孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

インド  モディ首相が目指すインドとは? 危険にさらされる少数派の生きる権利

2020-01-09 22:50:52 | 南アジア(インド)

(インド首都ニューデリーで、与党支持者らを前に「生粋のインド人なら心配ない」と演説するナレンドラ・モディ首相(2019年12月22日撮影)【12月23日 AFP】 でも「生粋のインド人」って何よ?)

【市民法改正 一皮むけば露骨なイスラム教徒排除とヒンドゥー教徒優遇の策】
インド・モディ政権による市民法(国籍法)改正は、昨年12月17日ブログ“インド ポピュリズムに乗る第2期モディ政権のもとで、多元的国家からヒンドゥー至上主義国家へ”でも取り上げたように、インドの国家建設時の理念であった宗教にとらわれない多元主義・世俗主義から少数派を排斥するヒンドゥー至上主義へと舵を切る大きな問題をはらんでいます。

****スラム排除を見せるインド市民権法改正****
インドで市民権法の改正がなされ、大規模な抗議運動を引き起こす事態となっている。市民権法の改正は12月9日に下院で可決された。上院では与党インド人民党(BJP)は過半数を持たないが、11日に可決された。
 
改正法の何が問題なのか。現行法は不法入国者とその子供たちが市民になることを禁じているが、改正法では、パキスタン、バングラデシュ、アフガニスタンの近隣3国から2014 年までに不法に入国した難民(数百万人と言われる)に市民権を与える。

しかし、ヒンドゥー教徒、シーク教徒、仏教徒、ジャイナ教徒、ゾロアスター教徒が対象で、イスラム教徒には適用されない。それで、イスラム教徒を不当に差別するものではないかとの強い批判、反発が出ている。

インド政府は抗議運動に対し、集会禁止、インターネットの閉鎖などの強権的手段で抑え込もうとしている。
 
市民権の要件に宗教が持ち込まれたのは初めてのことだという。インドの世俗主義に反すると言われても仕方ない。

既に最高裁判所に訴えが出ている。1月には審理が始まるらしいが、最高裁判所が憲法に違反するもとしてこの改正を斥けることが好ましい結果だと思われる。憲法14条は「国はインドの領域において何人に対しても法の前の平等と法による平等な保護を否定してはならない」と規定している。
 
インド政府の説明では、アフガニスタン、バングラデシュ、パキスタンはイスラム教の国なのだから、イスラム教徒が迫害される筈はないとして、イスラムの難民を市民権の対象から除外することを正当化しているようである。

しかし、それは恐らく建前上の説明であって、これは、インドをヒンドゥーの国に衣替えするというBJPが追求する長期目標の一環を成すプロジェクトであろう。
 
もう一つ、市民権法の改正は市民登録制度というBJPの別のイニシアティブと切り離し得ない関係にあるようである。

市民登録制度はアッサム州から始まった。その狙いは、バングラデシュからの難民の流入に腹を立て、彼等を追い出すことにあった。

昨年8月には作業が終了した。必要な書類を提示し得ず市民権を登録し得なかった者は190万人に上るが、案に相違して、3分の2はバングラデシュ出身のヒンドゥー教徒だったらしい。つまり、ヒンドゥー教徒を優遇しようとして、かえってヒンドゥー教徒に不利益を与えたことになる。

今回の市民権法の改正によって、これらのヒンドゥー教徒は救われることになる一方、イスラム教徒は追放されるか収容所送りとなる。

アミット・シャー内相は、市民登録制度を2024年までに全国で実施するとしているので、当然のことながら、全国のイスラム教徒はどうやって市民権を証明するかの恐怖に駆られることになる。
 
以上のように、アッサム州など東北部から始まった抗議運動は反難民感情(従ってヒンドゥー教徒の難民をも敵視した)に根差したもののようであるが、それが、イスラム教徒の差別に焦点を当てた全国的な抗議運動に発展した模様である。
 
市民権法改正は、難民に対して度量の大きなところを見せたかの如く装いながら、一皮むけば露骨なイスラム教徒排除とヒンドゥー教徒優遇の策だった。

こういう道をインドは選択すべきではない。「自由で開かれたインド・太平洋」という構想のパートナーとして、日本も米国もインドを重視している。

インドは、特定の宗教を弾圧するような、中国まがいの行動を取るべきではない。ワシントン・ポスト紙の12月24日付社説‘India’s protests should be regarded as a moment of truth for Modi’は、モディ首相は市民権法の改正に対する抗議の声に耳を傾け、改正を放棄すべきだ、と主張する。

