(ポーランドとウクライナの国境付近に駐車されているウクライナのトラック=ポーランドで2023年11月19日、ロイター 【11月22日 毎日】)
【ウクライナ産穀物をめぐるウクライナとの対立】
ポーランドはソ連による衛星国としての事実上の支配の歴史から、NATO諸国のなかにあってもバルト3国と並んでロシアの脅威を強く意識する国であり、ロシアのウクライナ侵攻への批判では急先鋒に立つ国です。
軍事支援を含むウクライナへの支援額で見ても、決して経済規模が大きいい国ではないにもかかわらず、アメリカやドイツ、日本などに次いで7位となっています。(キール世界経済研究所調査)
そのウクライナ支援を重視する姿勢は基本的には今も変わりませんが、いわゆる「支援疲れ」的な現象も見られます。ワルシャワ大の研究者らが5~6月に実施した調査によると、「ポーランドはウクライナを支援するべきだ」と答えた人の割合は、今年1月の62%から42%に大きく減少しています。
背景には、多くのウクライナ難民を受け入れた結果、家賃などの物価が上昇して市民生活が困窮するなかで、ウクライナ難民に対しては手厚い保護が与えられているという国民の不満があります。
更に、後述するウクライナ産穀物をめぐるウクライナとの対立もあって、10月15日に行われた総選挙を前にした9月、与党・モラビエツキ首相がウクライナへの武器供与を停止すると発言する状況にもなりました。(首相発言後、ドゥダ大統領は9月21日、波紋が広がっている首相の発言について「最悪の形で解釈された。最新鋭の武器を供与するつもりはない」という意味だったと軌道修正してはいます。)
ポーランド(及び中東欧諸国)とウクライナの間で対立の火種となっているのが、ウクライナ産穀物の輸入規制問題です。
ポーランド、ブルガリア、ハンガリー、ルーマニア、スロバキアの中東欧5カ国は、黒海経由に代わるウクライナ産穀物の輸出ルートとして、関税が免除された安価なウクライナ産穀物の国内通過を認める一方、(単に通過するだけでなく、通過国の市場に流れ出すことなど)安価なウクライナ産穀物の流入による自国農業への打撃を懸念し、ウクライナ産の小麦やトウモロコシなどの国内での販売を禁止しました。
EUは5カ国による輸入規制を9月15日まで認めていましたが、東欧5カ国は少なくとも年末までの期限延長を求めていました。
結局、EUは期限通りで規制を撤廃。しかし、ポーランド、ハンガリー、スロバキアの3カ国はEUの規制撤廃後も、独自の輸入規制措置を継続。これにウクライナが強く反発、WTOに提訴することにも。
****ウクライナ、穀物禁輸のポーランド・スロバキア・ハンガリーをWTOに提訴…軍事支援の中東欧と亀裂****
ウクライナ政府は(9月)18日、同国産穀物の禁輸を続けるポーランド、スロバキア、ハンガリーの3か国の措置は不当だとして世界貿易機関(WTO)に提訴した。ユリヤ・スビリデンコ第1副首相兼経済相が発表した。ロシアの侵略を受けるウクライナと、ウクライナを軍事面などで支援する中東欧諸国との亀裂が浮き彫りになった。
3か国が加盟する欧州連合(EU)の執行機関・欧州委員会は15日、ブルガリア、ルーマニアを含む中東欧5か国を対象にウクライナ産穀物の輸入規制を認めてきた異例の措置を打ち切った。
これを受け、ポーランド、スロバキア、ハンガリーは15日、禁輸を独自に続ける方針を発表した。ルーマニアは今後の輸入量によっては禁輸延長を検討、ブルガリアは禁輸を解除する方針だ。
スビリデンコ氏は声明で、ウクライナ国内の穀物輸出業者は多大な損失を被ってきたと指摘。通商政策はEUの排他的権限に属し「加盟国の一方的行動は容認できないはずだ」として3か国の措置は「国際義務違反だ」と主張した。
ウクライナ産穀物を巡っては、EUが昨年春、経済支援の一環として関税を免除した結果、中東アフリカ向け産品が中東欧諸国の市場に流入し各国で価格が下落した。ポーランドなどは自国農業保護のため国内の通過は認めつつも自国市場では受け入れない措置を打ち出していた。【9月20日 読売】
