれていると投稿。
オマル・アブドラ元州首相は、「自分は真夜中から自宅軟禁下にあるようだ。ほかの主流派指導者に対しても同じ措置がすでに始まっている」と投稿した。
ジャム・カシミール州の州都スリナガルなどに対する州政府の発令によると、市民の移動の禁止や教育機関の閉鎖が命じられたほか、集会の開催も一切禁じられているという。
またテロ予告への対応だとして、州政府は食品や燃料の備蓄などの治安対策も導入。ただ、これにより住民の間にはパニックが広がり、ガソリンスタンドや食品店、ATMなどの前には長蛇の列ができた。
地域住民がAFPに語ったところによると、スリナガルの一部区域では大量の兵士が集まっており、銃声も聞こえたという。 【8月5日 AFP】
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今後の展開はわかりませんが、このカシミールをめぐるモディ政権の対応には、対立を懸念させる動きも報じられていました。
****キナ臭くなるカシミール地方 インド政府がヒンズー教徒移住を計画****
インド与党のインド人民党(BJP)は、イスラム教徒が多数を占めるカシミール渓谷エリアにヒンズー教徒を居住させる計画を進めようとしている。
同党のカシミール地方担当者は七月、一九八九年に始まった同地方の紛争で故郷を去らざるを得なかったヒンズー教徒が帰郷できるように全力を尽くすと述べた。
ロイター通信によると、二十万人から三十万人の帰郷を見込んでいるといい、パキスタン側との摩擦の種になることは間違いない。
さらにシン防衛相もカシミール問題について、「話し合いの場があるかどうかは不明だが、必ず解決する」と述べている。
ヒンズー教徒をジャンムー・カシミール州に帰郷させる計画は二〇一五年にもあったが立ち消えになっていた。与党が総選挙で勝利したことで、モディ首相は強硬路線を打ち出しており、カシミールが俄かにキナ臭くなっている。【「選択」8月号】
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このヒンズー教徒帰還の話が、今回の緊張とかかわっているのかどうかは知りません。
ただ、パレスチナでもユダヤ人入植地の問題が、事態改善を阻む大きな要素となっていますが、カシミールも状況を改善しないままヒンズー教徒帰還を強行すれば、問題を複雑化・長期化させることになります。
当然に、こうした対応はパキスタン側を刺激して、お互い後に引けない対立にエスカレートすることが懸念されます。
今年2月の空中戦、インド軍機撃墜については、インド・モディ首相側は総選挙前ということで強硬な姿勢を示していましたが、パキスタン・カーン首相はインド人パイロットを早期に釈放するという抑制的な対応を示しました。
しかし、本格的にカシミールでの緊張が高まれば、国民世論を背景に、両国とも厳しい対応を示すことも想定されます。
また、従来から、パキスタン側はイスラム過激派のインドでのテロ活動を支援しているとも言われており、そうしたテロが発生し、一気に対立が激化する危険性もあります。
両国が核保有国であるだけに、その緊張・対立は国際的にも大きな不安の種です。
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