また、フィナンシャル・タイムズ紙の12月22日付け社説‘India is at risk of sliding into a second Emergency’は、インディラ・ガンジー政権下の1975-77年以来の非常事態令に至る恐れがあると警告している。インドはこの種の政策が持つ対外的な意味合いをもう少し慎重に考えるべきであるように思われる。【1月9日 WEDGE】
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【「有効な経済対策を打ち出せていない」モディ政権は国民の不満をそらすために対イスラム強硬策】
国際的には上記のようにインド民主主義を変質させると非常に評判が悪い施策ですが、国内でもヒンドゥー教徒を含めた大きな抗議運動にも直面しています。

モディ首相は昨年10月2日、マハトマ・ガンジーの生誕150年に合わせて演説し、一般家庭にトイレが普及して屋外排せつがなくなったと宣言、自らの実績を誇りましたが、ガンジーが心血を注いだイスラム教徒との融和に関しては触れることはありませんでした。

そもそも、ガンジーを殺害したのもヒンドゥー至上主義の民族義勇団(RSS)メンバーですが、同じRSSメンバーでもあるヒンドゥー至上主義者のモディ首相がガンジー生誕記念日に出席することすら奇妙なことです。
ガンジーが目指したインドと、モディ首相が目指すインドは明らかに異なります。

ただ、国内多数派ヒンドゥー教徒においてはモディ政権の反イスラム施策を歓迎する空気が強いのも事実でしょう。

第2次モディ政権にあっては、単に上記市民法改正だけでなく、唯一イスラム教徒が多数派を占めるジャム・カシミール州の自治権剥奪、最高裁が聖地にヒンズー教寺院の建設を許可といった、反イスラムの流れが顕著です。

モディ政権としては、なかなか改善しない経済運営への国民不満をそらす意味合いから、こうした多数派からの支持を得やすい反イスラムの流れを強める動きがあるように見えます。

****モディ政権、イスラム圧迫強める 自治権剥奪、国籍付与除外―広がる批判・インド****
ヒンズー至上主義を掲げるインドのモディ政権は2019年、少数派イスラム教徒を標的にした強硬策を相次いで打ち出した。

8月にイスラム教徒が多く住む北部ジャム・カシミール州の自治権を剥奪し、12月には、不法移民に国籍を与える措置の対象からイスラム教徒を除外する決定を下した。

宗教的に中立な世俗国家であると定めた憲法に違反するとして、政権の姿勢に反発する声が広がっている。

 ◇ヒンズー教徒も非難
モディ政権は12月、イスラム教徒を除く不法移民に国籍を与える国籍法改正案を国会に提出、成立させた。モディ首相は同法の目的について、イスラム教徒が多数派を占める周辺各国で迫害を受けた少数派を受け入れるためだと説明し、「1000%正しい」法律だと主張。

これに対し、「宗教に基づく差別だ」として全国各地で抗議行動が起こり、AFP通信によると、治安部隊との衝突などで少なくとも25人が死亡する事態となった。
 
モディ政権への批判はヒンズー教徒の間にも広がっている。首都ニューデリーでデモに参加したヒンズー教徒の学校職員サフー・シンさん(44)は、「私たちは(歴史的に)仏教徒のチベット難民も、ヒンズー教徒のスリランカ難民も受け入れてきた。なぜイスラム教徒だけだめなのか。宗教の平等を保障する憲法に反する」と憤る。
 
カシミール地方の自治権剥奪では、隣国パキスタンからの越境テロを防ぐ治安強化が名目となった。政府は決定に際し兵士を大量に動員し、地元政治家を拘束して大規模な抗議活動を抑え込んだ。通信や交通も規制され、病院への通院など日常生活に支障が生じ、5カ月近くたってもインターネットの遮断は続く。
 
「現代でネットを5カ月も使えないことを想像してほしい」。一時拘束された前州議会議員ムハンマド・ユースフ・タリガミ氏は電話取材に窮状を訴え、「侵害されている住民の日常生活を戻すよう政権に要求する」と強調した。

 ◇経済停滞、軟化の余地乏しく
モディ政権は2月、イスラム教を国教とする隣国パキスタンを根拠地にする過激派のテロへの報復として、パキスタン領内で軍事作戦を行った。

経済成長の鈍化を背景にした支持率低下に苦しんでいたモディ政権だが、対外強硬策は有権者の支持取り付けにつながり、4~5月の総選挙では与党インド人民党(BJP)が単独過半数を獲得した。
 