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このウクライナ産穀物への規制をめぐる対立は、10月にウクライナがWTO提訴を中断したことで、一応は棚上げ状態にもなっています。
****東欧3カ国のWTO提訴中断=穀物紛争「解決の見通し」―ウクライナ****
ウクライナのカチカ通商代表は5日、訪問先のブリュッセルで、同国産穀物の輸入を独自に規制した東欧3カ国に対する世界貿易機関(WTO)での訴訟手続きを中断すると発表した。ロイター通信がウクライナメディアを引用して報じた。
カチカ氏は記者団に「この問題は数週間から数カ月で解消する見通しだ」と述べた。ポーランドとハンガリー、スロバキアは、国内農家への悪影響を懸念し、ウクライナ産穀物の受け入れを拒否。ウクライナ側は、欧州連合(EU)のルールに反するとして、WTOに提訴していた。
ロシアの侵攻を受けるウクライナを強力に支えてきた東欧諸国の間では、このところ「支援疲れ」が鮮明となっている。ウクライナは穀物を巡る緊張を和らげ、支援のつなぎ留めを図る考えだ。【10月5日 時事】
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ウクライナとスロバキアとは規制撤廃に向け穀物取引に免許制を導入することで合意しているますが、ポーランドに対してはウクライナが譲歩した形です。
しかし、ポーランドはWTO提訴の「中断」ではなく「取下げ」を求めています。
カチカ通商代表の「解決の見通し」という発言は、少し違うかも。互いに不満はくすぶっています。
なお、ポーランド、ウクライナ両政府は10月3日、ウクライナ産穀物をポーランド経由で第三国に輸出する際、(ポーランド国内に滞留しないように)鉄道輸送を迅速化する合意を結んだと発表しています。
【今度はトラック輸送をめぐって対立】
そして今度はトラック輸送がウクライナ・ポーランドの間で問題化しています。
****ウクライナ国境、仕事奪われたポーランド運転手がトラック数珠つなぎで封鎖…3000台が足止め***
ポーランドのトラックが隣国ウクライナとの国境付近の道路を10日以上にわたって封鎖している。ウクライナへの特別配慮でトラック運転手の仕事が奪われたことへの抗議行動だ。ロシアの侵略を受けるウクライナと、ウクライナを支援するポーランドとの間で、穀物問題に続く摩擦となっている。
ロイター通信によると、トラック運転手らは今月上旬から、ウクライナ国境3か所につながる道路に数珠つなぎでトラックを止めて渋滞を作る形で道路を封鎖している。ウクライナ側は19日時点で約3000台が国境で足止めになっているとしており、両国政府は事態の打開に向けて協議に乗り出した。
ロシアによるウクライナ侵略後、欧州連合(EU)は、ウクライナの運送業者の入域許可を免除。コストの安いウクライナの運送業者に輸送業務を奪われたことが、ポーランドのトラック業界の不満の原因だ。
ロシアの黒海封鎖で海上輸送が鈍った影響で陸路の物流は活発化しているが、陸上輸送の大半はウクライナの業者が請け負っているという。隣国スロバキアのトラック運転手らにも同調する動きが出ている。【11月21日 読売】
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上記記事にもあるように、混乱はスロバキアにも拡大
****東欧 ウクライナ国境を車体で「封鎖」相次ぐ トラック運転手ら不満****
(中略)報道によると、スロバキア東部の国境付近で21日昼ごろに道路の封鎖が始まった。運送業者の組合は関与しておらず、少数の運転手らによる独自の動きだとみられる。封鎖された道路は、スロバキアとウクライナの間で大型車両が通過できる唯一の検問所につながっており、一部を除いて越境が妨害されている。
ポーランドやスロバキアの運送業者らは、ウクライナ側に対する特例措置の一部制限などを求めている。東欧諸国では、ウクライナ産穀物の流入による農業への打撃についても不満がくすぶっている。【11月22日 毎日】
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【移民・難民の流入に対して厳しい一方で、最大の移民送り出し国 “国境を越えて自分たちをのみ込む市場経済への戸惑い”】
ポーランド国内の政治情勢については、10月24日ブログ“ポーランド総選挙の結果、親EU路線への政権交代の方向 ハンガリー・オルバン政権へも影響か”でも取り上げたように、10月15日の総選挙結果を受けて、司法やメディアへの介入で強権的な色合いも濃い独自の政治体制で、これまでEU指導部と対立することが多かった保守政党「法と正義(PiS)」政権から、親EU的な政権への交代が実現する運びとなっています。
保守政党「法と正義(PiS)」はこれまで、移民・難民らを敵視し、敵対する勢力から国民を守るとの構図を作った上で、自国民優先の姿勢を鮮明にして支持を集めるポピュリズム的手法を駆使し、欧州難民危機を受けた2015年総選挙ではその手法が奏功して政権を獲得していました。
欧州では、イタリアでは右翼政党を率いるメローニ首相が就任。ドイツでは極右政党「ドイツのための選択肢(AfD)」が支持率で2位に浮上するなど、移民・難民に厳しい姿勢を見せる右傾化の流れが強まっていますが、そうしたなかでポーランドが“踏みとどまった”形にもなっています。
ただ、ポーランドの移民・難民への対応は二つの側面があります。ひとつは上記のような(ウクライナ難民以外の)流入する移民・難民への厳しい政策ですが、もうひとつ、ポーランド自身が対EUでは最大の移民送り出し国であるという側面もあります。
****移民と国家 ポーランドの戸惑い=岩佐淳士(ブリュッセル)****
ポーランドは欧州きっての移民の送り出し国だ。2004年の欧州連合(EU)加盟後、多くが職を求めてより豊かな欧州の国に渡った。その数は延べ300万人以上とされる。
3年前に公開された映画「アイ・ネバー・クライ」は、そんなポーランド社会を題材にしている。監督のピョートル・ドマレフスキさんは、多くの移民を送り出すポーランド北東部の出身。「この映画は私自身の経験を反映したものです」と語る。
主人公は17歳の少女オラ。ある日、アイルランドで出稼ぎをしている父親が事故で死んだとの知らせを受ける。彼女は遺体を引き取るため、一人アイルランドに向かう。離れて暮らす父のことは、ほとんど知らない。生活費を送ってくれるだけの存在だ。
オラは、アイルランドで父が自分に残したお金はないか、と父の職場の同僚や愛人を尋ね歩く。そこで目の当たりにするのは、自由だが無慈悲なグローバル市場の現実だ。アイルランドではポーランド人など東欧からの移民労働者がその底辺に置かれていた。それでも彼女は悲観しない。たばこをふかし、悪態をつきながら、強く生きようとする。
ポーランドは国外に移民を送り出しながら、外国からの移民受け入れには極めて消極的だ。自国民が流出する代わりに外国人が流入すれば国家のアイデンティティーが失われると不安を抱くためだ。それは1989年に共産圏を脱して以降、国境を越えて自分たちをのみ込む市場経済への戸惑いとも重なる。
ドマレフスキさんは、国内に広がる排他的な国家主義には批判的だ。「オラは国家から自由で、独立しています。それが新しい時代の生き方だと思うのです」
ポーランドで移民受け入れは政治的にタブー視されるが、生産年齢人口は減少しており、経済を維持するために外国人労働力の必要性は増している。ドマレフスキさんはこう言う。「資本主義の原理がすべてを解決するのではないでしょうか。ただし、それが良いことか悪いことかは分かりませんが……」
映画では地元の教会に忠誠を尽くすオラの母親や、重い障害を抱えた兄弟も登場する。自由に土地を離れることのない家族とのつながりも、そこに描かれている。【11月22日 毎日】
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“1989年に共産圏を脱して以降、国境を越えて自分たちをのみ込む市場経済への戸惑い”・・・これまでの強権的な「法と正義(PiS)」政権、ウクライナ産穀物をめぐる対立、そして今回のトッラク輸送問題・・・それらもそうした“戸惑い”のひとつのようにも見えます。
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