専門家は「総選挙中もネット上で、インドのイスラム教徒とパキスタンを同一視する書き込みが多く見られた」と述べ、イスラム教徒敵視の風潮が強まったと分析する。
 
ただ、インド経済の停滞傾向は続いており、19年7~9月期の成長率は前年同期比4.5%と14年のモディ政権発足前の水準まで落ち込んだ。「有効な経済対策を打ち出せていない」(外交筋)現状では、モディ政権は国民の不満をそらすために対イスラム強硬策を取り続けるという見方が根強い。【1月6日 時事】
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【インドにとって致命的な分断深刻化】
こうしたモディ政権が進める反イスラムの風潮はインド社会に致命的な分断をもたらします。

****ヒンズー過激派が大学襲撃=イスラム差別抗議に反発か―インド****
インドの首都ニューデリーにある国立ネール大が襲撃され、学生と教員計30人超が負傷する事件があり、同国の主要メディアは7日、ヒンズー過激派グループが犯行を認めたと報じた。

ネール大では、ヒンズー至上主義を掲げるモディ政権による少数派イスラム教徒差別に対する抗議行動が起きており、グループはこうした動きに反発したもようだ。
 
事件は5日に発生。覆面の集団が大学構内に侵入し、鉄の棒やハンマーで学生らを殴打した。過激派「ヒンズー・ラクシャー・ダル」は声明で「ネール大は反国家活動の温床だ。容認できない」と述べ、メンバーが襲撃を行ったと主張した。【1月7日 時事】 
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ヒンドゥー教徒とイスラム教徒の対立が激化すれば、インドの安定成長など吹き飛んでしまいます。

【抗議拡大はモディ首相にとって想定外?】
モディ首相は、問題がこれほど大きくなるとは思っていなかった・・・との指摘も。

****インド首相と与党、見誤った国籍法への反発の大きさ****
インドでイスラム教徒以外の不法移民に国籍を与える改正国籍法への抗議活動が急拡大したことはモディ首相にとって想定外だった。ヒンズー至上主義を掲げる与党・インド人民党(BJP)は国民の怒りを鎮めるのに腐心しており、デモの長期化を予想する声もある。

改正国籍法はアフガニスタン、バングラデシュ、パキスタンを逃れインドに不法入国した移民に国籍を与えるが、イスラム教徒だけは除くものだ。これに対し、イスラム教徒を差別し、信仰の自由や政教分離をうたう憲法に違反するとの非難の声が上がっており、宗教を問わず、学生や政治家、市民団体がデモを繰り広げている。

デモ隊と警察の衝突で、これまで21人以上の死者が出ている。

BJPのサンジーブ・バルヤン議員はロイターに「デモは全く想定してなかった。私だけでなく、他のBJPの議員らもこれほどの怒りは予想できなかった」と語った。

モディ氏が掲げるヒンズー至上主義はヒンズー教徒が国民の8割超を占めるインドで受け入れられてきた。今春の総選挙でBJPは前回の選挙よりも議席数を伸ばし、再び単独過半数を得て圧勝した。

改正国籍法への国民の怒りは、政府が景気減速や雇用喪失という問題に対処する代わりに多数派支配主義的政策を推進している現状に対する不満を反映している。

BJPの別の議員3人と閣僚2人はロイターに対し、国民との対話を開始し、改正国籍法への不満を解消するために党支持者を総動員していると明かした。

同法に対してイスラム教徒からの多少の反発には備えていたが、大半の大都市で約2週間続いている大規模なデモは想定外だったと認めた。

国内第2の実力者とされるシャー内相は24日のテレビ番組のインタビューで、イスラム教徒が懸念すべき理由はないとの見方を改めて示した。

別の閣僚は「私たちは悪影響を最小限に抑えようとしている」と指摘。BJPとその協力政党は、同法が差別を意図したものではないと訴える取り組みを開始したと述べた。

<独裁的なやり方>
印シンクタンクCSDSのサンジャイ・クマール所長は「人々が改正国籍法に抗議するだけでなく、モディ首相の独裁的なリーダーシップに不満を爆発させているのは明白だ」と指摘。

「経済的な危機もデモを促す要因となっている。デモが短期間で終息するとは思わない」とした。

モディ政権は8月、インドで唯一イスラム教徒が過半を占めるジャム・カシミール州の自治権はく奪を決めた。

11月には最高裁が、16世紀に建てられたイスラム教のモスク(礼拝所)が右派の暴徒によって1992年に破壊された土地に、ヒンズー教の寺院建設を認める判断を示した。モディ政権はこの決定を歓迎した。

今回の改正国籍法で少数派のイスラム教徒を排除する政府の姿勢が一段と鮮明になった。

最大野党の国民会議派はデモを後押ししている。同党の幹部、Prithviraj Chavan氏はロイターに「インド史上初めて宗教に基づいて法律が策定された」と指摘。「インドをヒンズー第一主義の国にしようという与党の戦略が裏目に出た」と述べた。【12月26日 ロイター】
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【脅威は性的マイノリティにも “生粋のインド人”とは何か?】
モディ政権の進める市民登録制度は、宗教だけでなく性的マイノリティにとっても脅威となっています。

****国籍喪失に怯えるインドのトランスジェンダー 「不法移民対策」が脅威に****
インドのデリーで法律を学ぶトランスジェンダー(性別越境者)の女性、ライさんは今、これまで強いられてきた性自認をめぐる多くの闘いに加え、新たな脅威にさらされている。ヒンズー至上主義・民族主義を掲げるナレンドラ・モディ政権の新法と政策により、国籍を失う恐れがあるのだ。
 
インドでは現在、不法移民対策を名目に制定された新法と全国規模の国民登録簿作成に対する抗議が広がっている。公的な書類で男性とされているライさんも、トランスジェンダーの人々が国籍を失うことになると懸念し、新法と登録簿に反対している。
 
ライさんが感じる恐怖には根拠がある。昨年8月に発表された北東部アッサム州の国民登録簿からトランスジェンダー約2000人が除外され、将来の不安に見舞われていることだ。9月には、この措置をめぐり最高裁判所に申し立てが行われている。
 
インドでは2014年、トランスジェンダーを「第3の性」と認める画期的な最高裁判決が下されたが、トランスジェンダーの人々はしばしば社会の辺縁に追いやられ、売春や物乞い、単純労働で生計を立てざるを得ないことが多い。
 
トランスジェンダーの人々は自身の家族による差別をはじめ、保守的なインド社会でただでさえ厳しい差別に遭ってきたが、現在は新法によって新たな危険にさらされると感じている。
 
ライさんはAFPに対し、「私たちの中には、家を追い出されたり、虐待を受けて家から逃げ出したりして、身元を証明する書類がない人が多い。トランスジェンダーの人たちにどうやって市民権を証明しろというのか」と訴えた。
 
モディ政権は昨年の選挙で国民登録簿の作成を公約に掲げており、これが実行された場合、ライさんたちは家族の元に書類を取りに戻らざるを得ない。しかしライさんは「大半の場合、トランスジェンダーのコミュニティーや個人にとって、家族は最初に虐待を受けた場所だ」と指摘する。
 
トランスジェンダーのメーキャップアーティスト、トゥルシ・チャンドラさんも、地方の実家へ書類を取りに戻ることを恐れている。チャンドラさんは「私が家を出てデリーに来たのは、家族から私が恥だというような目で見られたからだ」と語り、今は家族と全く連絡を取っていないと明かした。
 
さらにチャンドラさんは、トランスジェンダー女性の友人が書類を取りに実家に帰ったところ、「男性のふりをして女性と結婚するよう強いられた」と語った。
 
インドでトランスジェンダーの人々は「ヒジュラ」と呼ばれる。人数に関する公式統計は存在しないが、推計では数百万人とされている。
 
トランスジェンダーのLGBT(レズビアン・ゲイ・バイセクシャル・トランスジェンダー)権利活動家、リトゥパルナ・ボラさんは「トランスジェンダーの人々にとっては、出生時に決められた書類上の性別と名前を変更することすら困難だ」と指摘する。
 
ボラさんはAFPに対し、保健・医療や生活、結婚に関する基本的な権利さえ認められていないのに、「この国の国民であることを改めて証明しなければならない今、そうした権利をどうやって主張すればいいのか」と訴えた。 【1月2日 AFP】
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モディ首相は、イスラム教徒らに心配しないよう呼び掛けたとされています。

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・・・・数千人の聴衆から「モディ!モディ!」と声が上がるなか演説したモディ氏は新市民権法に触れ、イスラム教徒に対し、生粋のインド人であるならば「心配する必要はまったくない」と語り掛け、「この土地の息子であり、先祖が母なるインドの子であるイスラム教徒ならば、心配する必要はない」と述べた。(後略)【12月23日 AFP】
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“生粋のインド人であるならば”・・・誰がどのように判断するのか、支持層の意向に迎合するような恣意的な運用がなされないのか・・・非常に危ういものを感じます。


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